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『Blow a kiss 』
リィェン・ユーaa0208)&aa0208hero002

「さて、ここからどうするかだな」
 リィェン・ユー(aa0208)は、ぶるぶる震える隔壁を預けた背で押さえつけ、向かいで弾倉の端を20mmガトリング砲「ヘパイストス」へくわえ込ませるテレサ・バートレット(az0030)を見上げた。
「別にやることは変わらない。制圧して、逮捕する。それだけよ」
 テレサはガトリング砲を右手に提げ、左手を隔壁のスイッチへと伸ばす。
「10秒稼ぐわ。リィェン君はみんなと合流して」
「逆だ。俺が30秒稼ぐから、君が合流しろ。そもそも“みんな”はロンドン支部のエージェントだ。俺が行ったところで連携できるわけもない」
 そう。この作戦はロンドン支部による、ヴィラン基地の強襲なのだ。そこになぜ東京海上支部のリィェンが混ざっているかと言えば、あれこれ野暮を語らなければならなくなる。
 そして今、彼らは敵の策によって他のエージェントと分断され、追い込まれていた。
『30秒とはまた大口を叩いたな』
 リィェンの内で肩をすくめる零(aa0208hero002)。
 幾多の武器術を修めた彼ではあるが、英雄として戦場へ出る機会はもうひとりの英雄へ譲りがちであることから、使えるスキルには限りがある。そして。それを自嘲ではなく事実としてあっさり語れるのが零という男だった。
『おっさんとじゃなきゃ言わないさ』
 それを知ればこそかるく応えるリィェンに、零は今度こそ苦笑を返し。
『案じておるのは我の技ではないわ。小僧と娘御の覚悟よ』
 表情を締め、零はテレサにも聞かせるよう声音を外へと放す。
『“みんな”とやらと分かたれたは娘御、汝の責だ。が、それを己ひとりで負いきれるものかを見切れなんだは未熟のひと言よ』
 次いでリィェンに対し。
『それは小僧とて同じこと。娘御を逃がしたとて恋慕の証を見せつける以上が成せるか』
 痛いところを突かれて口ごもるテレサとリィェンである。
 その実、テレサのやりようは過ちではない。ネームドである自らを囮にして他を先へ行かせたからそ“みんな”は奥へと進めたのだから。
 しかし、それをやらせたくないリィェンの気持ちというものがある。それを押してテレサが真っ当を通せば、リィェンはかならず屁理屈をひねり出して彼女を守ろうと飛び出していくだろう。
 共倒れならばまだ救いもあるが、どちらかが残されたなら……果たしてどれほどの傷となるものか。
 まあ、そこまで見通せと強いるも酷な話だがな。情ばかりは理ばかりで計れるものでもなし。
 零はわずかに声音を緩め、ふたりに言い聞かせる。
『ふたりしかおらぬのだ。なれば互いを頼るのではなく使い合い、拓くよりあるまいよ』
 次いで口の端をぎちりと吊り上げ。
『と、御託はこのくらいにしておこうか。愉しもうぞ、この鉄火場を。娘御は自らが信ずる正義、小僧は御しきれぬ愛とやら、それぞれを尽くしてな』
 情理をわきまえる彼ではあるが、芯は武術家。
 心残すことなく戦い、闘うことこそが本懐なのだから。


 銃弾の豪雨で歪んだ隔壁は、数十センチ上がったところで止まった。
 それで充分だ。
 ガトリング砲をスイングさせた勢いで滑り出したテレサがトリガーを引き絞る。狙いなど定める必要はない。なにせここは通路で、自分以外にいるのは敵ばかり。
 かくて通路を埋め尽くすバレットストーム。でたらめに飛び交う弾雨はスキルによらず跳弾を為し、八方からヴィランを打ち据えた。
『弱装弾ならではの一芸だが……見事だな』
 零の感心はもっともなものだ。
 火薬量の少ない弾は、本来銃口から撃ち出されるに足る速度を出せずに詰まることも多い。そもそもがガトリング砲という、重い弾を超高速で連射する銃で使っていい代物ではないのだ。
 それをテレサは弾倉を吸わせる角度や強さを調整し、詰まらせずに撃ち続けている。言ってみれば神業だ。
 体中を弾で殴りつけられたヴィランは床に転がり、弱々しく呻く。
 しかし、バレットストームの範囲外にもまだ多くのヴィランがおり、テレサへ弱装弾ならぬホローポイント弾を撃ち込もうと引き金にかけた指へ力を込めた。
 が、そのときにはすでに、テレサを追い抜きリィェンが先へ駆け込んでいる。
 こうして身を挺したがるあたり、まったくもって甘ったるいな小僧。が、今はそれでよい。
 共鳴体を繰って零が放ったものは、ストームエッジである。カオティックブレイドであれば顕現したそのときより使うことのできる、同胞たる刃の召喚術。
 リィェンの愛剣である屠剣「神斬」――“極”の形を得た無数の重刃が降り落ちて。
 ヴィランならぬ、ヴィランの撃ち放った弾を、その切っ先と腹とで弾き落とした。
 ここが通路で、刃によって埋め尽くすことのできる環境であったことは大きいが、眼前の敵を無視できる零の胆力があればこその“一芸”と言えよう。
『後はやれ』
「おお!」
 床へ突き下ろした“極”の腹で追撃を弾いたリィェンは、沈みゆく力を利して斜め前へと踏み出す。沈墜勁を応用した一歩はそのまま震脚を為し、反動の螺旋を吸い上げた絶招神拳に勁を通した。
「はっ!!」
 腰を据えて打ち下ろした掌打がヴィランの腿を打ち、骨を砕く。がくりと前へのめった顎を続く肘でかち上げて失神させ、リィェンは続くヴィランの外膝へ右足の裏を振り込んで蹴り折り、蟷螂の鎌を摸した指先でこめかみを突き抜いたが、しかし。その突きは彼の動きの流れを止める。
 まわりからスキルを乗せた銃弾が撃ち込まれ、リィェンは外功で固めた肩と背でこれを受け止めた。防具にめり込んだ弾が潰れて爆ぜ、彼の筋肉を浅く抉る。ホローポイント弾ならではの破壊力だ。
 瞬時に痛みを意識から切り離したリィェンは、まっすぐ崩れ落ちるそのヴィランを軸に体を反転させ、背で三人めの胸を押し込んで発勁。心臓を激しく揺さぶって動きを止めておいて、大きく拳を振り込み、他を牽制しつつ拳でとどめを差した。
『安直に突くな。突けば動きが止まる。動きが止まれば付け入られる。敵が多数であるうちは特にな』
 零の苦言にリィェンは内で薄笑み、うなずいた後かぶりを振った。
『確かにあれは迂闊だったがな。代わりに時間は稼げたさ』
 彼を縁取るように飛び来たフルメタルジャケット弾がヴィランどもの肩を正確に突き抜いて噴き飛ばし。
 リィェンは据えていた腰を上げて促した。
「行こうか」
 二丁拳銃に持ち替えたテレサが「ええ」、その後に続く。
「ここからしばらく通路が続くわ。ただ、抜けられればみんなと合流できる」
「つまりここからが本番ってわけだ」
 リィェンはふと思いついた顔をテレサへ向け。
「せっかくバディで行動するんだ、ひとつ勝負をしないか? ここを抜けるまでに倒した敵数の多いほうが勝ち。俺が勝ったら君のキスをもらう。君が買ったら俺のキスをプレゼントだ」
「任務中にしていい遊びじゃないわね」
 テレサは眉根をしかめてかぶりを振るが。
「仕事におけるモチベーションは重要だぜ。もちろん、断られるのはしかたないとしてもだ」
 リィェンはしれっと言い返す。
 このあたりは、自らの想いをテレサへ預けた彼だからこその開きなおりである。
「勝負はしない。焦って弾道が乱れたら困るし。ただ、真面目に働いてくれたらご褒美にクッキーをあげるわよ、坊や」
『これはまた思いきり払い退けられたものだな、小僧』
 くつくつと喉を鳴らす零に、リィェンはため息交じりの苦笑を向けた。
『戦いの機先を読むより、彼女の好機を読むほうが相当難しい』
『それが女子というものよ。我ら男とは、なにからなにまでちがうのだ。せいぜい修行させてもらえ』
 これには苦笑すら返せず、テレサを追うよりないリィェンだった。
「せめてクッキーはせしめに行かないとな」


 武術家とガンナー。ふたりがかりであれば分担はおのずと定まる。
「リィェン君!」
 二丁拳銃の弾幕に背を押されるように踏み出したリィェンは、刃の雨を降りしきらせながら前転。床を転がって敵陣へ突っ込み、体を巡らせて残るヴィランを討つ。先の教訓もあるが、動きは止めない。壁に背を弾ませ、ヴィランを手がかりに反転し、跳躍して天井を蹴ってはまた跳び込み、掌と拳、つま先で敵を薙いでいった。
 そして、その隙間を縫って飛ぶのはテレサの弾だ。どれだけリィェンが動こうともその体に当てることなくヴィランだけを撃ち据えてみせる。
「このまま突っ切るわよ!」
 銃を捨て、ナイフで突きかかってきたヴィランの手首をまわし蹴りでへし折り、回転に乗せて突き出した拳銃で足の甲を撃ち抜いたテレサがリィェンへ告げた。
「ガンフーも様になったもんだ」
 この場で最後に残ったヴィランを前蹴りからの肘打ちで仕留めたリィェンが、思わず口の端を吊り上げる。
『あの判断の早さと迷いのない銃捌き、遠間からの狙撃よりも近間からの連射に向いている』
『俺の身勝手を言えば、後ろから撃ってくれるほうが安心なんだが……』
 零に応えておいて、リィェンはテレサの背に背をすり合わせ、彼女の目線を先へ向けた。
「あそこは通路と通路の間に設けられた、おそらくは検問用の広場だ。通行人はもれなくチェックして、難癖つけてくるぞ」
「銃でこられると手間取りそうね」
「ああ。俺たちのやりかたも勉強はされてるだろうしな。突っ込んでばらまいても、すかされるだろう」
 廊下という狭さのアドバンテージがないリィェンたちに対し、敵は広さをいっぱいに使ってくるはずだ。天井も高くなっているから、三角跳びもできない。
「でも、検問所があるんだから、目的地も目の前ってことよね」
 リィェンはうなずき、テレサの腕に自らの腕をからめる。
「撃つ以外は俺に任せろ」
 意図を解したテレサは、彼の腕に引かれるまま並び歩き。
「男子と腕組むなんてプロム以来だわ」
「光栄だな。この夏にはぜひ、英雄抜きでプロムに誘いたいところだ」
 ちなみに、テレサの言うプロムは卒業パーティーのことで、リィェンの言うプロムはロンドンで夏に開催されるクラシックコンサートを指している。共通しているのはドレスコードくらいなものだが、このひと言でリィェンがどれだけイギリス文化を学んでいるかがテレサには知れた。

 果たして、広場。
 踏み込んだリィェンとテレサへ、一個小隊が十全に展開できる広さを生かし、完全武装のヴィランどもがアサルトライフルやサブマシンガンを向けてくる。
「跳べ」
 短く告げ、テレサに腕をからめたままリィェンが跳びだした。跳ぶことで体重を消した彼女ごと、銃弾をくぐって駆け抜ける。4歩めで踏みとどまった先は、まさに広場の中心部である。
 集中する銃口と、殺到する弾丸。
 リィェンは体を鋭く回してそれをかわす――ばかりではありえなかった。
 彼の回転により、腕をからめられたテレサの体もまた回る。ただし回されるばかりではない。瞬時に敵の位置を見定め、銃弾を撃ち込みながら、だ。他になにを考える必要もなかった。文字どおり、撃つ以外のことはすべてリィェンが為すから。
 リィェンは射線を外しながらテレサを八方へ向けさせ、敵を見せる。もちろん容易くはない。激しく動きながら、それでいて自分ならぬ人間ひとり、バランスを崩さぬよう振り回し続けることは。それができるのはテレサが完全にこちらへ身を預けていればこそ。そして彼が“移動砲台”に徹せられるのは、テレサというガンナーをなにより信頼していればこそだ。
 10人以上いたはずのヴィランがもれなく倒れ伏すまでに、ものの10秒とかからなかった。


「半分は残しておくべきだったな」
 ヴィランを拘束しながらリィェンがぼやく。
『なんだ、戦い足りぬか? それとも勝負とやらを蒸し返す気だったか?』
 零の言葉にかぶりを振る。
『もっと単純な話さ。中国人男子としての面子くらいは保っておきたかったってだけのな』
 つまらない意地だと思う。こういうことに拘るからこそ、中国人は面倒だと思われるんだろう。しかし、染みついた性はそう簡単に拭えるはずもなく……
「リィェン君、チームがあたしたちのこと待ってるわ。急ぎましょ」
 通信機の接続を切り、テレサが振り向いて。
 ウインクと共に、投げキッス。
「クッキーは生憎持ってなかったから、代わりにね」
 先へ向かうテレサを追いかけようとして、リィェンはよろめいて尻餅をついた。
『小僧、なにを遊んでおるのだ』
 なにをって言われても、決まってるだろう。撃ち抜かれたんだよあのキスに。
 言い返せない言葉を噛み殺し、リィェンはなんとか立ち上がって駆け出した。
 
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2019年05月09日

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