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『もう一人の母上 』
日暮 さくらla2809)&不知火 あけびla3449

●華二つ
 ナイトメアがどれだけ世界を侵蝕しようとも、人々は生きるための営みを止める事は出来ない。日々耕し、飯を炊くのだ。そんなわけで、今日も街のスーパーマーケットは大盛況である。
「うーん、何十年経ってもやっぱりいちごは赤いのねぇ。なんて」
 野菜コーナー、目の前の陳列棚を見つめて不知火 あけび(la3449)は呟く。パック詰めされてずらりと並んだいちご。旬を迎えたいちごは、赤く色づき輝いていた。あけびはパックを手に取り、じっといちごを見比べた。彼女の夫も息子も、いちごに関しては人一倍うるさいところがある。お陰で、40がらみとなった今となっては、食べ頃を迎えた絶品いちごを的確に見つけられるようになっていた。
(よし、今日はこれが一番ね。見てるだけで涎が出そう)
 これでも彼女は旧家を率いる大棟梁、いつでも品は失わないように気を付けている。口の中に溜まったものをごくりと呑み込み、あくまでお淑やかにいちご一パックを籠に収める。
(後はゼラチンを買って、卵はあるから……必要なのは上白糖ね)
 一仕事終えて帰って来るであろう息子や、お屋敷再建に取り掛かっているであろう夫を労う為に、今日はいちごのババロアを作ろうと決めていた。手早く作れて甘くておいしい。苺をミキサーして加えてやれば、一口頬張るだけでその風味が鼻を抜けて喉まで伝わる。抜群のスイーツだ。
(何より、どれだけ手を加えようと加えなかろうと、ババロアはおんなじなのだよ……)
 という理由もあった。スイーツづくりの腕にかけては、何故か夫に敵わない。きっちり時間を掛ければ話は別だが、悲しいかな、あけびも日がな一日スイーツに凝り続ける時間は無い。とりあえずレシピさえ守っていればみんな同じ出来になるババロアやプリンみたいなスイーツは、彼女にとって救いだった。
 ゼラチンと砂糖を買い物籠に放り込み――そうになってそっと収め、あけびはメモを取り出す。
(後は……今夜の夕食の為に、何か……)
 その足はふと鮮魚コーナーへと向かう。

 ふと、あけびは桜の香りを感じた。思わず足を止めて、彼女は背後を振り返る。そこにいたのは、白い、いかにも気品のあるワンピースを身に纏った少女。桜色の髪を束ねてさらりと流すその後ろ姿は、何故だか懐かしい気持ちにさせられて。
「ねえ」
 気付けば、あけびは彼女の事を呼び止めていた。彼女も己の事だと気づいたらしい。ピタリと足を止めて、ゆったりと踵を返す。露わになった彼女の瞳やその輪郭を見て、思わずあけびはハッとなる。
 その面立ちは、少年だった頃の息子に瓜二つだった。
「……母上?」
 切れ長の瞳を丸くして、少女――日暮 さくら(la2809)はぽつりと呟く。今まさにさくらの眼の前に立っているのは、さくらの母親に瓜二つだった。

 ねじれの位置にあった二人が、世界を飛び越えて交じり合った瞬間だった。

●“お母さん”
 1時間後、さくらはあけびと共に、彼女が家族と暮らすマンションにいた。まるでそれが当たり前であるかのように。
「ここが、あけびさんの暮らしている……」
「まあ、仮住まいって感じだけどね。あと一か月もしたら引っ越すつもりだし。そんな事より、上がって上がって!」
 右近下駄を脱いで揃え、あけびはドアの向こうに立つさくらを手招きしてくる。ぼんやりしていたさくらだったが、手招きにようやく気付いて彼女はびくりと飛び跳ねた。
「は、はい! ……でも、宜しいのでしょうか?」
 導かれるまま上がり――かけたが、さくらは寸前で足を止めてしまった。何だか気恥ずかしかった。家出してから帰ってきたらこんな気持ちになるだろうかと、さくらはほんのり空想した。
 そんなさくらに、あけびは満面の笑みで応えた。
「いいってば。遠慮しないでよ。ここで会ったのも、100%何かの縁なんだから。そう思うでしょ、さくら“ちゃん”も」
「それは……」
 間違いない。この一時間歩きながら話をして、それはさくらも確信していた。そして、この元気一杯の力強さは、間違いなくさくらの知るあけびと同じだった。つまり、ここで押し問答していても仕方ないのである。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
 さくらはぺこりと頭を下げると、ブーツの紐を解き、フローリングにその足を載せた。埃一つない、綺麗な床だ。ワックスもきっちりかけられて、廊下の向こうから差す光でつやつやと光っている。その光を辿るように、さくらは居間へと足を踏み入れた。
「今飲み物出すね。インスタントコーヒーだけどいい?」
「はい。宜しくお願いします」
「あ、遠慮しないで勝手に座ってね!」
 あけびはコーヒー粉の詰まった瓶を取り出し、一さじカップに掬い入れる。その忙しない姿を眺めていると、あけびはちらりと彼女に目をくれた。
「それで、どこまで聞いたんだっけ」
「息子さんと私が出会ったところまでです。……まあ、彼は死にそうだったので私がその死地から引っ張り出したわけですが……結局その時のあけびさんは意識不明で面会謝絶の状態でしたし、それで会えずじまいだったのです」
「なるほどねー。じゃあ、これからよろしくね、かな?」
 あけびはコーヒーのたっぷり注がれたカップをさくらに差し出す。恭しく受け取り、さくらは静かに頭を下げた。
「ええ。宜しくお願いします」
 さくらはあけびの立ち去る足音を聞いてから、ゆっくりと顔を上げた。その足運びから、キッチンに立つその背中まで、まるで舐めるように見つめる。どの所作をとっても、やはり母そのものだ。化粧の塗り方や髪の揃え方にしても、違うところを見つける方が難しい。
「それにしても、いやー。そうかそうかぁ」
「はい?」
 いちごのヘタを切り取ってミキサーにかけながら、あけびがふとくすりと笑った。さくらは小さく首を傾げる。彼女はすっかり自分の世界に入り込んで、ぶつぶつと何かを呟いている。
「あ、でもどうなんだろう。むしろ兄妹って扱いになるのかな……」
「どうしたのですか? あけびさん」
「いやいや。ごめんね。大したことじゃないんだけど。何だかとっても運命的な出会いだな……って思って」
「運命的、ですか?」
 あけびはくすくす笑いを止められないまま、何度も頷く。
「うん。いやあ、強力なライバルが出現しちゃったかもって思ってさ。……いや、ごめんね。勝手に盛り上がっちゃって」
「ええ……」
 目を白黒させたまま、さくらはコーヒーを啜る。あけびは夢中でお菓子作りに精を出していた。その仕草を見て、さくらはほんのりと思い至る。
(でも……やっぱり母上とは違う)
 喩えるなら、彼女の母は小春日和の太陽、苦境を耐え忍ぶ人々を照らす温かな太陽だった。目の前のあけびも同じ太陽だけれど、彼女は真夏の太陽だ。希望に満ちた世界を、さらに華々しく彩る太陽である。
 ここではやはり独りなのだ。そんな事を考えて、さくらは思わず俯いた。
「……そうだ」
 そんなさくらをちらりと見て、あけびはおもむろに口を開く。
「後はババロアを冷やすだけだから、ちょっと一緒に一か所見に行かない?」
「見に行く……ですか?」
「うん。きっとさくら“ちゃん”も、気に入るんじゃないかな、って思うから」

●「ごめんなさい」
 言われるがまま、手を引かれるがまま、さくらはあけびについていった。そうして彼女が目にしたのは、一軒の日本家屋。庭も立派なお屋敷である。
「じゃーん! どう? まだ再建中……だけど」
 あけびは門の前に立ってにっこり笑ってみせる。少しおんぼろな雰囲気の漂っているお屋敷だが、その佇まいには、さくらもどこか懐かしさを覚えていた。
「向こうで住んでいた家を……思い出します」
「でしょう? 私もそんな感じがしてね。だから思わず譲って貰っちゃったんだ」
 彼女の言葉を聞きながら、さくらは故郷での日々を思い返す。父や母に稽古をつけて貰いながら、自分なりに、子どもなりに、生きるべき道を探していた。その答え合わせが、今なのだと、さくらは信じていた。
「どうせなら、さくらも一緒に住まない?」
 物思いに耽っていた彼女の耳に、あけびの言葉がふと突き刺さる。さくらは息を呑んだ。
「女の子の独り暮らしって、きっと寂しいんじゃないかなあ……って思うから」
 図星だった。たまに寂しくて寂しくて仕方が無い時がある。友達と電話しても食事に行っても、この寂しさは埋めきれない。泣きはしない。しかし、心の中に空いた穴を埋め切れずに呆然としてしまう時があった。あけびの微笑みは、そんな心の穴を、間違いなく埋めてくれる気がした。
 少し性格が違ったところで、母も眼の前のあけびも、その懐の深さに全く違いは無かった。

「ごめんなさい」

 しかし、さくらは首を縦には振れなかった。
「それはきっと、あけびさんにも、母上にも失礼なことな気がするんです」
 声を震わせながらなんとか言い切ると、さくらは通りの彼方に向かって駆け出した。
「あ、ちょっと! さくら!」
 あけびが振り返った頃には、もうさくらは遥か彼方にいた。

 ねじれの位置にあった二人。彼女達が繋がり合うのは、そう簡単な事ではないらしい。



 つづく?


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 日暮 さくら(la2809)
 不知火 あけび(la3449)

●ライター通信
いつもお世話になっております。影絵企我です。

おまかせノベルでこういう話を書いてもよいものか……と思いつつ、しかし二人の関係においては避けて通れない部分じゃないかな……なんて思ったので描かせて頂きました。満足いただけましたら幸いです。

ではまた、ご縁がありましたら。
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年05月13日

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