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『死にたがりの挽歌 』
アルヴィン = オールドリッチka2378

 ピ、と短く掠れた音が聴こえた気がして、アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は歩く速度はそのままに、踵を軸に身体を反転させて後方へ振り返った。馬車の群れが森の中の道を進む見慣れ始めた光景と隣を歩く女性が訝しげな顔を向けるのが視界の隅に映る。彼女が何か口を開くよりも先に警笛の音が鳴り響いた。それは様々な雑音に溢れた最中でも通る高音で、そして吹く者の息遣いを色濃く反映してか細く震える。アルヴィンと女性、それから馬の頭を挟んだ向こうにいるドワーフの老人と長身の鬼とが視線を合わせるのと同時、女性が手にした無線機からノイズ混じりの声が聞こえてきた。ハンターになって二年目だと言っていた少女の声音には狼狽の色が強かったが要点は言葉となって届く。妖魔が、その単語を聞くや否やアルヴィンはまだ薄く残っていた笑みを消して、躊躇わず最後尾へと走り出した。微かに周囲で星が瞬き、後ろで女性の鎧の金属音と、独断専行を咎める声がする。無線機からの声が血が、と叫んだ。そう聞こえても一欠片の動揺もなかったが、予想外に悪く転んだだろう状況に急激な酷使を受けた心臓が小さく跳ねる。生を否応もなく実感させるような感覚だった。
 隊列の最後尾から最前列まで届いたのだから、当然その途中に続いている馬車も軍隊のように整然と、とまではいかないものの次々に止まってどんな事態に陥ったか窺おうとしている。不意に馭者と目が合って問う為に口を開くのが見えたが、アルヴィンは直ぐに視線を外すと止まらず走り続けた。隊商の護衛依頼を受けた者としては雇い主を安心させるのも役目ではある。しかしそれはあくまでも余裕があればの話だ。幾つもの馬車と不安一杯の眼差しをすり抜け如何許りか。アルヴィンが辿り着いた時、まだ戦闘は続いていた。妖魔と斬り結んでいる青年の横で若いドラグーンがマテリアルを込めた拳を別の妖魔に叩き込んでいる。符術師の少女が無線機を肩と顎で挟み込みながら懸命に喋っている後ろに少年が倒れているのが見えた。一瞬――僅かの間だけ加勢すべきか逡巡する。少年の方へ足を踏み出せば、まるでアルヴィンの判断を後押しするように最前列にいた仲間たちが近付いてくる足音が聞こえた。自然とリーダー役を務めていた女性が走りながら商人たちに対して大声で指示をしているのを耳にしながら、自分も思いのほか動揺していたのかもしれないと他人事のように思う。
 もしも仲間の内の誰かが追い詰められでもしたら、こちらにまで攻撃が飛んでくるかもしれない状況。耳に音が、足に振動が響くような至近距離で戦闘が行なわれている中で、それでもアルヴィンはひどく冷静だった。想定外に悪い事態でも、さしたる情報もなかった時よりはマシだ。そう思うのは人でなしの証拠かもしれないが、醜聞などどうでもいい。符術師の縋るような視線を感じながら少年の直ぐ側に腰を下ろし横たわる身体に手を伸ばした。息を吸い込んで、聖導士として務めを果たす。
 儚くも信じているもの――信じたいと思っているもの。愛への信仰を糧に捧げた祈りが彼の内側に根付くマテリアルを活性化させる。少年の身体、傷口のある腹部を中心に不安を拭い去るような強さと、生命の息吹を感じさせる穏やかさを帯びた光が広がっていく。
 光が収束するとアルヴィンはかぶりを振って、より高度な法術の行使を試みた。意識を集中させ、呪文を淡々と紡ぐ。法術とはまるで見えないものと手を繋ぎ合わせる行為だ。何処にいるのか解らなければ意思疎通もままならない。少しでも気を抜けば振り解いて好きな所へ行こうとする。力の行く先を正しく誘導し、持てる限りの力を注ぎ込む。聖導士として最上級とまではいかずとも充分経験は積んでいる。それでも失敗する危険性は幾らかあるが成功時の効力の高さに賭けるしかないと判断した。
 薄く瞳を開けば、青白い兎が視界を横切っていくのが見えた。集中するのにそれ程時間はかかっていない筈だが、いつの間にやら戦闘は終わっていたらしい。砂塵のような妖魔の残滓が青年の納刀前の一振りに散った。正面で膝をついている女性が眉間に皺を寄せて、ぐっと唇を噛む。立ち上がるとドワーフの老人と青年の肩を叩き状況報告しに行こうと低い声で囁いた。符術師が信じられないと言わんばかりの視線で女性を見て戸惑いの声をあげる。ドラグーンもよく分かっていないようだ。青年と鬼は察しながらも気持ちを切り替えられず立ち尽くす。
 少年はまだ呼吸をしていた。しかしそれは脆弱で、徐々にマテリアルを喪いつつある。
 アルヴィンの術は二度とも正しく効果を発動させた。愛という曖昧なものに対する祈りに時に奇跡と呼ばれる力は貸し出された。最初は少年のマテリアルを増幅して自然治癒力を極端なレベルに引き上げようとしたが、妖魔の攻撃の影響か内包しているそれがあまりに小さく、思った通りに活性化することが出来なかった。二度目には自身の持つ祈りの力を転換し渡そうとしたが、少年に受け入れるだけの余力が存在せずすり抜けるばかりだった。流れる水を堰き止められないように。
 歪虚の支配下に置かれているわけでもない地域で、大きな街を渡り歩く隊商を護り抜く。駆け出しのハンターにも勧められるような簡単な依頼の筈だった。現にこれまでの道中も散発的な魔獣の襲撃にとどまっていて、だから気が抜けていた感は否めない。
 憎まれようが構わないと何も理解出来ていない二人に現状を説明する。掴みかかられ殴られるのも想定した。しかし符術師の少女はその大きな瞳に溜め込んだ涙を弾き落とし、顔を覆って泣きじゃくる。ドラグーンは初対面兼作戦会議の時に知ったばかりの少年の名前をぎこちなく呼んで、遠慮がちに肩を掴む。怪我に障りなく気遣っているのがどういう意図かアルヴィンには分からなかった。
 いいヒトほど先に死ぬと言う。悪運が強いのと同義のことわざがあると同じ隊のリアルブルー出身者だかに聞いた気がするが、よく思い出せなかった。ただこうして人の死を間近に見ていると、あながち間違いでもないと思う。
 少年は初日の夜、食事が終わった時に暇を持て余して披露した手品を面白がって笑っていた。警戒を怠るなとリーダーに言われてしゅんとしつつも反省し、それから仕事が終わった暁には教えて欲しいとお願いされた。アルヴィンも深く考えずに笑って応えた。
 一言で言うなら運が悪かった。一度に多くの妖魔に囲まれたことに、怪我を負った箇所と出血の多さ。治癒する術に長けたアルヴィンが前を担当していたこと。あるいは一瞬の躊躇がなければ、と詮無いことを考えていると腕に震える指先が触れた。輝きを失くした瞳は一点を見つめ、声と喘鳴の判別すらもつかない。
 同じ小隊の者にも危ういのに知り合ったばかりの少年に情の湧きようもないが。アルヴィンの唇からは一つだけ言葉が滑り落ちた。
「ダイジョーブ」
 それは幼い頃に自分を守ろうとしてくれた人たちが繰り返し言っていた言葉だった。慰めにもならなければ救いに繋がる筈もない。一瞬だけ少年の指の力が強まり、そして地面に落ちて乾いた音を立てた。
 悲しさも罪悪感も胸の内側に湧かず、自分でも解せない何かが一つだけ降り積もる。彼が続けられなかった代わりのように呼吸すれば、肺が軋む痛みと疲労感にアルヴィンは生きていることを思い出した。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ゲーム的にはまず有り得ない話ですが仲間が亡くなった時の
アルヴィンさんを書いてみたいという気持ちが強かったです。
というのも、前回参加されていたお話でアルヴィンさん像が
かなり変わったので。あのとき拝見したお話を踏まえて、
自分の中にあるアルヴィンさん像と向き合ってみました。
今回も本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2019年05月15日

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