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『Rest In Peace 』
レイヴ リンクスla2313

 廃墟を指して進む兵員輸送車。
 詰め込まれた歩兵はいくつもの死地をやり過ごしてきた歴戦であったが。今は鼻歌ひとつ漏らさぬまま、浮かない顔を突き合わせていた。
 代弁しておけば、彼らは死を怖れない。彼らは決死をこそ尊び、前進をこそ唯一の信条とする。仲間の骸を足がかりとし、敵を殺すまで進み、進み、進む。
 しかし。
 彼らが向かわされる先に待つ敵は、人ではない。彼らが生まれるよりも早くからこの世界に侵入し、静かに根を張り巡らせてきた「異世界からの侵略者」だ。
 ……出来の悪いコミック・ブックのような話ではあったが、“合挽”になって還ってきた幸運な兄弟(ブロウ)たちの有様を見せつけられれば、嫌でも信じるよりない。1グラムのミンチも残せず喰い尽くされた不幸な兄弟の有様を聞かされた後では、特に。
 絶望が押し詰まった空気は、吸い込む度に体を重くする。ついには互いの顔すら見失い、深くうなだれて――
 ジャガッ。アサルトライフルの薬室にエクスプローダー弾を送り込み、その重量感を確かめた兵士が、やわらかな笑みを上げて。
「いつも使っているフルメタルジャケット弾とは重さが違いますね。とはいえ、弾は弾です。銃口から飛びだして敵の命をふっ飛ばす……シンプルな話です」
 少年のような顔をしていた。少女のようにも見える。しかも、こんな死地にはもっとも似つかわしくない、それでいてもっとも似つかわしい笑顔であった。
「行きましょう、兄弟。敵は人じゃありませんから、見間違える心配もありません。見つけたら戦時国際法を暗唱する面倒なく、引き金を引きっぱなすだけの簡単なお仕事です」
 この部隊では“スマイリー”と呼ばれる彼の名はレイヴ リンクス(la2313)。その笑みは兵たちに自らのあるべき姿を思い起こさせ、恥じ入らせた。
 ぎこちないながら解け始めた空気を深く吸い込み、レイヴはわずかに笑みを深めた。
 兄弟、兵隊稼業はほんと、因果なものですよねぇ。


 現地ではすでに戦闘が始まっていた。
 硬い外殻でその身を鎧った侵略者――ナイトメアと呼称される化物だ――へ、戦車隊が現存するあらゆる種類の砲弾を撃ち込んでいく。
 爆煙に縁取られた爆炎があがり、兵士たちが歓声をあげた、その直後。
「戦車を守ります!」
 双眼鏡を振り捨て、ここまで部隊を導いてきたレイヴが、廃墟の影から駆けだした。
 2、2,2,2、スタッカットなリズムを刻んで飛んだ弾は、煙をかき分けて現われたナイトメアの頭部、胴部、腕部、脚部を捕らえるが。硬いターゲットにこそ高い効果を発揮するはずのエクスプローダー弾はあえなく弾かれ、わずかにその前進を鈍らせるに留まった。
 その合間にも砲弾が、そして他の兵らの銃撃がナイトメアを撃ちつけるが、弾の種別、火薬量、質量、なにを変えようとも結果は「効果なし」のひとつきりである。
 ナイトメアどもに食いつかれた戦車が砲身をねじ斬られ、中身である兵を引きずり出されて……救援に向かった兵士もまた、次々と無敵の侵略者に捕らわれ、ちぎられていった。
 やはり、通常兵器ではどうにもなりませんね。
「戦車隊は後退しつつ砲撃を継続。歩兵は随伴して弾幕を!」
 指示を飛ばし、レイヴは爆煙の内にその身をすべり込ませる。ここから先は、兄弟たちにも見せられない。
「スマイリーです。すでに上を説得できるだけの命が損なわれました。全軍を撤退させてください。僕は撤退支援に回りますので、“E”の使用許可を」
 部隊用のものではない通信機に語りかければ、すぐさま応答があった。許可する。
 最初から許可してくれていれば、兄弟を犠牲にすることもなかったでしょうに。
 薄笑みの底で吐き捨て、アサルトライフルを捨てた彼は、腰の後ろに取りつけてあったサブマシンガン型の“E”を手に取った。

 もともと軍情報部に所属する彼には、他の兵士には与えられておらぬ特務が課せられていた。
 ひとつは友軍の被害を一定に抑えるための、戦局の見極め。
 そしてもうひとつ、ナイトメアに対する“E”の効果検査だ。

 手榴弾をひとつ横へ放り、音と炎でナイトメアの目を引きつけておいて、逆へ駆ける。幸いにして攻撃型と呼ばれるあのナイトメアどもの知能は低い。もっとも、兵士たちにはそれすら開示されていない情報なのだが――レイヴはすがめた目線と共に、敵の背から延髄までを9mm弾の一文字でなぞり上げた。
 エクスプローダー弾ですらかるく弾く外殻が、ただの拳銃弾で割れ砕け、その奥のやわらかな中身をかき回す。
 殻の厚い背には効果が薄い。結局は狙いどころの問題ですか。
 向きを変えて襲い来る攻撃型、その先頭にある個体の目を撃ち、次いで膝関節を砕いて足止め、他の攻撃型の進路を塞いでおいて、レイヴは横へ跳んだ。
 味方軍の砲撃は、ナイトメアに対する打撃力こそ発揮できずとも、その目と耳を塞ぐ攪乱の役は果たしてくれる。煙と音とに紛れ、レイヴは戦場に転がる残骸の縁をなぞって駆けた。
 友軍の撤退を助けるには、ナイトメア群を充分に引き回し、引き離す必要がある。だからこそ潜むわけにはいかない。普通に考えるならただの無謀だが、今の彼にはコードE――EXISという、ナイトメアに対抗しうる唯一の武器がある。
 イマジネーションが無敵の侵略者を討つなんて、鉄のリアリズムを信じる軍からすればナイトメアそのものなんでしょうけどね。
 レイヴは口の端に皮肉を閃かせ、二点バーストで攻撃型の外殻の隙間に弾をねじり込んでいった。兵士のリアリズムは効率だ。効果的な勝利を引き出すためなら、得物の出自や構造などどうでもいい。問題は、それを自分が使えるかどうかだ。
 攻撃型の奥から防御型がレーザーの発射口を向けてきた。さすがに光速を追い抜く自信などないが、射線を外してしまえば通常の銃同様、この身を損なうことはない。
 八方をクレバーに見極め、穿つべき一点へ弾を送り込む。その顔に消えぬ笑みを湛え、ナイトメアを殺し続ける。それはレイヴが演じる理想の兵士の有り様なのかもしれないが、彼に判断する術はなかった。それができぬほど長く、レイヴはそう在り続けてきたから。
 でも。僕は受け入れなくちゃいけないみたいです。この奇妙な兵器に適合しているんだって。
 SALFなる組織の主導で、訓練と称して行われた試験。その中で、EXISの力を発揮できる“適合者”としての適性ありとされたのは、彼を含むごく十数名であった。しかもその中で、死地を生き抜くだけの胆力と戦闘力とを備えた者は彼ひとり。
 ゆえに彼は今日、ここへ送り込まれたのだ。
 ハロー、ジェネラル。あなたが愛すべきバッドボーイどもは無意味に死にましたよ。この現実があなたの目を醒ましてくれることを祈りましょう。
 そして、僕は。

 こちらの弾幕をくぐりぬけ、1体の攻撃型がレイヴへ辿り着く。
 同じ輸送車で、ほんのわずかな時間を共に過ごした4人を殺した個体。兄弟として、つけておかなければならない落とし前があった。
 振り込まれた鎌をサブマシンガンのフルオートで砕いたレイヴは、地へ転がった攻撃型の眉間にオートマチック型のEXISを突きつけて。
 これは僕の自己満足です。でも、せめてもの祈りを込めて、送りましょう。
「Rest In Peace」


 レイヴはその後に軍を離れ、SALFへ所属することとなる。
 その理由を積極的に語ることはなかったが……彼が今日もタフな戦場に在り続けることに変わりはないのだ。
 
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2019年05月13日

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