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『魔法のランプと少女の像 』
ファルス・ティレイラ3733

「ありがとうございました〜。またどうぞ〜!」
 そう言うファルス・ティレイラ(3733)に見送られて、客が一人店を出ていった。
 師匠から店番を頼まれていた彼女は、朝から夕方まで、一人きりでよく働いていた。
 常連客には決まった魔法薬を。新規の客には一つずつ説明をしつつの丁寧な販売を。
 これは常日頃から師匠に叩き込まれてきた接客のアドバイスだった。
「……ふ〜……。今日はこれで一応は、ひと段落かなぁ。あとは17時半過ぎにいつものお客さんが薬を取りに来るだけ……あ、外灯の電球切れちゃってる」
 自分以外の人気が無くなったところで、ティレイラは軽く掃き掃除を始めた。そして独り言を言いながら扉近くの窓を見上げて、暗がりに反応して自動でつくはずの表の外灯の不具合に気が付いた。
 替えの電球は確か今は切らしている。それらを含めて仕入れに出かけたのが師匠なので、彼女が戻るまでは何かで代用しなくてはならない。
「ええと……確か使ってないランプがあったはず。手すりの端っこにかけておけば、そこそこ明るく見えるよね」
 そんな独り言を続けて、ティレイラは店内の隅に置かれているいくつかの手提げランプを見やった。目についたアンティーク調のを一つ手に取り、店の外観をイメージする。趣があるほうが、店主である師匠も褒めてくれるだろう。
「うん、これが良さそう! ……でも、ちょっと磨いてから火を灯してみようかな」
 ガラス部分に少し埃が積もっている。それを見たティレイラは箒を仕舞い代わりに布巾を取り出した。
 掃除に関しては、ティレイラの得意とするところだ。普段から倉庫や店内、住居スペースの掃除をこなしてきた日々の賜物とも言える。
 培ってきたその掃除力でつい本気でガラスを磨いてしまったティレイラは、それでもいい仕上がりに満足そうにしてランプを再び掲げつつ様子を見た。
「うん、綺麗。売り物みたい!」
 楽し気な独り言が続いた。
 それから彼女は、くるり、と縦にゆっくり回して一通りランプの具合を確かめてから、ようやく多目的ライターへと手を伸ばして火を灯した。
「……わぁ、素敵……」
 明かりが灯って初めて、そのランプは輝きを発揮した。
 ポッ、と音がした後、オレンジ色に染まるガラスの向こう側。柔らかい光を放つ灯りに、ティレイラは一瞬で心を奪われた。
「……っと、ちゃんと掛けておかなくちゃ」
 うっかりその綺麗な灯りに見とれえてしまうところで、ティレイラは我に返って腕を伸ばしてランプを掲げ、外に出ようと一歩を進み出た。
 ――直後。
「あれ……?」
 ランプの灯りが、淡く弾けたような気がした。
 二度ほどの瞬きをして、ランプを持つ手先から魔力が全身を走る感覚を得たティレイラは、顔色を変えた。
 身に覚えのありすぎるそれに、まずいと思った時にはやはり、行動が遅すぎた。
「……発動条件、あったんだ。……あぅ、まずいよ〜、お姉さま……」
 そんな情けない独り言を漏らしつつ、彼女の体は石像のように固まっていく。
 ランプに火を灯し、それを掲げることで魔力が発動する――そんな条件だったのかもしれない。とにかく彼女が手にした手提げランプは、魔法のそれであったのだ。
「うう……最後のお客さんが来る前に、お姉さまが帰ってきますように……」
 ティレイラの言葉は、それが最後となった。オレンジ色の灯りと共に彼女の体は石像となり、数分後には静けさだけが残された。
 そして、十分ほどを過ぎた頃。
「こんにちは〜! ……って、あれ、誰もいない?」
 そんな声と共に現れた存在がいた。ティレイラの親友でありオカルト系アイドルのSHIZUKU(NPCA004)であった。
「ティレちゃん〜? お店番してるってメールで言ってたのに……」
 事前に連絡を取り合っていたのか、SHIZUKUはそんな独り言を呟きながら店内を見渡した。素人目だが、人気が全くないことに首を傾げつつ、扉の内側にある石像に目をやって眉根を寄せる。
「お師匠さん、こんな石像をお店に置いてたっけ……あれ、手に持ってるランプが光ってる」
 見覚えのない石像に、それでもSHIZUKUは近づきつつそう言った。
 そしてその石像全体を見まわした後、見た覚えのある顔つきだと感じて、顔部分をまじまじと見つめる。
「あれ、これってティレちゃん……? そういえば、お師匠さんが何度かこういうパターンになるって言ってたような……」
 SHIZUKUは、ランプを持ったこの石像がティレイラの成れの果てであるという事に、気づいたようであった。
 先日の額縁のその後の話を聞きに来ただけの彼女であったが、今はそれどころじゃなさそうだと感じ、スマートフォンを取り出した。
『こんばんは、SHIZUKUです。ティレちゃんがお店で結構大変なことになってるので、出来れば早めに帰ってきてあげてくださいね』
 素早くタップで文字を打ち込んだ彼女は、ティレイラの師匠でありこの店の店主でもある女性宛にメールを送信した。
「さて……お師匠さん戻るまでは居てあげたほうがいいよね、お店もまだ開いたままだし」
 そんな独り言を言いながら、SHIZUKUはカウンターへと足を運んだ。勝手知ったると他人の家いう事もあり、この店の内情はそこそこ把握できている彼女は、ティレイラが書き込んでいたらしい一日のスケジュールメモを見つけて、内容を確かめる。
「なるほど……あと二十分ほどで、最後のお客さんがくるんだね。いつもの薬は横の棚……あ、これの事かな」
 薬の位置と現状の把握をした彼女は、うんうんと頷いてからくるりと石像へとまた踵を返した。
「ティレちゃんには悪いけど、ちょっとだけ……」
 そう言いつつ、SHIZUKUはティレイラの像へと手を伸ばした。恐る恐る指先を触れてみると、滑らかで冷たい感触にこれは本当に石像なのだと再認識して、彼女はスマートフォンを再び取り出して写真を撮り始める。
「う〜ん、いいなぁこの状況。怪奇とも取れるし、良い記事にもなりそう〜〜」
 ヒヤリとした感触を楽しみつつ、SHIZUKUはそんな言葉を興奮気味に発しながら、ティレイラの石像をくまなく探り始めた。彼女の師匠がこの時間がたまらなく愛しい、と言っていたことを思い出し、なるほどと思いながら鑑賞を楽しんだ。
「ヤバいな〜あたしも何かに目覚めちゃいそう……」
 そう言いながらの、シャッター音が店内に鳴り響く。
 SHIZUKUはティレイラの師匠が戻るまで、少しだけ妖しい鑑賞と代理の店番を楽しむのであった。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 いつもありがとうございます。
 時間枠的にはもう数年の仲かなぁという感じでティレイラさんとSHIZUKUちゃんの事は書かせて頂てます。
 少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

 また機会がございましたら、よろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年05月15日

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