『第二の人生 』

不知火　あけび（la3449）＆不知火　仙寿之介（la3450）

●以心伝心の刃
　住宅街に警報が鳴り響く。ナイトメア襲撃の合図だ。人々は一斉に身を縮め、避難訓練で示し合わせた通りにシェルターへと駆けていく。後はライセンサーに全てお任せだ。
「仙寿！」
　そんな中、人の流れに逆らうように、着物の袖を揺らして一人の見目麗しい女性が走っていく。彼女の名は不知火　あけび(la3449)。ひょんな事からこの世界に連れ込まれてしまった放浪者である。彼女は眉を決して、警報が示す居住区へと走っていた。
「今日は随分といきなりだったな」
　その隣へ、一人の青年が駆け寄る。白く艶やかな髪を澱んだ風にさらりと流して、彼は行く先をじっと睨みつける。その背中には、天使のような翼が一対生えていた。
「空からいきなり飛んできたんだしね。ちょっと今日は大変かも？」
「この世界でも同じように空を飛び回れれば、どうという事のない相手だが……」
　口惜しげに呟く彼の名は、不知火　仙寿之介(la3450)。あけびの生涯の伴侶である。
「大丈夫！　私達なら何とかなるでしょ？」
「そうだな。たまには俺も戦い方を変えてみるとしよう」
　仙寿之介は不意にその身を沈めた。翼を折り畳み、腰に佩いた太刀に手を掛けると、眼にも止まらぬ速さで駆け出す。その視線の先には、甲虫とも蜘蛛ともつかない、翅を持った化け物が一匹。押し倒した少女を、今にも頭から喰らわんとしている。
「そうはさせん」
　彼は風と一体になると、居合斬りをナイトメアの脚に叩き込んだ。足を掬われたナイトメアは、その顎を少女へ届かせる前にごろりと倒れた。その隙に彼は少女に駆け寄り、その両脇を掴んで立たせる。
「大丈夫か？　怪我は無いな？」
　少女はこくりと頷き――かけた瞬間、仙寿之介の背後に立ち上がった蜘蛛を見て息を呑む。怒りに打ち震えたナイトメアは、そのままその顎で彼に噛み付こうと覆い被さる。
「させないわよ！」
　そこへ駆け込むあけび。魔導書を開いてその手に光を集め、一条の光線を放ってナイトメアを撃ち抜いた。よろめいた隙に、仙寿之介は翻ってナイトメアの顔面に唐竹割を叩き込む。
「俺達は大丈夫だ。早く逃げろ」
　今度こそ頷き、少女は一目散に戦場から逃げ出していった。それを横目に見送り、あけびは仙寿之介の側に並び立つ。二人は目配せした。
「さすが仙寿。今日の太刀の冴えも素敵だよね。やっぱり惚れ惚れしちゃう」
「あけびこそ、この世界で手にした新たな力、よくよく使いこなしているようだな」
　軽く惚気合いつつも、その動きには一切の澱みは無い。飛び掛かってきたナイトメアの顎を正面から仙寿が受け止めた隙に、あけびは宙へと飛び上がり、抜き放った小太刀で大きな翅を次々に斬りつけた。紫色の輝きが散り、ナイトメアはずしんと地面に墜落する。
「これでもう空には逃げられないよ！」
　じたばたともがく蟲に、あけびはガッツポーズを魅せつける。その姿はあまりにも若々しい。仙寿之介の子どもを５人も産んでみせたとはとても思えない。そんな彼女の横顔を見て、仙寿之介はふっと頬を緩めた。
「相変わらずだな、あけびは」
「えー？　どういう意味なの？　子どもっぽいとかそういう事じゃないよね？」
　その身を旗のように翻し、あけびはナイトメアの突進を躱す。口をつんと尖らせる彼女に、仙寿之介はからからと笑って跳び上がる。
「常に枯れる事無く、今に咲き誇っている……と言えば満足かな」
　さらりと言ってのける仙寿之介。あけびは小さく頬を染めると、小太刀を逆手に持って構えた。
「どこで覚えてくるの、そういう言葉」
「さてな。一つだけ言えるのは、妻を称えるための言葉はいくつ持ち合わせていても足りる事は無いという事だ」
　空から急降下した仙寿の一閃が、地面から潜り込んだあけびの連撃が頭の付け根を次々に捉えた。メリメリと鈍い音が響いた刹那、蟲の首がぽろりと落ちる。

　かつて一つの世界を、断てぬ絆を以て駆け抜けた二人にとって、ナイトメア一体の始末などは造作もない事だった。

●未来のスローライフ
　あけびと仙寿之介は放浪者である。嘗ての世界で、あけびは旧家の当主であると同時に、有名企業を二つも束ねるバリキャリな女であった。仙寿之介もそんな彼女を傍で支える婿殿として東奔西走していた。
　しかし、この世界では話が別だ。あけびは旧家の主でも会長でもなかったし、仙寿之介も天使ではなく、ただ翼の生えた一種族に過ぎない。彼女達を縛り付けるしがらみは何もない。

　そんな世界で、彼らはようやく只の『夫婦』になる事が出来たのである。

「じゃーん！　ここがこの前言ってたお屋敷！」
　一軒の広い屋敷の前で足を止めると、あけびは満面の笑みを浮かべて両手を広げる。仙寿之介は、開きっぱなしの門の彼方から、奥の住まいをじっと見つめた。
「これはまた……随分と古びている、というよりは……」
　仙寿之介は顎を撫でさする。築数十年と聞いて色々覚悟はしていたが、玄関の戸すら外れている様を見せつけられては、鷹揚な彼も少し言葉を失ってしまう。
「今日から、とはいかないけど、このお屋敷をきっちり改築して、のんびりスローライフを送る！　ねえ、いいと思わない？」
「確かにあのマンションよりは間違いなく広々としているが……」
　仙寿之介は腕組みしながら庭へと足を踏み入れる。手入れの行き届かなくなった庭は、無秩序に枝を張った木とその足元で伸び切った雑草ですっかり混沌としていた。嘗ての世界でも立派な庭を自ら手入れしていた仙寿之介、思わず閉口してしまった。こんな庭を放っておくことは出来ない。決意に溢れた眼差しを向け、仙寿之介は拳を固める。あけびはにやりと笑った。
「やっぱり。仙寿ならこの庭を見て我慢なんかできないよね」
「なるほどな。あけびは全く俺のことをよくわかっているらしい」
　彼はそのまま屋敷に目を戻す。玄関に何とか嵌まっている戸一枚に右手を掛け、右に左に押してみる。すっかり建てつけが歪んでいるのか、ぴくりとも動かない。
「これを機に木細工にも手を出してみてもよいかもしれないな。……全体はプロフェッショナルに任せなければ仕方がなさそうだが……」
「すっかり乗り気みたいだね？　この屋敷の持ち主さんと交渉してみた甲斐があったよ」
　屋敷の持ち主は、むしろ二つ返事で譲ってくれた。ボロ屋の処理にもお金がかかる。引き取って住み着いてくれる分には、大歓迎らしい。嘗ての世界で鍛えたビジネストークを駆使するまでもなかったのである。
「しかし、こんな屋敷を見ていると、やはり我らの家を思い出してしまうな」
　仙寿之介はぽつりと呟く。古ぼけた屋敷の雰囲気が、仙寿とあけびの二人で重ねてきた年月を偲ばせる。あけびが少女だった頃から、一人前の大人となるまで、二人はひたすら手を取り合って人生を駆け抜けてきたのだ。
「夢中だったよね。新しい時代に相応しい不知火家の形を……って、みんなで会社の経営したり、色んな家の人と会談したり……将来の為になりそうなことは何でもしたっけ」
「子育てもだな。何だかんだと言って……脇目もふらずという表現が俺達にはぴったりなのかもしれない」
　見た目は年月を重ねたように繕っても不老長寿の仙寿之介と、いくら若々しくても、所詮は定命のあけび。いつか別れても寂しくないようにと、彼女は大真面目に大家族を目指した。５人の子を育てる生活はもちろん幸せで充実もしていたが、気付けば父母として生きるので精一杯、妻と夫としての人生は遥か彼方にあった。
「私達自身の時間が持てたのって……もしかしてこれが初めてかな」
「これまでの人生も、間違いなく幸せだったと断言できるが……確かに、最近は互いの顔をじっくり見つめ合う暇さえ無かったからな」
　仙寿之介はあけびに振り返る。手を伸ばすと、横髪に差された簪をそっと撫でた。
「その簪は新しいものだな。良く似合っている」
「さすがだね。よく見てくれてるんだ」
　あけびは小さく頬を染めて俯いていたが、やがていつもの快活な笑みを浮かべ、ガッツポーズを作った。
「ようし！　私決めたよ！　この世界ではもう、仙寿之介の奥さんを全力でやるから！　四十路がなんぼのもん！　今まで忙しかった分、全力で仙寿といちゃいちゃするから！」
　この世界には幸い、頼もしい子ども達も来ていた。意気盛んな彼らの戦いを邪魔立てするつもりもない。この世界におけるあけびの目標はたった一つだった。
「その間に、この家が色んなライセンサーさんにとっての止まり木になれば良いな……って思うんだ。みんなにとってのお母さんになってみたいな……なんて」
「天使まで止まり木に留め置いたんだ。きっと出来るとも」
　仙寿之介は微笑むと、そっと彼女の前髪をくしゃくしゃと撫でた。あけびはにこにこと笑い、仙寿之介をじっと見上げた。
「だから、これからもよろしくね。アディーエ」
「よろしく頼むぞ、あけび」



　不知火あけびと不知火仙寿之介。今まさに、彼らは第二の人生を満喫しようとしていた。



　END


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
　不知火　あけび(la3449)
　不知火　仙寿之介(la3450)

●ライター通信
いつもお世話になっております。影絵企我です。

きっとめったに前線には出ないであろう二人の共闘シーンから、第二の人生の満喫を決意するお二人……という形で纏めさせていただきました。満足いただける出来になっているでしょうか？

ではまた、ご縁がありましたら。

おまかせノベル

影絵　企我

グロリアスドライヴ

2019年05月10日