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『猫も杓子も 』
ケヴィンla0192

 べこ、と凹んだ缶にケヴィン(la0192)は苦い顔をした。すでに中身は飲み終わっていたので別に潰してしまっても構わないのだが、潰す気があったわけでもないのにこうなってしまったというのは少々問題だ。どうにも今日は、義腕の調子が少しばかり悪いらしい。加減が上手く出来ず、力が入りすぎてしまったようだ。
 そろそろメンテナンスをし直す時期だろうか。奇妙に凹んだ缶を見ていると、鍛錬をした帰りに苦味を求めた舌に対して缶コーヒーで済まそうとした事すら後悔しそうになる。いつものように口に電子煙草を咥え、ケヴィンは目に入った公園のゴミ箱へと本来の姿を忘れた缶を放り込んだ。
 口直しにどこかの店にでも寄ろうか、と考えていたケヴィンの視線は不意にある場所へと向けられる。その鋭い視線が、近くの茂みをまるで睨むように見据えた。
 何かの気配に対して、警戒してしまうのは癖というより最早本能に近い。かつて彼のいた世界では、当たり前のように隣に死が転がっていたのだ。だから、さしたる動揺をその顔に浮かべる事もなく、ケヴィンはその気配の素性を伺う。
 時間にして、それは一瞬の事だった。すぐにその正体に気付いたケヴィンは、僅かに苦笑をこぼし肩の力を抜く。
「猫か。って、んなベタな」
 茂みから顔を出した小動物は、独りごちるケヴィンに何故か楽しげな鳴き声を返す。何かのフラグでも何でもなく、本当にただの猫だ。何の変哲もない食肉目ネコ科ネコ属。首輪もつけていない猫はどこか薄汚れており、恐らく野良猫なのだろうとケヴィンは察する。
 野良猫は人馴れしているのか、ケヴィンの傍まで歩いてくるとその近くにあった水たまりをちろちろと舐め始めた。昨晩降った雨により出来たものだろう。
 雨水は決して綺麗とは言えないが、それでも生き物が飲んでも問題もない水が空から無数に降ってくるなんて奇妙な事だ、とケヴィンは改めて思う。そもそも、生き物がこうやって自由に世界を闊歩している事自体、かつてのケヴィンにとっては見慣れぬものだった。
 ケヴィンがいた世界は、この世界よりも幾分か……と言う言葉で済ましてしまって良いのか首を傾げてしまう程度には、荒廃したものであった。
 この世界にきたのは数年前の事だというのに、身体はあの頃の日々を忘れる事は出来ない。軍人として戦場を駈けていたあの頃の感覚が、ケヴィンには染み付いている。それで良い。平和ボケして、いつか元の世界に帰れた時に即お陀仏など笑えない話だ。
 此処にきて初めて、ケヴィンは空気にも味がある事を知った。記憶の中にある風景は、戦場ばかりだ。けれど、ケヴィンにとってはそれが当たり前の景色だった。
 美味しそうに水を飲む猫を見下ろしてから、ケヴィンはその場を後にする。気ままに一人楽しんでいるであろう時間を邪魔するのも、野暮だろう。自分も一人でゆったりと好物を楽しむ事に決め、ケヴィンはお気に入りの店に向かい歩き始めた。

 ◆

 自室にて、穏やかな時間を過ごすケヴィンの耳を、テレビから流れてくる音楽がくすぐる。機械文明の発達の遅れなど気にかかる事もあるが、この世界にこなければ恐らく触れる事はなかったものや知る事すらなかった事も多い。
 音楽等の娯楽もその一つだろう。流れる曲に耳を傾けながら、金属製の腕は慣れた手付きで機器を操り、次の依頼に備え関連する情報を調べていった。
 生き物というのは、どこの世界でもそれなりに生きにくいものらしい。この世界にはこの世界の脅威があり、ケヴィンは戦場に立つ日々を送っている。
 ふと、にゃあと声がした。窓の外を見ると、どこからのぼってきたのかベランダに見覚えのある姿がある。
「また来たのかよ。物好きだね」
 宙に蒸気を吐き出し、ケヴィンは呆れた風に呟いた。先日出会った猫は時々ケヴィンの前へと気まぐれに姿を現した。たくましく生きているようで、下手したらそこらの飼い猫より肥えてるくらいだ。本当はどこかで飼われているのに、食べ物欲しさにケヴィンの前ではまさに猫を被っているのかもしれない。
「まぁ、俺相手に被っても意味ないけどね」
 生憎、餌付けする気はない。これ以上懐かれても困るし、一時の優しさがかえって相手を苛む牙となる事をケヴィンは知っている。こういった輩に下手に手を貸すと、かえって今後楽を覚えた相手の首をしめる事になるのだ。
 それに、いつ別れがくるのかも分からない。聖者も愚者も関係なく、生死の判決はいつだって突然くだるものだ。避けようと全力を尽くしても避けられぬ時はあるし、運良く助かる事もある。それに関しては、世界が違えど変わらない事なのかもしれない。誰も彼もが、生きるために足掻いている。
 今日も世界で誰かは死んでいる。ケヴィンは、まだ死んでいない。生きている。この世界で。どこの世界でも。
 どこにいようとも、ケヴィンのやる事は変わらない。ただ、自身の考えを胸に、歩いていくだけだ。
 咥えていた電子煙草を一度放し、男は息を吐いた。澄んだ空気に、ケヴィンの慣れ親しんだ蒸気の味が混ざる。
「ああ、やっぱこの世界は空気が美味いな」
 呟かれた言葉もまた、その空気の中へと溶けていった。今はもはやその呟きがどこに溶けてしまったのかも分からなくなってしまったというのに、まるで返事をするようにまた猫が鳴いたものだから、ケヴィンは苦笑する。そして瞼を伏せしばしの間、未だ新鮮に感じるその空気を味わうのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
この度はおまかせノベルという貴重な機会をいただけ、光栄です。元いた世界と今いる世界ではだいぶ違いがありそうですが、ケヴィンさんの信念はどこの世界にいてもブレなさそうな印象を受け、このようなお話を執筆させていただきました。
お気に召すお話になっていましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡ください。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。またいつか機会がありましたら、その時はよろしくお願いいたします。
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年05月10日

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