▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Mother's Day 』
不知火 仙火la2785)&不知火 あけびla3449

●『母親』
 カンカンカンと、高らかに音が空に響き渡る。庭を仕切る岩に腰かけ、不知火 仙火(la2785)と不知火 あけび(la3449)は肩を並べて再建の進む屋敷を見つめていた。
「工事終わりまであと三日だって」
「マンション暮らしにも段々慣れてきたとこだったんだけどな」
 あけびが如何にも楽しそうに呟く横で、仙火は肩を竦めた。息子の表情を見遣って、あけびは口をツンと尖らせる。
「そうやってひねくれた事言わないの。これだけ広かったら、下宿人だって取れちゃうんだから。そしたらかなり賑やかになるわよ!」
「下宿か。相変わらず母さんは元気有り余ってんな」
 仙火がふっと笑みを浮かべると、あけびは満面の笑みで頷く。
「当然! 戦いは仙火達に任せたから、私は『主婦道』に専念する所存!」
「主婦道?」
 耳慣れない言葉に、仙火は首を傾げた。あけびは右の拳を握りしめ、ガッツポーズを作ってみせる。
「そう! これまではあんまり忙しかったからね。お手伝いさんに料理を任せちゃうことも沢山あったし……でもこれからは、私がいつでも温かいご飯を作って待ってるからね!」
「別に、気張る事じゃねえだろ」
 ちらりとあけびを見遣り、仙火は眉間に軽く皺を寄せる。時同じくして、懐の携帯が鳴り響いた。画面を見た仙火はぱっと立ち上がる。
「どうしたの?」
「……ナイトメアが隣の地区で出たらしい。行ってくる」
 袖を派手に翻し、仙火は足取り軽やかに走り出した。そんな彼の背中を見送り、あけびは小さく手を振る。
「頑張ってね! ……ご飯作って待ってるからね!」
「あー! わかったーッ!」
 投げやりな返事が飛んで来る。あけびは息子の背中に小さく手を振り続けていた。

●どう赦す
 四足歩行のナイトメアが、ムカデのように長い首を振り回して仙火に迫る。大太刀を上段に構えると、突っ込んできた頭を素早く弾き返した。ナイトメアの首が仰け反った隙に、仙火は身を縮めて脇へと潜り込み、背後へ跳び乗る。背後に浮かんだ翼の幻影が、ふわりと羽ばたく。
「あー、くそっ」
 仙火は顔を顰めて刀を振るう。甲殻の隙間に刀の切っ先を捻じ込み、グリグリと刀を突き入れていく。その仕草は荒々しい。
(どうしてそんなに腹立たしいんだ?情けねえったらないだろ)
 彼は自らに問いかける。しかし、彼は腹の奥に溜まったどろどろを拭い去れないままにナイトメアの首を切り裂いた。ナイトメアはその鮮やかな手捌きを前にロクな抵抗も出来ない。一対一でも圧勝だ。
(こんな戦いを、どうしてあの時出来なかった)
 脳裏によぎるのは、この世界で最初にナイトメアと出くわした時の事。彼は一切合切歯が立たず、母を守るどころか自らが酷い手傷を負わされる羽目に遭ってしまった。力無く倒れたまま助け出され、告げられたのは、もう少し遅ければ失血死もあり得たという事実。
 黒いシミのように、彼の心の中に残り続けていた。
(EXISを持ってなかったから?IMDなんてものを知らなかったから?ナイトメアと初めて出会ったから?……いや、そんなもんは関係ないんだ)
 仙火は自らを嘲り続ける。そうするだけの理由が、彼の中にはあった。武器が無いなら無いなりに、"為し得る事を為し得るように為す"事は出来たはずだと、彼はちゃんと知っていたのだ。
(出来なかったのは俺だけだ)
 首が折れ、傾きながら迫ってくるナイトメア。仙火は大太刀を振り回し、渾身の一撃で地面に叩きつけた。
(これ以上、あんな思いだけはしてたまるかよ)
 刀の切っ先を天へ向け、一息に振り下ろす。骨格の砕ける鈍い音が響き、ナイトメアの首はごろりと石畳に転がった。
「俺は……不知火あけびの息子なんだ」

●どう見守る
 お屋敷の玄関先を箒で掃きつつ、あけびはふと空を見上げた。
(もうすぐ戦いも終わる頃かな。仙火の事だから、大丈夫だろうけど)
 立派になった。理屈で頭で悟っていても、感情と胸がまだまだ不安を訴える。もしも万一のことがあれば、と。
 しかし、この世界で初めて目を覚ました時、あけびは夫と決めたのだ。『自分達は一線を退き、この世界の事は息子達に委ねる』と。それは息子達に課した試練のようなものであり、同時に、自分達に子離れさせるための訓練でもあった。
(あの人の為にいつまでだって若々しくいたいけど……だからって未来あるあの子達より出しゃばるなんて格好悪いものね)
 少年少女のうちは、誰かに託してもらえる強さがあればいい。しかし、大人ならば、誰かに託せる強さも持たなくてはならない。
(……でも、任せるって大変だなぁ)
 どんな時にも常に先陣を切って突っ走ってきたあけび。親友や類縁に会社を任すような事もあったが、やはり自ら道を切り開く事の方が多かった。どっしり構えなければと思っても、やはり足元がむずむずしてしまう。
 懐からお守りを取り出す。この世界に来て手に入れたお守りだ。家族とはお揃いである。
(仙火……)
 仙火は自慢の息子だった。その振る舞いのお陰で軽薄男に見られることはあるが、小さな頃から何かと思慮深さがあり、世間や周囲をよく見ていた。
(たまーにそれがネガティブな方向に働いちゃうのが、あの子の悪い癖だけど……)
 天使の父と人間の母の間に生まれた事を、誇りに思っていると息子は言う。けれども、天使と人間の友好の懸け橋という役割、不知火家をいつか背負って立つ嫡男という役割を重んじるあまりに、自らの器をより小さく見積もってしまいがちであった。
 息子は何でもないように振舞っているが、母は見逃していなかった。この世界に来てからというもの、これまで以上に虚しそうな顔をして過ごすようになった事を。
 あけびも気づいていた。気付くしかなかった。ベッドで目を覚まして話を聞けば、自分よりも仙火の方がよほどの大怪我だったというのだから。母を守れないまま、むしろ己が死に掛けたとなれば、彼の矜持もひどく傷ついたはずだ。
(ここで私が何か言ってもきっと逆効果……みんなに任せて、私は見守るだけにしないと)
 心身ともに傷ついて、天使としての力も失った。しかし、仙火はその代わりに新しい仲間を得た。嘗ての世界で大戦を戦い抜いたあけびは知っている。仲間という存在が如何に心強いかを。どんな苦境も、仲間のお陰で跳ね除けられた。
(ここで母親が出しゃばるなんて野暮! 私はちゃんと見守る!)
 あけびはこくりと頷くと、箒を持ったままマンションへ向かって駆け出した。あけびの肚は決まっていた。今日はおふくろの味代表、肉じゃがを作ってお出迎えをするのだ。
「『母親道』も、きっと極めてみせる!」
 これと決めたら先の先まで突っ走る。その性格は、いくつになっても変わらなかった。

●母の日
 仙火が帰ると、マンションには既に肉じゃがのいい匂いが漂っていた。キッチンの方からあけびがひょっこりと顔を出す。
「お帰り。晩御飯出来てるよ!」
「早速張り切ってんのか……」
 仙火は苦笑すると、ブーツを脱ぎ揃えて、ゆったりと居間へ足を踏み入れる。湯気の立つ炊き立てご飯に、わかめとなめこの味噌汁、芋がきらきら輝く肉じゃが。小さな頃のいつだったかに食べたメニューだ。
「まあでも、美味そうだな。流石は母さんか」
「ふふん。これまでは中々作ってあげられなかったけど、これからは毎日作るつもりだから」
「楽しみにしとくさ。……ってことで、これ受け取ってくれよ」
 仙火はあけびに小さなアレンジメントフラワーを差し出した。カーネーションの赤が鮮やかだ。両手で受け取ったあけびは目を丸くする。
「これって」
「今日は母の日だぜ。母さんが主婦道を驀進する記念って事で、とっといてくれよ」
 息子はそう言って目を細めた。その笑みは、母の自分ですらハッとしてしまいそうになる。それで名家の御曹司となれば、学園でファンが沢山つくはずだ。
「いやあ、我が息子ながら、ずるいよねえ仙火は」
「何がずるいんだよ?」
「別にぃ? でもありがとうね」
 花束をそっとテーブルの真ん中に飾り、あけびも柔らかに微笑んだ。
「皆と頑張ってね、仙火」
 味噌汁を小さく啜り、仙火は静かに頷いた。
「……ああ。やってやるさ」

 不知火家の奮闘はつづく……



 おわり



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 不知火 仙火(la2785)
 不知火 あけび(la3449)

●ライター通信
いつもお世話になっております。影絵企我です。

母の日という事で、息子と母の関係にスポットを当てながら……と思い書かせて頂きました。
満足いただけるでしょうか? ぎりぎりになってしまいすみません。

ではまた、ご縁がありましたら。
おまかせノベル -
影絵 企我 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年05月15日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.