▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『暗中模索の先で 』
轟天丸la0989

 丁度目の前、近過ぎず遠過ぎずの場所に置かれた物を見て密かに瞠目する。面を上げれば老女は静かに対面で腰を落ち着けた。泰然とした様子は己には無い歳月の重さを窺わせる。見えていないと分かっていても頭を下げずにはいられなかった。
「御心遣いに感謝致す」
 言って、姿勢を正すと湯呑みに手を伸ばしかけ、途中で動きを止める。轟天丸(la0989)は一拍置いて自らの顔を覆う面頬を取り払い、そっと息をついて改めてそれを掴んだ。いつ何時襲われるとも知れぬと極力武装を解かずにいるが、生きていれば腹も減るし飢えれば死ぬ。人前で成る丈外さないというのは行き過ぎた願掛けだと自分でも思うが、それだけの決意を抱いていなければ一人旅に性根がくずおれそうになる。山中の廃寺としか思えないぼろぼろの寺に盲目の老いた比丘尼が一人。差し出された茶も見るからに手製で粗末という他ない。それでも久方振りに人と言葉を交わせる喜びが轟天丸の胸にあって、言葉も本心から表れたものだった。道中見かけた沢の水を使っているのだろう、口に運べば想像していたよりも遥かに飲みやすい。声に出さずとも息遣いや鎧が立てる物音で察するようで、老女はまるで孫に接するように相好を崩して、しかし直ぐにその表情は陰り、他に出せる物が無いと詫びた。轟天丸は首を振る。
「道案内だけでなく一宿一飯まで頂けるとは、拙者、貴殿には感謝してもし尽くせぬでござる」
 湯呑みを元の位置に置き、そう口にすれば老女は少し寂しげな微笑を浮かべる。明日の出立を確認されて一度頷いてから意思を言葉へと置き換えた。
「急ぐ身ゆえ御免」
 彼女が己と同様に人との交流に飢えているのは判った。引き留めたがっているのも。しかし同時に無理強いまでする気はないとも判る。だから甘えか情か、微かに湧いた気持ちに蓋をした。妖、と最初轟天丸が老女に話し掛けた際に言った言葉がしわがれた声で紡がれる。仔細は語らなかったが何十年も前に俗世から遠ざかったと話していただけに、現実味を帯びないのだろうと思う。
 その妖の名は一定しない。まるで悪夢を見ているかのような惨劇を引き起こすことから夢魔や夢喰い、そのまま悪夢と称される場合もある。轟天丸の故郷では悪夢の名で村人の口の端へと上り、親が我が子を叱る時にも名を挙げていた。いつ何処で現れたのかは定かではない。例えそこが栄華を極めた都であろうとその妖が通り抜けた場所は人間という人間が息絶えるからだ。もしかしたら他に例外もあるのかもしれない。しかし己以外の生き残りを轟天丸は見たことがなかった。
 あの日起こったことはまさに青天の霹靂と表現する他にない。誰かの絶叫が静寂を破り流行り病のように次々と伝播していく。轟天丸は小太刀を手に得体の知れないものに立ち向かおうとした。村で一番の武芸者である己の出る幕だと信じて疑わなかったのだ。家族の制止を押し切り、見知った者らが逃げ惑い、殺される光景を目の当たりにして頭に血が上る。彼らを守らねばと無我夢中に振るった刃は見えない障壁に阻まれて何の意味も為さなかった。恐怖が胸中に巣食う。雨でぬかるんだ地面に倒れて顔も身体も泥塗れになり、ぴくりとも動けずにいる轟天丸の直ぐ近くで家族が、友人が殺されていく。ぐちゅぐちゅと粘りつく音の正体が目の前に転がってきた人間であった物の一部と知れた時には吐き気を催した。現状を受け止める精神力など持ち合わせておらず意識を失い。気付けば遺体すらなく、大量の血痕だけが現実を物語る故郷があった。何故だか無傷の家畜を解き放ち、このまま腐らせるのは勿体無い、都に行っても恥を掻かないようにと仕立てられた武者鎧を身に着け旅に出た。皮肉にも弔う必要もなく妖を追うのに後ろ髪を引かれることもなかった。
 復讐したいのか、同じ思いをする人間を増やしたくないのか、誰一人犠牲にしたくないのか。心境を言葉にして語るのは途方もなく難しい。あの妖を討ち果たすのも同様。一人ではどうにもならないと助力を仰ごうとしても行く先で人々は神隠しに遭ったように忽然と消えている。今のように痕跡を見失い、迷って人里に出てもこの風体では悪漢と誤解されることも多い。大抵話せば解ってもらえるが。そうして束の間の休息を経て追い続ける。季節が幾つ巡ったかも判らなくなる程それを繰り返してきた。
 ――時折夢幻を見る。追い求めているものが指先と紙一重の所をすり抜ける夢。いなくなった人々が笑う幻。見る度に妖を打倒せねばと誓った。対抗策が見つからないと焦れる心を繰り返し宥めすかし。
 不意にぞわりと背筋に悪寒が広がって、轟天丸は唇を真一文字に引き結び目を凝らした。面頬を着けて表情を覆い隠すと、立ち上がり小太刀の柄にそれぞれ手を掛けながら外へと足を踏み出す。一度足を止めて振り返った。
「貴殿は此処に」
 緊張で微かに声が震える。慣れているといえど老女が逃げ切れるとは思えない。ならば気を逸らしてやり過ごす以外道はない。喉元に刃を突きつけられたような錯覚にごくりと喉が鳴り冷や汗が流れる。
 妖と対峙するのはこれが二度目だった。人間に似ているが手足の継ぎ目や目鼻の位置が歪な姿はまさに異形。にたりとかろうじて唇と呼べるものが大きく釣り上がる。面頬の下で轟天丸は嫌悪感に顔を顰めながら、二刀を抜いて構えた。
「――参る!」
 今更鎧兜の重量など苦にならない。威圧的な体格ながら動きは決して鈍くなく、余裕を見せているのかその場から動こうともしない妖へ素早く斬りかかった。受け止めるにしろ躱すにしろ普通ならそこに必ず隙が生まれる。生物の反射神経には限界があるからだ。しかしそもそも反応を誘えなければどうしようもない。むしろ見えない障壁にぶつかるこちらが惑わされそうになる。歯を噛み締めて附物を揺らしながら何とか踏み留まり、無為な攻撃を繰り返した。
 不意に小さく掠れた声が轟天丸の名を呼ぶ。がたりと古い戸が軋む音はその少し前に聞こえていたが気にしている余裕はなかった。こうして今目の前にいても夢物語めいた存在だ。恐ろしさを理解出来ずとも仕方がないと何処か冷静な頭で思う。妖のいやに飛び出した眼が声の方向を見る。
 もとより勝ち筋の見当たらない戦いだ。本能的な死への恐怖心を置き去りに走ると、動けない老女と彼女に迫る妖の間に割り込む。願ったのはただ、その命を守ることだけだった。
「何が……!」
 起きたのか。轟天丸の正面に半透明の盾が現れ、妖の攻撃を弾き飛ばした。咄嗟に追い討ちをかけるもやはり攻撃は届かない。しかし。
(――拙者が、守った)
 その場に立ち会えれば守れる。大きな一歩を得て気魄が満ち溢れ、刀身を突き通すことも可能ではないかと思わせた。不可能でも幾度も繰り返して実現する。その思いで一心に小太刀を振るう。
 妖の口から悲鳴じみた声が漏れ出した。一太刀が障壁を貫き、肉体に突き刺さる。妖が飛び退ると周囲の空間が陽炎のように歪んでその姿さえ朧げになった。逃げようとしていると直感的に悟るよりも先に身体が動く。
 妖の容貌が更に捻れて消える。背後からは済まぬという声が聞こえた。飛び込みつつ轟天丸は吠える。
「拙者が必ず、妖を討ち果たす! 貴殿はどうか健やかに、拙者の無事を祈って欲しいでござる!」
 届いたか判らないがそう信じ。轟天丸は己の目的を果たす道を選び取った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
轟天丸さんの過去についてとても気になったので
どういった世界なのか、どういう経緯で地球に来たのか
勝手ですが自分なりに想像して書かせて頂きました。
武器も防具も両方EXIS的なものではあるのですが
故郷で戦った際は内心恐れていたことから武器の効力が
発動しなかったイメージです(野暮な補足ですみません)。
今回は本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年05月17日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.