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『少女のための甘美な時間 』
ファルス・ティレイラ3733

 店内が静まり返っているせいか、少女が溜息を吐く音すら嫌に大きく響いた。それがますます、ファルス・ティレイラ(3733)を億劫な気持ちにさせる。
「師匠、いつ帰ってくるのかなぁ」
 カウンターに座り退屈そうに頬杖を尽きながら、ティレイラが頭に浮かべるのは遠出している師匠の姿だ。お留守番兼お店番を頼まれたものの、お客の来ない時間が続いておりそろそろ暇に殺されそうな心地であった。
「座ってるのも飽きちゃうよ〜。うーん、お店の掃除でもしようかなぁ」
 何か面白そうなものも見つかるかもしれないし、と語尾に付け加え、少女は椅子から立つと掃除用具を手にして店内の清掃を始める。
「これとか、どんな効果があるんだろう? 後で師匠に聞いてみようかな。……ん?」
 見た事のない魔法道具や薬に好奇心がくすぐられつつも、積み重なっていた荷物をどけていたティレイラの目にふと何かが映った。
「荷物の奥に何かあるっぽいけど……なんだろ?」
 僅かに顔を見せている缶のようなものが、店の明かりを反射しキラリと光っている。上にあるものをどかせば、取り出せるかもしれない。
 気になって掘り出してみると、甘い香りがティレイラの鼻を悪戯にくすぐった。
「わぁ、お菓子だぁ!」
 思わず、ティレイラは花が咲いたようにパッと笑みを浮かべる。そこにあったのは、お菓子の缶であった。
 持ってみると、なかなかに重い。お菓子が一杯入っていそうな予感に、ついティレイラは笑みを深める。
「師匠が用意しておいてくれたのかな? やったー、いただきまーす!」
 甘い香りとその美味しそうなパッケージは、ティレイラを誘惑してやまない。
 目の前に好物である美味しそうなお菓子があるというのに、食べないという選択をティレイラが取れるはずもなかった。ワクワクとした様子で、少女の手が缶の蓋を開ける。
「わっ、な、何!?」
 次の瞬間、ティレイラの視界は一瞬にして白色で埋め尽くされてしまった。
 缶から溢れる魔力が、眩い光と共に辺りを、ティレイラの身体を包み込んだのだ。
(嘘、これ、ただの缶じゃないの……!?)
 口に出したはずの驚愕の言葉が、何故か声になっていない事に少女は気付く。唇が、どうしてかティレイラの思う通りに動いてくれない。
 動かないのは唇だけではない。足も、手も、指も。瞬き一つすら出来ず、ティレイラは驚愕に塗れたその表情を取り繕う事も叶わなかった。
 ティレイラは知る由もない事であったが、お菓子の缶の正体は彼女の師匠が所有している呪いの魔法道具であった。悪戯的趣向を満たすため、時期を見て使おうと隠していたものだったのだ。
 その呪いの効果は、石化。蓋を開けた者に、容赦なく呪術は襲いかかる。
 逃れようと踵を返す事すら許されないまま、ティレイラの身体は全身石となり固まってしまったのであった。

 ◆

「あれ? 誰もいないのかな?」
 SHIZUKU(NPCA004)は、店に入ってすぐの辺りで一人首を傾げる。
 馴染みの魔法薬屋の近くを通りかかったので立ち寄ったのだが、人の気配がない上に普段はすぐに迎えてくれるはずの店主の声も聞こえなかったからだ。
「どうしたんだろう? すみませーん! ……お邪魔しちゃうけど、大丈夫なのかな?」
 声をかけても、やはり返事はない。しんと静まり返った店内を、恐る恐るSHIZUKUは進んで行った。
 進んでも、やはり誰の姿もない。何かが起こっている予感に、SHIZUKUは自身の胸が少しだけ高鳴るのを感じる。
 彼女のそんな『期待』に応えるかのように、店の奥でSHIZUKUを出迎えたのは驚くべき光景であった。
「女の子の、石像?」
 そこにあったのは、石像だ。SHIZUKUと同じくらいの背格好の、少女の石像。まるで本当の少女をそのまま石にしたかのように、精巧に作られているそれを見てSHIZUKUは息を呑む。
 少女の像というものを思い浮かべる時、人はいったいどのようなポーズの像を想像するだろうか。立っていたり、祈るように手を組んでいたり、そういった変哲もないポーズを想像する者が多いかもしれない。
 しかし、この石像は、何かに驚いて慌てているかのような、そんな変わっていてどこか愛らしい格好をしていた。
 石像の奇妙な点はそこだけではない。SHIZUKUは改めて、石像の顔をまじまじと見やる。
「ティレイラちゃん、なの?」
 その顔には、見覚えがあった。この店の店主の弟子であるティレイラだ。
 触ってみると確かに、石の冷たい感触が伝わってくる。どこからどう見ても石像にしか見えないが、その造形は細かな部分までやはりティレイラと瓜二つだった。
 恐らく、この像の正体はティレイラ自身が何らかの理由で石と化してしまったせいで出来たものなのだろう。
 変わり果てた友人を前にし、SHIZUKUの足は固まってしまったかのようにそこから動く事が出来ない。
 このような怪奇的な場所に佇む、少女の石像。
 嗚呼、それは、とても――。
「――とってもオカルトちっくだよ!」
 目を輝かせ、SHIZUKUはティレイラを興味深く観察し始める。その瞳は、災難に巻き込まれた友人を哀れに思う気持ちではなく、不思議な石像への好機の色に染まっていた。
 SHIZUKUは怪奇評論家としても活動している。そんな数々の怪奇を見てきた彼女の目にも、今のティレイラが置かれている状況は至高の物に映るのであった。
 オカルトはなんと言っても、SHIZUKUにとって何よりもの大好物。大好物を前にして、我慢するのは難しい事であろう。
 先程お菓子の缶に手を伸ばした時のティレイラのように、SHIZUKUはワクワクとした様子で目の前にある大好物へと触れ、その甘美な時間を満喫するのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
せっかくの美味しいお菓子を楽しむ事が出来ず石になってしまったティレイラさんのとある災難な一日……このようなお話になりましたが、いかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、いつもご依頼誠にありがとうございます。機会がありましたら、またいつでもお声掛けくださいませ。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年05月20日

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