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『散り損ねた悪意(1) 』
白鳥・瑞科8402

 歩く聖女の足に迷いはない。真っ直ぐに私室へと向かった白鳥・瑞科(8402)は、ワードローブから一着の衣服を取り出す。
 彼女がこの衣服に手をかける時は、決まっていた。仕事の時……それも、表向きでやっている方ではない仕事の時にしか、彼女はこのワードローブを開かない。
 この衣服は、本来の彼女の仕事である「教会」から任務を受けた時にだけ身につける、特別な衣服であった。
 慣れた手付きで衣類を身につけながら、瑞科は先程上司としたやり取りを思い出す。

 ◆

 瑞科を呼び出した神父が彼女に命じたのは、不穏な動きをしている信者達の調査だ。とある廃墟を拠点にしているらしい彼らは、悪魔を呼び出す事を目的としているのか、不気味な儀式を日々繰り返しているらしい。
 さして召喚に対する知識はないのか、呪文も儀式の内容もどこか間違っており実際に悪魔を呼び出せる事は不可能だと思っていたのだが、最近になって妙な事が彼らの周囲で起こり始めたのだ。
「失踪事件が相次いでいますのね」
 確認するように、瑞科は神父の語った言葉を繰り返す。その端正な眉が、少しだけ悲しげに潜められた。彼らの拠点の周囲に住む者が、次々に謎の失踪を遂げている……罪なき者が危険に巻き込まれているという事実が、聖女の心へと悲哀の杭を打った。
「承知いたしましたわ。怪しいのは、この木ですわね」
 しかし、悲しみに暮れている暇があるのなら、少しでも自分に出来る事をするべきだろう、と聖女は思い真剣な瞳で前を見据える。瑞科は優しさだけではなく、その悲劇へと立ち向かう強さも持っているのだ。
 資料を見ながら、瑞科は冷静に自分の見解を口にする。彼女の指が、端末上に表示されている地図のとある箇所を指さしていた。
 そこにあったのは、一本の木だ。不自然にぽつんと立つその木は、どうやら桜の木らしい。
 神父は黙って、瑞科の言葉の続きを待った。恐らく瑞科の言葉が今回の事件の真相を掴む確かな鍵になるに違いない、と神父は確信していた。それ程に、彼から瑞科に対する信頼は強固なものなのだ。
 瑞科は、凛とした声で続きの言葉を口にする。彼女の扇情的な唇が紡ぐのは、先日瑞科が街で聞いたとある噂話であった。
「最近、こんな話をよく聞くんですの。この街のどこかに、散らない桜が存在するという話でしてよ」
 その噂と、今回の事件に何らかの関係がある事を瑞科は疑っているのだった。恐らく、その桜の木を悪魔を召喚する依代にしているのだろう、と聖女は推測の言葉を続ける。
「だとしたら、一刻も早く対処しなければなりませんわ。桜の噂に興味を持った者が相次いで失踪しているという噂もあります。彼らの儀式の生贄として使われてしまっているのだと思いますけれど……」
 珍しく、瑞科は言葉を僅かに濁す。数え切れぬ程の戦闘経験と、常に努力を怠らずに培った知識から、彼女はある違和感へと辿り着いているのであった。
「どうにも、嫌な予感がいたしますわ。わたくしの予測通りにならない事を、祈るばかりですわね」
 瑞科のその言葉に、神父は苦笑を返す。恐らく、瑞科の想定通りの事態が起こっているのだろうと神父は確信していた。
 今まで、瑞科の予測が外れた事などただの一度もないのだから。

 ◆

(わたくしの予想が合っているならば、相手は恐らく普通の悪魔ではありませんわね)
 思考しながらも、慣れた手付きで聖女は着替えを続ける。ワードローブから取り出したばかりの長袖の上着が、瑞科の身体を包み込んだ。
「教会」の装飾が施されたその服は、彼女の芸術的なボディラインを崩す事はなく、寄り添うようにぴったりと瑞科の肌へと張り付く。
 瑞科の美しいシルエットを包み込んだその上着には、同じく装飾の入った鉄製の肩当てがつけられている。黒色のプリーツスカートにもまた、揃いの装飾が施されていた。
「教会」のシスターのみが着用する事を許されているこの衣服は、見た目だけでなく戦闘面でも優秀であり瑞科も気に入っている。シスター達の中でも、他の追随を許さぬ程好成績を収めている瑞科の衣服は、最先端の素材で作られている一等特別なものであった。
 背につけられた短めのマントが、風に揺れる。彼女の美しい脚のラインをまるでなぞるように、スカートから覗く美脚にはニーソックスが食い込んでいた。
 ガーターベルトを装着した彼女の長く伸びた足には、膝まである編上げのロングブーツが履かれている。聖女に相応しい純白のそのブーツは、数え切れぬ程の戦場に出たというのに、瑞科の返り血すらも避ける鮮やかな戦いのおかげか、未だ汚れを知る事がなかった。
 最後に、武器である長い杖を携え、聖女は向かう。悪しき者の待つ、戦場へと。
 恐らく強大な悪意が瑞科を待っているであろうに、彼女の顔に恐れはなかった。
(相手が何者であれ、わたくしはわたくしの使命を果たすだけですわ)
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年05月20日

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