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『キカイ仕掛けの〜紅夢物語〜 』
エルティア・ホープナーka0727)&シルヴェイラka0726

 軽いノックの音を響かせてから、返事を待たずにシルヴェイラ(ka0726)はそのドアを開ける。
「やはり鍵はかかっていないのか……」
 解っていたことをあえて言葉にする。溜息を零すような段階はとっくの昔に過ぎてしまっているので、今はもう呆れが大半を占めている。
 声量を抑えるようなことはしない。声を切欠に早々に部屋の主が自分の訪れに気付けばいいと思うし、可能性は低いがそこから女性としての嗜み……せめて危機感を持ってほしいし、出来れば意識をこちらに向けてもらえればと内心では思っているからだ。
 勿論、それが明確に実を結んだことはなく、だからこそ呆れが勝っている。ドアが自分の入室を拒まないということが、優越感に一役買っているのは否定できないが……あくまでも、ほんの一部なのだ。
「エア? 今日はどこに……」
 部屋の主である幼馴染、エルティア・ホープナー(ka0727)の姿を求め視線を巡らせる。
「ッ!」
 気配を感じ取った先に安堵の視線を向けたものの、すぐに言葉が続かなくなった。無意識にマテリアルが練り上がる。
「な、なな、なんッ……」
「無駄な韻を踏み過ぎであるな」
 気怠げな声はヴォール(kz0124)のもので、寝椅子で寛いだ状態のまま、頁を一枚捲った。つまり視線は本の中の記述を追い続けている。
「エアはどこだ」
 繰り返すが、ここはエアの部屋である。
「寝ているのである」
 ヴォールもまた、欠伸を噛み殺している。この様子だと寝ていないのだろう。
「な、なななっ!?」
「声を抑えろと伝わってないとは……」
 慌てて口を抑え、慎重に呼吸を整えて。マテリアルも常態に戻し終えてから問い直す。いちいち気に障る言い方をするのはこの男の性分だと分かってはいるのだが、状況がどうしてもシーラの冷静さを奪っていく。
(わかってはいるんだ)
 物語に目がないエアと、研究一筋のヴォール。この二人が一線を越えるなんてこと、あるはずがないということくらい。なにせ身の回りの世話は、自分が担っているのだ。一人分も三人分も一緒だとは言わないが……シーラが居なかったら、餓死なり凍死なり過労死なりで、この二人はさっさとくたばっていたに決まっている。それくらいシーラは三人の中で重要なポストにあるし、それだけ手をかけている。それだけ、この視野が狭くなりやすい二人の事を理解している。そして、その幼馴染フィルターをもってしても、エアとヴォールは『めんどうくさがり屋』だった。

「……で、原因はソレなのか」
「いかにも。新しい文献であるな」
 確かに寝椅子の傍のテーブルには見慣れない本が詰まれている。
 しかし、相変わらずエアの姿が見えず、寝ているとの言葉を思い出す。
「……お前がベッドに運んだのか」
「汝がいつも風邪予防と煩いのであるからして」
 日頃から口酸っぱく言っていた成果だと考えていいのだろうか。いかにも仕方なくという口ぶりに溜息をつくべきかシーラは悩むが、これ以上は言っても無駄だろうと別の言葉を選んだ。
「そのまま、自分の部屋に持ち帰ればいいんじゃないのか」
 研究一筋の男が離れないところを見るに、研究に関係するものなのは間違いない。
「エアの伝で入手したものであるからして」
 寝ているからと勝手に持ち出すわけにはいかなかったらしい。
「……だったら、私を呼べばいいだろう」
 異性の部屋に泊まり込むという非常識は既に何度も説いているので、繰り返さずとも通じたらしい。
「その分時間が勿体ないのであるな」
 鍵が開いたままだというのは、そういった懸念を払拭するための意図的なものだったということだ。室内ならば、資料を読みながらでも行動できる。無断で持ち出さず、面倒な嫌疑をかけられることもなく、好きなだけ文献を読み漁り……気紛れに思い出した体調不良の予防。ヴォールとしてはこれが最適解だった、ということなのだろう。
(本当、自分の欲に忠実に知恵を絞ってばかりだな)
 多分、この文献がシーラの伝だったら。シーラに対する手間を惜しむことはなかったのだろうと思う。以前別の資料を見つけ出した際、その資料の解読に勤しんでいる間は、常よりも少しだけシーラへの配慮があったよなうな記憶がある。
 今回はエアが配慮の対象として該当したから寝室まで運んだだけ。そうじゃなかったら、エアは寝落ちたままにされ、今は体調不良となっていた可能性も……あるだろうか?
(幸か不幸かの判断が付けられない……)
 何を言っていいのかさえもわからなくなってきた。

「貴方の眠りを妨げるのもよくないと思ったのよ、シーラ」
「おはよう、エア」
 軽い音で奥のドアが開くと同時に届けられるエアの声。その声音はいつも通りだったから、シーラは安堵と共に挨拶を送る。
「君……達に呼ばれるなら、ちゃんと時間を割くに決まっているじゃないか」
「だからよ?」
 被せられていると錯覚しそうなほどの即答に、面食らう。
「貴方が倒れたら、それだけで私達は路頭に迷うと思うの」
「……成果を出しているのだから、世話人の派遣くらいあるだろう」
「どうかしら。シーラ程の人は、そう居ないと思うわ?」
「汝は空気であるからな」
「あら、いい例えね」
 人によっては影が薄いと取るだろう言葉だが、ヴォールなりにシーラを認めている証拠なのだろうと思う。
(当たり前に在って、なければ困るってことでしょう?)
 自分が小さな笑みを浮かべていたことに気付かないエアは、余計な事を言うなとばかりにヴォールが視線を投げてきたことにも気付かない。
「シーラの珈琲がなくちゃ、研究も捗らないものね?」
 同意が得られると確信して水を向けるエアに、期待した返事は与えられない。
「ヴォールなら、私の珈琲を再現する機械くらい作りそうだが」
「……」
「あら、そうなの。ヴォール?」
「……」
 不自然なくらい文献から目を離さないヴォールは、二人の視線がいつまでたっても自分から外れないことに気付いたらしい。
「……シーラが」
 渋々と声に出す。視線はやはり本へと向けたまま。けれどページを捲る手は止まっているので、言葉を選んでいるのだろう。
「淹れるのが一番早いのである」
 言いきってすぐ。二人の居ない方角を向ける椅子へと座りなおしていた。
(短くすれば誤魔化せるなんて、思わないことね)
 エアは知っている。シーラの淹れる珈琲は自分達の嗜好や気分にあわせてブレンドされているし、その日の気候や些細な体調の変化に合わせて濃度や淹れ方を調整した上で出てくるのである。でなければ、どんな時でも美味しいと思う訳が無い。
 それを機械で簡単に再現できるとは思えない。そのための研究時間はどう考えても無駄で、だからこそシーラに頼んだ方が早いと、そんな思考の変遷がしっかりと読み取れた。
 そして自分にそれ以上表情を、そこに含まれた思考を見られないように抵抗しているらしい。

「……余計なことを」
 珈琲を淹れに離れたシーラの背を眺めていれば、小さな声。
「私が言わないで、他の誰が言うのかしら?」
 ヴォールの背に向かっているエアの声は、別にからかうようなものではない。いつも通りの声音である。
「これまでだって、素直じゃない誰かさんの回りくどい言葉を、誰が代弁して……皆が分かるように、説明してあげたと思っているのかしらね」
「ぐっ」
 だからこそ、刺さりやすいという側面はあるかもしれない。
「『効率が良くなったのである』なんて普通、誰も感謝の言葉だと思わないわ」
「……ぐぐっ」
 ヴォールは実績を挙げているけれど、説明能力が低かった。特に研究の途中段階はそれが顕著で、周囲の誤解を幾度も招き、その余波で研究進度が遅くなるなんてこともしばしばあったという。
 図書館での出会いが無かったら。ヴォールの思考を読み解けるエアが居なかったら。サポート能力に長けたシーラが居なかったら。ヴォールは完全に孤立してしまっていただろう。
(私達は別として、ね)
 普段から研究用の部屋に引きこもっている変わり者。そんな噂を持つヴォールに会いたいと思っていたわけではなかった。
 エアの求める物語が、ヴォールの研究資料と同じだっただけ。
 どれだけ待っても図書館に返却されず、しびれを切らしたエアの代わりにシーラがヴォールの部屋を訪れただけ。
 あまりのずぼらな部屋の様子に既視感を覚えたシーラが世話をするようになっただけ。
 シーラの行動の変化に気付いたエアが興味本位で同行し、部屋に並んだ資料に目を輝かせただけ。
 気付けば、三人の生活圏は重なり、共に行動するのが当たり前になっただけ。
(……あら? これはもう、必然なのかしら)
 幾らか年上だけれど。三人で幼馴染となった過去を思い返していたエアの耳に、唸り声にも思える声が届けられる。
「……効率化は成ったであるからして」
「どういたしまして」
 第三者から見れば全く会話になっていないやり取りだけれど。それが当たり前になっている当人達が疑問を感じるはずもない。
「後で、シーラにも言ってあげてちょうだい?」
 先ほどのやり取りで十分伝わっている気もするけれど、ほんの気紛れでそう声をかけてみる。
「シーラには、別の形で見合う対価を用意するのである」
「なんだか面白そうね?」
 どんな物語になるのか興味がある。
「汝には関係が、いや影響が出な……そう、男同士の秘密なのである」
 やたら訂正を挟んだ言葉に疑念は尽きないが、その絶対的な言葉を前に、エアはそれ以上踏み込むことができない。逆に女性特有の事情を尋ねられて答えられるわけもないからだ。
「ねえ、ヴォール」
「……」
「どうして私は女なのかしら」
「それを我に言うなんて無駄の極みであるな」

「眠気覚ましの珈琲でも、我の睡魔は退治できないのである」
 しかし未読文献も気にかかる。早急に解読したいとごねるヴォールはいつも通りだ。
(その割には素直に引き下がったような)
 十分に休息をとらないと効率が下がる、その言葉が効いたのだろうか?
(いや、何度も言っていた筈だ)
 代わりに解読を進めておいてやると言ったあたりで態度が変わったようにも思うのだが、気のせいだろうか。
「どうしたの、シーラ。変わった表現でもあったのかしら」
 首を捻る様子に気付いたエアが、シーラの持つ書物を覗き込んでくる。場所は引き続きエアの部屋なのだから当たり前だが、エアの纏うマテリアルを極身近に感じ取り、シーラはそれを久しぶりのように感じ……本当に、何年振りかの『二人きり』という現状に、気付いた。
 朝に弱いエアを起こし、ヴォールを起こし、三人で食事をとり、研究を進め……そう。研究に関する行動は、三人が当たり前になっていたのだ。
「いや……」
 それを言ってもいいものだろうか、迷ったのはほんの少しだけ。
「懐かしいと思ってね」
 かつてはヴォールが近くに居ないのが当たり前だった。二人で過ごすことが当たり前だった。
(別に、今に不満はないけれど)
 充実した日々を送れていると思う。日々、何かしらの手応えがある。
 明確な言葉にしなくても、シーラの考えはエアに伝わっている。
「そうね。例えばシーラの表情。前よりも色々と見られるようになったわ」
「エアにとって喜ばしい事なのかい?」
「当たり前でしょう?」
「どうしてか、素直に喜べないんだが……」
 きっと男の矜持があるからだろう。
「いいじゃない。私が知らなかったシーラを知れたのだもの」
 嬉しいという感情が無意識な笑みとしてエアの表情からこぼれている。
「シーラは少し変わったけれど、それは私もきっと同じだわ」
 きっともう一人も同じだろうと思うけれど、今伝えたいのはそこではない。
「でも。シーラ? 貴方が私の隣に居るのはずっと、変わらないでしょう?」
 これまで、物心ついてからずっと。隣に居るのが当たり前な幼馴染は、ヴォールという存在が増えても、やはり変わらず隣に居てくれる。
 言葉にしなくても、こうして確認しなくても、それは続いていくのだと確信はあるけれど。
(確認してみるのも、たまにはいいかもしれないわ?)
 そう思うようになった自分は、やはり自覚している通り、変化しているから……なのだろう。
 頷いてくれる大切な幼馴染の笑みを見たエアもまた、微笑みを深めていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【ka0727/エルティア・ホープナー/女/21歳/闘狩猟人/興味こそすべて、感じとるままに前へ】
【ka0726/シルヴェイラ/男/21歳/機導猟師/支える力は転じて、縁を繋ぐ力に】
【kz0124/ヴォール/男/30歳/????/器用で不器用】

機械仕掛けの奇怪な機会の一幕を、夢の形でお楽しみいただけますように。
完成された数字に、1という数字が出来ることはとてもとても、少ないのです。
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2019年05月13日

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