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『桜前線上昇中 』
ミィリアka2689

 春を追いかけよう。
 そう思い立ったのは、リゼリオの桜が散り始めたころの話だ。
 きっかけはほんの些細なこと。
 満開の桜の下で友人たちとお花見にしゃれこんでいたところ、はらりとまった花びらに柄にもなく哀愁を感じていた。
「桜が散らなければ、またお酒が飲めるのに」
 ふと呟いた言葉に、そこかよと友人たちはお腹を抱えて笑う。
 全くもって意味不可解な一言だったが、言わんとしていることは彼らもなんとなく理解していた。
 だから、誰かが冗談交じりに言ったのだ。

――桜の下なら、いつだって倒れるまで飲んでやる。

 一晩ぐっすり眠って目が覚めたあと、その言葉だけがどうにも頭のなかにこびりついていて、ミィリア(ka2689)は手早く身支度を整えて部屋を飛び出した。
 リアルブルーにおける桜というものは、前線を形成するみたいに南から北へと、順々花開いていくらしい。
 むつかしい事は良く分からないけれど、「桜」と一言で呼称するものの大半はある一種類の木を指していて、それが花開くための条件がかちっと決まっているからだという。
 クリムゾンウェストにも桜はあるけれど、その大半は野生のもの。
 鑑賞のために桜を植える――なんて、それこそリアルブルーや東方地域の知識が広く浸透してからのことだ。
 つまるところ、ただ北上しても出会えるとは限らない。
 だったら、気配を追いかけるしかない。
 ミィリアは今、春の狩人となる。

 何はともあれ、まずは聞き込みから。
 情報が何よりも大事であることは、ハンターとしての生活の中で身につけた生きるための知恵だ。
 厳しい冬が過ぎて訪れた春の陽気に浮かれる心も、数日が経てば日常へと変わる。
 桜が散る頃にはそれも顕著で、街も人々もすっかり夏を待つだけの身となっていた。
 その中で宴のために春の気配を追いかけようというのだからどれだけ意地汚いんだと思われそうなものだが、そこは名残惜しんでいると思ってもらいたいもの。
 聞き込みを始めてしばらく、経過はあまり芳しくはなかった。
 花を愛でる心はあっても、花見という文化はこの世界にとってはまだまだ新しい。
 どこにいつ咲く桜があるかなんて、気に留めている人はそうはいない。
 お花屋のおばちゃんも、行商のおじさんも、街行く子供達もみんな首を横に振るばかり。
 そりゃ街に桜がなくなれば、可能性があるのは街の外。
 森とか、山とか。
 ともなれば当然、危険も隣り合わせにあるわけで……結果として、情報を持っている人間は限られてくる。
 自分と同じハンターか、ハンターを雇ってでもそういった場所に出かける酔狂か。
 だから休憩がてら立ち寄った酒場でその男に出会った時、思わず声が裏返った。

「酔狂いたー!」
 男はこんな真昼間から無骨な頬を真っ赤にして、へべれけに酔っぱらっていた。
 なんでも船乗りをしているらしい彼は、丘に上がれば楽しみなんて酒をかっくらうくらい。
 酒飲み同士は惹かれ合う――ミィリアとて、その言葉をこれほど噛み締めたことはそうない。
 彼が薄くなってきた額を撫でながら語るには、街から数日歩いた先の森に、大きな遅咲きの1本桜があるという。
 これがまた特異な性質を持っていて、花の色素に微量な蛍光成分を含んでおり、夜になるとぼんやりと光輝くのだと言う。
 土地精霊の加護が強く、野獣はいても歪虚はいない好条件。
 話を聞くなり、ミィリアはティンとくる。
 うん、ここしかない。
 お礼にそこそこのラム酒を1本奢ると、彼女はさっそく友人らに召集をかけた。
 
 集められた友人たちは、ミィリアの話を聞くなり目を丸くする。
 まさか本当に探してくるなんて……そこまでして飲みたいのかと、ちょっとかわいそうな気持ちにもなったけれど、彼女の目は大まじめだ。
 酒の席とはいえ約束は約束。
 早速バスケットに酒やら肴やらを詰め込んで、件の森を目指す。

 街から北へ向かって2日ほど。
 目的の場所は、静かな山のふもとにひっそりと生い茂っていた。
 早速中へ分け入る前に、方位磁石を確認する。
 酒場の男が、奢って貰ったお礼にと1つ大事なことを教えてくれた。

――この精霊というのが天邪鬼でな、ヒマつぶしに旅人を迷わせて遊ぶんだ。

 だから地図なんて意味を持たない。
 磁石の針以外は信用するな……と。
「準備おっけー。いざ!」
 ミィリアは意気揚々、先陣を切って森へと分け入った。
 安全な森だ、周辺の村の住人も生活に利用しているのだろう。
 しばらくは踏み鳴らされた分かりやすい道が続くが、次第に木々の合間が狭まって、足元も背の高い雑草に覆われ始める。
 目印らしい目印もなくなってくるものだから、特徴的な形の木や茂みを覚えていくことになる。
 だがしばらく歩いた時、ざわりと森が蠢いたような気がした。
 なんだろう、嫌な予感がする。
 歩きづらい藪を切り開いていくと、ふとさっき見たような景色が目の前に広がっていた。
「あ、あれ!?」
 二股に分かれた細い木は目印として覚えていたから確かなはず。
 あわてて磁石を見るものの、ちゃんと言われた通りに北へと歩いている。
 転移させられた?
 いやいや、そんなこともない。
「だとしたら……」
 疑問に答えるように、再びざわりと森が蠢いた。
 ガサガサと音を立てて周りの木々がうねるように動いて、別の形に変わっていく。
 森が姿を変える。
「これが精霊の悪戯……? うー、酒飲みナメたらダメだよ!」
 ミィリアは宣戦布告するように木々へ向かって啖呵を切って、肩を揺らしながら先を目指す。
 そういうカラクリなら知恵も記憶も頼りにならない。
 男の言葉を信じて、ひたすら北へとまっすぐ行くだけ。

 やがて日が沈んできたころ、行く手にぼんやりとした光の塊が見えた。
 逸る気持ちを抑えて、その光へ向かって足を運ぶ。
 最後の大きな藪をかきわけて、視界に飛び込んできたのは薄い桃色に輝く湖面だった。
 そよ風にあおられて波打つ水面が、キラキラと夜空のように光り輝く。
 そこからゆっくり視線を上げていくと、それほど大きくはない湖の天を覆うように、大きな桜の枝が星空の下で光の花を咲かせていた。
「あった……!」
 思わず目的なんか忘れたように景色を見入る。
 本当は、桜があってもなくてもどっちでもよかった。
 名残惜しんだのは過ぎゆく春だけでなく、無くなってしまうかもしれないこの世界も。
 来年もまた――その言葉は希望でもあり呪いでもある。
 確定できない未来。
 約束は言葉でしかない。
 だから言葉で終わらせないために、この景色を求めた。
 大事なのは約束した事実でなく、それを成そうと行動することであると、心のどこかで理解していたから。
「と……ほらほら、桜があったんだから約束約束! 今日は倒れるまで飲むんだからねー!」
 手を叩いて宴の準備を急かす。
 約束を果たしたのだから、今度はこっちが守ってもらう番だ。
 とことんまで付き合ってもらおう。
 今なら未来の話だって胸を張ってできるから。
 たっぷりお酒を注いだコップを手に、満開の花へ向かって高らかに叫ぶ。

――乾杯!


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
おはようございます、のどかです。
この度はおまけノベルの発注まことにありがとうございます。
発注が春先だったということもあり、ミィリアさんのテーマカラーと相まって「桜前線」という言葉が頭に繰り返されました。
桜前線、桜前線……そう言えば、桜前線を追いかける人が居るって聞いたことがあるな。
そんなところから始まった今回のノベルですが、決戦を控えたこの時期特有のエピソードもちょっと交えつつ、楽しくもほろ苦い感じに仕上げられていたらなと思います。
おまかせノベル -
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ファナティックブラッド
2019年05月14日

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