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『普通の戦士の休息 』
七瀬 葵la0069

 任務完了。
 その瞬間、七瀬 葵(la0069)は現在時刻を確認する。
(なんとか間に合う……かも)
 共に出動した仲間たちがほっとした様子で言葉を交わす中、葵はそそくさと帰り支度を終えて、くるりと踵を返した。
「帰る」
 呆気にとられる仲間たちを後に、ダッシュで帰路につく。
(間に合う……けど、その前に)
 カバンを抱えて、飛び込んだ先はスーパーマーケット。
 どこにでもあるチェーン店だが、初めて入る店舗だ。
 買い物カゴを片手に、一瞬、鋭い目で棚の並ぶ店内を見渡す。が、次の瞬間には、これと検討をつけた棚へ。
 目指すアイテムをカゴに放り込むと、セルフレジで素早く会計を済ませる。
 買いたい物も少なく、あまり会話が得意ではない葵には、セルフレジがあるのはありがたかった。
 店内滞在時間、5分38秒。
 葵はミッションを終え、先を急ぐ。

 自分の住む街へ戻った葵は、息を切らせて慣れた道を走っていた。
(間に合う。間に合う)
 いくつかの角を曲がると、建物の中にぽっかりと開いた空間が見える。
 祈るような目で中を覗き込んだ葵の表情が、ほんわりとゆるんだ。
(間に合った……)
 そこは昼間にほとんど車の止まらない駐車場だ。
 建物に囲まれていて静かで、午後にはよく日が当たり、地域の猫の絶好のたまり場になっているのだ。
 何人か先客がいたが、みんな顔見知りだ。
 ここの猫は地域の人が共同で世話をしている野良猫だが、飼い猫も混じっているらしい。
 葵にはそれはどうでもいいことだったが。
 先客に軽く頭を下げて会釈していると、若い茶虎が目ざとく葵を見つけ、足元にすり寄って来た。

 にゃーん。

 小さく甘えた声で鳴きながら、長い尻尾をくねらせて、葵の足に絡ませる。
 もうそれだけで、葵はうっとりと目を細めてしまう。
 急いで買い物袋の中身――猫用のおやつを取り出す。
 借りたお皿に中身をあけると、次々と猫たちが集まってくる。
 はぐはぐはぐ。
「……食べてる」
 葵は余り表情を変えない方だが、今だけは本当に幸せそうに微笑んでいた。

 ――間に合ってよかった。
 ここは、初夏の良いお天気の夕方、涼しい風が吹く時間は、猫たちの天国なのだ。
 学校の帰りに見つけた天国は、葵にとっても天国だった。
 通いつめ、時間や条件を分析し、およそ予測できるようになった。
 もうすこし暑くなると、猫たちは涼しい場所に消えてしまう。今がベストの時期なのだ。
 そして今日は、時期、気候、天気、全てがベストのタイミングだった。
 よりにもよってそんな日に、葵は任務を受けてしまったのだ。
 任務が長引けば、猫たちは解散してしまう。仕事をきっちり果たしつつ、葵はタイムアタックにも挑んでいたのだ。
 普段以上に手際よく立ち回り、無事、目標時間に任務完了。
 ――間に合ってよかった。
 葵は心から癒しの時間に浸っていた。

 お腹が満たされた猫たちは、それぞれが綺麗に身づくろいし始める。
 その丁寧なしぐさを座り込んで見守っていると、スカートの裾を何かに引っ張られる。
「……なん、だろ?」
 見ると、見慣れない黒い子猫がじゃれているのだ。
 葵は猫の楽しみを邪魔しないように、息を殺してじっと身動きせずにいる。
(生まれたばかりなのかな。お母さんはどうしたのかな)
 愛くるしい子猫は、柔らかそうな毛に包まれて転がり、金色の目でときどき何かを追いかける。
(いいなあ……こんな子がいればなあ)
 葵はそうっと指を出した。
 猫が警戒しないよう、そのままの状態でじっと待つ。
 ふんふんと指先の匂いを嗅ぐようにしていた子猫は、ゴロゴロと喉を鳴らして身体を擦り付けてくる。
 葵はもうそれだけで、幸せだった。

 にゃーん。

 呼ばれたらしい。
 横を見ると、さっきの茶虎が、おねだりしている。
「……もっと?」
 この子も野良なのだろうか。
(飼い猫だったら……ここでおやつを食べすぎたら、飼い主さんが心配しないかな)
 葵は少し迷ったが、少しだけおやつを追加する。
 茶虎はおやつを平らげた後、葵の前に長々と寝ころんだ。
 葵はちょっとドキドキしながら、そうっと指を伸ばす。
「触っても……いいの」
 ためらいながら、すべすべの毛並みに触れた。
 茶虎はちらりとこちらを見て、それからそ知らぬふりでまた寝そべる。
 ゆっくりと毛並みを撫でていると、戦いの余韻が全てどこかへ薄れていくのがわかる。
(ああ、やっぱりまだ……緊張してたんだ)
 葵は元々、平凡な女子中学生だ。それなのに戦いに身を投じているのだから、当然のことだろう。
 命のやり取りで冷え固まった心が、あたたかく柔らかい生き物に触れてとけていく。
 自分も生きているのだと感じる。
 生きることを許されているのだと、心から思える。

 葵は猫たちが顔を出すたびにおやつを与え、撫で、癒しの時間を堪能した。
 やがて日が陰り、気ままな猫たちはそれぞれのねぐらへ帰っていく。
 黒い子猫も、母猫やきょうだい猫と一緒にどこかへ消えた。
 がらんとした駐車場には、葵だけがぽつんと座り込んでいる。
「帰ろ」
 ゆっくりと立ち上がり、スカートを何度かはらう。
(自分の家に猫がいたらなあ)
 猫たちは気ままに歩き回る。葵はその姿を眺めながら、夜も一緒に過ごす。
 葵は部屋を快適に整え、猫たちに名前を付けて、一緒に暮らす。
(そしたら、こんな風に寂しくならないんだろうな)
 猫たちと過ごした帰り道は、いつもちょっとだけ泣きたくなる。

 もしも家に猫が来たら。
 きっと、葵は任務が終われば大急ぎで帰ってくるだろう。
 葵の家にいる猫は、自分が帰るまで寂しくて不自由な思いをするのだから。
(だから1匹だけじゃない方がいいな)
 ゆっくりと家に向かいながら、葵はいつかその夢がかなう日を思い描く。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

はじめてお目にかかります。
Gのキャラクター様のおまかせノベルで、何を書けばいいのか、そして私でいいのかとかなり迷いましたが。
猫を飼いたくなっている、それも複数という設定を拝見して、このような内容になりました。
もしお気に召しましたら幸いです。ご依頼いただきありがとうございました。
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年05月10日

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