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『魔鳥の雛』
松本・太一8504


 若い成人女性が、小学生の男の子に声をかける。
 性別が逆であれば即、通報もやむなしという事案であるが、このままでも犯罪の臭いのようなものが無くはない。
 ともあれ、夕刻の公園である。
 ベンチに腰を下ろし俯いている、その少年に、松本太一(8504)は声をかけた。
「どうしたんですか、君」
 思いきって、隣に腰掛けてみる。
 今の太一は『夜宵の魔女』だ。小学生の男の子には刺激が強すぎるほどの美女である。
 少年は、しかし太一を一瞥しただけで、ランドセルを抱えたまま俯いてしまう。
 そのランドセルが、いささか大きく見えてしまうほど小柄で痩せぎすの少年だった。
 確か、もう小学校4年生になっているはずである。
 2年生か、下手をすると1年生にも見えてしまう。
 成長が遅れている。明らかに、栄養が足りていない。
 血色の悪い顔には、青痣が浮かび出ている。殴られた、のだとしたら学校でいじめられているのか。それとも。
「……お家には、帰らないんですか?」
 太一の問いに、少年は答えない。
 俯いたままの沈黙が、すでに答えだ、と太一は思った。
「……どこにも、かえれない……」
 少年が、ようやく声を発した。
 発声が、たどたどしい。まるで今、生まれて初めて喋ったかのようにだ。
 会話の経験が、ほぼ無い。この少年は、誰とも口を利いていないのだ。学校でも、家でも。
「私ね、1度……君の帰る場所を、奪っちゃった事があるんです」
 言いつつ太一は、少年の頭をそっと撫でた。
「それじゃいけないと思って、何回もやり直してみました。けど……駄目ですね、やっぱり」
「……ぼく……だめ……」
「あっ、ご、ごめんなさい。君が駄目なんじゃなくて」
 いくらか慌てて、太一は少年を抱き締めた。
 青痣のある顔に、豊かな胸を押し付けていった。
「……何度やってもね、駄目な時ってあるんです。サラリーマンのお仕事でも、魔女のお仕事でも」
 夜宵の魔女の、たおやかな細腕と圧倒的な胸に抱かれたまま、少年のみすぼらしく痩せた身体がさらに細く、小さく、縮んでゆく。
 成長が、退行してゆく。
「そういう時はね、やり方を変えましょう。根本から……」
 太一の抱擁の中で、少年は赤ん坊に変わっていた。戻っていた。
 その赤ん坊を抱いているのも、夜宵の魔女の細腕ではない。
 姑獲鳥の、翼であった。


『お乳が出るのねえ、鳥なのに』
 授乳中の太一に、姿なき女性が声をかけてくる。頭の、あるいは心の中からだ。
「貴女もご存じでしょう。姑獲鳥はね、母性の成れの果て」
 赤ん坊を翼で抱いたまま、太一は言った。
「お乳なんて、いくらでも出ます。赤ちゃんを育てるためなら」
『そこまでわかっているなら当然、知っているわよね?』
「……姑獲鳥の乳で育った赤ちゃんは、もう人間には戻れません」
 この赤ん坊の、様々な未来の姿を、太一は思い出していた。
「何度もやり直して、わかったんです。人間でいる限り、この子は絶対、幸せにはなれません」
『そうねえ。何回やり直しても、この子の両親は』
「あんな感じです。生き返らせて、と言うより私が殺したのを無かった事にして、性格とか色々改竄してみても……最終的には、ああなっちゃうんです。だからもう、死んだままでいてもらう事にしました」
「人間の腐った性根は、情報改編の類じゃ変えられないのさ」
 魔女の1人が言った。
 夜会である。
 今回の主催者は、松本太一だ。
 正確には、太一の中にいる、この姿なき女性である。
 彼女が、魔女たちの中から何名かを選んで招待した。いつもの夜会よりも、だから人数は少なく静かである。
「それにしても……可愛らしくあたふたしてた、あの新米魔女っ娘ちゃんがねえ。立派な禍物になっちまったもんだ」
 魔女の1人が、笑った。
「で。私らを集めたのは、その子の養子縁組のためかい?」
「うちらの誰かに、その子を押し付けようってわけ」
 別の魔女が、夜会の面々を見回した。
「道理でね……あいつとかアイツが、いないわけだ」
「はい。この子を変な実験で使い魔に改造しちゃいそうな方は今回お呼びしておりません」
 太一は告げた。
「今更もう怒ったりしませんから正直に答えて欲しいんですが……この姑獲鳥の羽衣、私に送りつけて下さったのはどなたですか」
「あたしでーす」
 1人の魔女が、手を挙げた。
「別に深い考えはなくってぇ、もふもふの鳥娘ちゃんを作ってみたかっただけ……まさかこんなね、ラスボス級のヤツが出来上がるとは」
『姑獲鳥は、人間の子供をさらって育てるもの』
 姿なき女性が、言った。
『さらわれた子供が、無事に親元へ戻る事はない……それを無理に戻そうとしても、上手くはいかないのよね』
「はい……実際、何度やっても駄目でした」
「つまりさ、あんたが育てるしかないって事よ姑獲鳥ちゃん」
 魔女の1人が、太一の肩をぽんと叩く。
「人間社会とは、うまいこと折り合い付けてさ。とりあえず、物心つくまで育ててごらん」
「その後はね、私らが色々教えてあげる。幼稚園とか学校の代わりに」
 魔女たちが、楽しそうにしている。
「はっきりさせておこう。私たちは、その子の先生でしかない」
「親御は貴女ですよ、松本太一」
「あんたなら父親と母親、両方を1人でこなせるだろう」
「……父親の出番は、ほとんど無さそうですけどね」
 胸に甘えてくる赤ん坊を抱いたまま、太一は苦笑した。
「とにかく私は姑獲鳥……さらった子供は、育てるしかありません。どこへ出しても恥ずかしくない、立派な怪物として」
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年05月13日

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