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『音は楽しく咲き誇れ 』
化野 鳥太郎la0108)&クララ・グラディスla0188

 うららかな春。

 春眠、暁を覚えずとはよく言ったもの――というより、春休みに入ったばかりの学生が朝にきっちり起きるわけもなく。例に漏れず、クララ・グラディス(la0188@WT11)もぐっすり。

 カーテンの隙間から射し込む光が瞼を照らし、目を開けずに手を振って光を振り払おうとしていた。

 やがて振り払えないのに業を煮やして、薄桃色のナイトキャップを両手でつかみ、深く被り直して瞼まで隠す。そこまですればさすがの陽光も太刀打ちできない。

 ようやく、満足。

 にんまりと笑って再び深い深いまどろみの中へ――とは問屋が卸さない。

 スマホがけたたましく鳴り響く。

「……誰?」

 ナイトキャップから手を離し、スマホへ手を伸ばす前に切れてしまった。

 静かになったスマホを手に取り着信履歴を見ると、化野鳥太郎(la0108@WT11)からのものだった。そして確認直後に鳥太郎からメールが。

 Sub:起きた?

「え、何か約束してた!?」

 布団をはねのけ、薄桃色のパジャマのままベッドの上で正座すると、改めてメールを開いた。

『楽器持って10時に駅前集合。叔父さんには許可取ってるからそのままおいで』

「……なんで?」

 クララは困惑していた。

 記憶の糸を手繰ってみたが、やはり約束した覚えはない。しかも内容がそれだけなので、楽器を持ってという事から唄わせるつもりなのだとはわかるが、何処へ連れていかれるのだろうか。

 気づかなかった事にしてしまおうか、なんて事も考えた直後、またメール。

『お寿司奢るから』

 ぐらり。

 この一言だけでもだいぶ揺れる。

 またさらにメール。

『お小遣い、稼げるかも』

 ぐらりぐらり。

 揺れまくる。

「……仕方ないなあ」

 仕方ないと言いつつも、最初から腹は決まっていたりする。

 ただまだそこまで乗り気になったわけでもなく、ぼんやりとしていた。その間にも短文メールがうざいほどやってくる。きっと返事が来るまで続くのだろう。

 起きて準備するという返事を打つ間にも容赦なく続く短文メールは、長々とした返事を打つのを邪魔し、いい加減うざいとメールしてやろうかと思うほどだが、相手はお調子者のオジサンなんだから仕方ないと、そこはぐっと我慢。とりあえずこちらも『準備する』と短文で返信しておいた。

 やっと静かになったスマホを枕の上に放り投げる。

 そして座ったままかけ布団の上に倒れ込む。しばしそのままの体勢で固まっていた。

 目を瞑り、呼吸が静かな寝息に変化したりしなかったりするあたりで、顔を布団に押しつけて引きずりながら、のろのろと動き出す。まだほんのり暖かいオフトゥンに後ろ髪どころか全身を引かれる思いではあるが、仕方ないのだ。

 ようやく重い頭を持ち上げた。

「……準備、しよ」

 ナイトキャップを外し、立ち上がる。

「寝ていたかったのに……当日に言わなくても良いのに……前日にせめてさ……」

 ぶうぶうと文句を垂れながら、パジャマのボタンを外していくクララであった――



 頬に傷をもち、鋭い眼光をサングラスで隠したガラの悪そうなオッサンこと鳥太郎が、縦長でやや大きめの荷物を立てかけ、ホームの階段下でしゃがみこんでスマホをいじっていた。

 日の当たらないそこは薄暗く、ガラの悪さも相まって怪しさ満点である。

 遠巻きに見ている人の口から「駅員さん」「警察」といった単語が聞こえてくるが、鳥太郎は「何かあった?」と思う程度だった。

 そこに。

「おう鳥太郎さんこら、一応歌を扱う人を当日に呼びつけるのはどうかと思うんだけど」

 顔を上げ、クララである事を確認すると、にへらと笑う。

「いやーごめんごめん、思いついたの今朝だからさ」

 ちっとも悪びれない鳥太郎が立ち上がり、クララと並ぶ。30センチ近く離れているため、大人びて見えるクララだが年齢の若さが誰の目にも一目瞭然で、聞こえてくる「警察」と言う単語がことさら増えた。

 そんな声に鳥太郎は周囲を見回す。

「なんだか物騒な言葉が聞こえるけども、なんかあった?」

「怪しい人なら目の前にいるけど」

 クララのじと目を向けられる鳥太郎。とりあえず後ろを振り返る。

「誰もいねえよ?」

「わかっててやってるよね」

 クララの氷のようなつっこみに、「ばれた?」と笑う怪しいオジサン。クララは全く笑ってくれない。

 そんなふくれっ面のクララの背中を押して、「まあ行こうや」と電車へ押し込むようにして乗り込む。電車が動き出すと、ホームにかけこんでくる警察官に、「うわーマジか」と笑っていたのだった。

 電車で揺られること1時間弱。

 少しばかり活気が足りないそれほど規模の大きくない、町。町とはあるが、人口的にはもはや村と呼んで差し支えないかもしれない。

 街中を歩く人の数もそれほど多くなく、人影と活気があるとすれば港くらいである。

 そんな町だからこそ、今朝いきなり「公園でライブしてもいいかい?」なんて役場に電話しただけで、許可をもらえたのだ。もう少し大きな町なら下手をすればというか、ほぼ間違いなく当日に電話して許可なんてもらえなかっただろう。その点は町の規模に感謝するしかない。

 そして感謝すべき事がもう一つ。

「地元の魚をふんだんに使ったこの手鞠寿司、最高じゃん? 市販の弁当だけど見目麗しいし、さすが魚の美味しいとこだよね」

 公園のまだ花開かぬ桜の下、鳥太郎が話しかけるも、クララはむすっとした顔のまま、手鞠寿司に箸を伸ばしていた。

「もっと寝ていたかったのに……」

 まだそれを言う。

 電車の中でもずっと眠っていたが、それがよけいに睡眠欲をかき立てたのだろう。

「いい加減機嫌直してよ。手鞠寿司、美味しいでしょ?」

 ご機嫌とりにうながされ、クララは手鞠寿司を一つ口に入れる。お米の甘みをくどくない程度に酸味が締め、下の上でとろけるような魚の旨味と混ざり合う。

 不味いはずなど、ない。

「……いいけどさ。お寿司美味しいし」

 そう言って桜を見上げる。桜と言ってもまだ花が開いていないので、桜らしさはほぼない。

「あっちではもう咲いてるのに、こっちではまだなんだ」

「海沿いだからね。こっちのが少し肌寒いでしょ」

 鳥太郎が開きっぱなしの襟を指で引き寄せ、寒さをアピールするのだが、「そうでもないと思うけど……?」とクララは首を傾げる。

「寒くない? マジで?」

 頷くクララ。ずれたサングラスを直して、「これが若さか」と齢37歳は呟く。

「それで鳥太郎さん。どこで演るの?」

 そう問われ、鳥太郎は人差し指を下に向けた。

 指の先を追ってクララが視線を下げるも、もちろん芝生しかない。

「もしかして、ここ?」

「もしかしなくても、ここ」

 残りの手鞠寿司を口に放り込み、大荷物を持って芝生を出る鳥太郎。石畳の上で大荷物を開け、キーボードを取り出して組み立てる。

 急いで残りを放り込まずにゆっくりと味わいながら、鳥太郎の背中に向かって「セトリはどうするの?」と問いかけた。

 鳥太郎が振り返り、ニカッと笑った。

「クララさんにお任せするさ。自由に歌っていいよ。俺がついてくから」

「ほう、言いましたな。鳥太郎さん」

 弁当のガラを袋に入れてきゅっと縛り、笑い返す。

 打ち合わせらしい打ち合わせでもないが、それにクララは文句を言わない。元々自由に歌っていたのだから。

 クララも芝生をゆっくりと歩き始め、ゴミはゴミカゴへと放り入れて、ぬるいお茶で口と喉を潤した。

 ペットボトルの飲み口から離れた口から、「LA〜LA〜LA〜LA〜LA〜LA〜LA〜LA〜」と音程と喉を確かめる声がこぼれる。それに鳥太郎のキーボードからは『ジャン』と次の音程を促す合いの手。

 次はもっと大きく伸びのある声で、「LA〜LA〜LA〜LA〜LA〜LA〜LA〜LA」とカウントダウンのように。

 公園内にいる親子連れ達が、クララと鳥太郎に注目する。

「これから始まる春の物語

 雪は溶けた。土は潤った。芽は開いた。

 いま心へ差し込む陽光があなたをあたためるの――」

 静かでゆっくりとした出だし。鳥太郎の電子だがピアノの音も、音量を控えめにクララへと寄り添う。

「土の中で静かに眠るあなた

 前を向いて。上を見上げて。手を伸ばして。

 いま心へたくさん栄養をわたしがおくりこむの――」

 まだ曲が始まったばかりだが、クララの声に人が集まり始めてきた。

(これがこの子の歌の力か――)

 寄り添う演奏しながらも、鳥太郎の胸にチクリとしたモノが刺さり、もやもやとした何かを生み出す。

 その感情を、鳥太郎は知っていた。

 だがそんな感情を吹き飛ばすように、静かな一曲目が終わると曲調を一転。寄り添うのを止め、激しく溢れるような演奏で攻める。

 クララからは「私に任せるんじゃなかったの?」という非難の目を向けられたような気もするが、しれっとした顔をするだけで演奏は止まらない。

 演奏が始まってしまえば止まるはずもないとクララも承知しているから、言いたいことはあったろうが前へと向き直った。

 ――後で殴られるかもしれないが。

「季節の手紙を風が運ぶ

 ぬくもり抱いた風はユリカゴ揺らす

 木に嵐の例えもあらば

 女に氷雨の備えはなし

 水は川の流れに添えば

 花は今ぞと咲きほこる

 散る前に『散る前に』もっとわたしを見て

 散る前に『散る前に』もっとわたしを覚えてほしいの」

 咲き乱れる桜の花のような演奏に、表現力豊かで情緒溢れる唄。偶然か、はたまた彼らもまた引き寄せられたのか、桜の花が開き始めピンクの愛らしい顔をたくさん見せてくれる。

 この演奏と唄には力がある――そう思わざるを得ない奇跡が、目の前で起こったのだ。

 見ていた人達からはどよめきに似た、乱れ舞う桜のごとき拍手喝采。

 その拍手にクララが唄いながら手拍子を紛れ込ませると、皆がクララに合わせて拍手は手拍子へと変化する。リズムの違う者がいれば、クララはその人の前まで行って、手拍子。人から人へと渡り歩く。

 曲の終盤、クララが鳥太郎の前まで来た。

 正面から向かい合い、音と唄が混ざり合って空気が震え上がる。唄が先に終わり、少し遅れて演奏も終了する――と、クララが間髪入れず、別の唄を唄い始めた。

 先ほどの仕返しだといわんばかりにニッと笑い、客へと向き直る。

 しかも唄がいつもよりもテンポが早い。普通ではない演奏のさせられ方だが、それでもクララの唄に合わせ前奏をすっ飛ばして演奏する鳥太郎は、むしろ楽しそうだった。

 楽しいは伝播する――クララと鳥太郎の楽しさは、聞く人の心にも響くのであった。



「これは晩ご飯も鳥太郎さんの奢りね」

 帰りの電車で座った直後のクララの言葉。

 窓から射し込む光はずいぶん傾いていて、到着する頃には薄暗くはなっていそうだった。

 止まるに止まらず、3時間に及ぶ桜下の公演。日も傾くはずである。

「ま、いいけど」

 鳥太郎答えた時点で、もはやクララは夢の中。電池の切れたおもちゃのごとく、一瞬だった。

(まだ小学生だもんな、仕方ない)

 そう言う鳥太郎も眠くて仕方ない。クララを振り回し、振り回された全力の演奏で、満足げな心地よい疲労感が全身に巡っている。

 今日の公演は鳥太郎にとっても、普通にはない経験だった。疲れて当然である。

 だが確実に、糧となる。

(俺はプロのピアニストにはならないけど、この子には可能性がたくさんあるからな)

「良い歌い手奏者になれよ」

 呟き、鳥太郎もまた、心地よい夢の中へと誘われるのであった――……



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 この度も大変お待たせいたしまして申し訳ないです。
 歌は色々膨らませてみましたし、楽しそうな雰囲気を出していきましたがどうだったでしょうか。
 またのご縁がありましたら、よろしくお願いします
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楠原 日野 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年05月20日

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