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『散り損ねた悪意(2) 』
白鳥・瑞科8402

 目的の場所へと辿り着いた白鳥・瑞科(8402)を出迎えたのは、一本の木であった。
 本来ならとっくに葉桜になっている時期だというのに、今の季節を忘れたかのように桃色に彩られたその木は、静かに佇んでいる。枝が、瑞科という来客を持て成すかのようにゆらゆらと風に揺れていた。
「これが、噂の桜の木ですわね。……いえ、桜の木のようなもの、と言った方がよろしいかしら?」
 すぐに瑞科はその正体がただの桜の木ではない事に気付き、警戒しながら木と距離を取る。瑞科が離れた瞬間、行かないでと訴えるかのように木は一層大きく揺れ始めた。まるで意思を持っているかのようなその動きは、美しくも不気味だ。
 信者達は、その桜の木の近くで何やら楽しげに話をしていた。どうやら、異様な桜の木を見て、悪魔召喚が成功したのだと喜び騒いでいるらしい。
「随分とお気楽な方達ですわね。本当に、これを呼んだのかは疑問ですけれど……悪魔に魅入られてしまっているのは事実ですわ。少し反省してもらわなくてはいけませんわね」
 杖を構え、瑞科は跳躍する。ふわりとスカートを揺らしながら彼らの前へと降り立った彼女は、天使の如き笑みを浮かべて言い放つのだ。
「さて、お話の時間はもうおしまいですわよ。懺悔のお時間ですわ。裁かれたい者から、前に出てくださいまし!」

 ◆

 突然、美女が天使さながらに上から降ってきたのだ。信者達は最初混乱していたようだったが、瑞科が近くにいた者を得意の近接格闘術で倒したのを見て、慌てて応戦し始める。
 だが、彼らが動き出す頃には瑞科の周囲にはすでに半数近い信者達が倒れていた。瑞科の攻撃は迷いがなく、鮮やかだ。敵へと攻撃しながらも、すぐに次の一撃の準備を済ませ、目にも留まらぬ速さで戦場を駈けていく。
 たとえハンデが与えられていたとしても、瑞科の速さに彼らが追いつく事は叶わないだろう。
 信者達は、自分達と今対峙している聖女が、只者ではない事にようやく気付く。実力では到底敵う事が出来ぬ相手を前にし、彼らが取れるのは逃げ惑う事か、僅かな勝機に賭け不意をつこうとする事しかない。
 銃を持っていた者が、瑞科の事を死角から狙い撃とうと、彼女の背中に向かい銃弾を放つ。
 しかし、その銃弾は彼女に届く事はなかった。聖女の手には、いつの間にか一本のナイフが握られている。
「甘いですわね」
 彼女はその太腿に隠し持っていたナイフで、銃弾を弾いてみせたのだ。次いで、音もなく一瞬で相手との距離を詰め、瑞科はそのナイフを今一度振るう。
 銀色の刃の切っ先が、相手の顔を掠めた。情けない悲鳴をあげ、銃を持っていた信者は腰を抜かす。
 ナイフが身体を掠めるだけに終わったのは、別に信者が攻撃を奇跡的に避けたわけでも、運が良かったわけでもない。直撃する寸前で、瑞科がそのナイフの勢いを止めたのだ。
「……あなた様、少し、弱すぎますわ」
 ぽつり、と瑞科の唇から落胆のこもった言葉がこぼれ落ちた。まるで、信者達が弱いという事実に違和感を感じているかのように、聖女はその目を訝しげに細める。
「この弱さで、『あれ』を呼び出せたとはとても思えませんわ」
 何かを考えるように、聖女はそのつややかな唇に指を添えた。瑞科の瞳は、もはや信者達の方を見てはいなかった。
 彼女の視線の先にあるのは、木だ。散らないと噂の、桜の木。
 桃色の花を咲かせるその木は、変わらず美しい姿でそこに佇んでいる。散り際を忘れた季節外れの桜。そこには悪魔が宿っているのだ、と信者達は信じている。
 けれど、瑞科には分かる。あれに宿っているのは、『悪魔』などではない。
 その途端、強大な悪意……そして、殺意が上着越しに瑞科の柔からな肌を無遠慮に撫でた。瑞科の言葉に反応し、どうやら木に宿る何者かは本性を現したらしい。
「ふふ、本性をあらわにいたしましたわね。わたくしに怯えているのでして?」
 暴れ始めた敵は、まず瑞科よりも弱い信者達へと手を出そうとしたようだ。その枝が、彼らの方に向かい伸ばされる。
 信者達もまた、悪魔を呼び出そうとしていた悪しき心を持つ者ではある。しかし、彼らにはまだ更生の余地があった。一度は道を誤った者達だが、その瞳の奥にある光はまだついえていない。
「お逃げになって。あなた様がたでは、到底太刀打ち出来ませんわ」
 だとしたら、瑞科がする事は決まっていた。
 彼らを守るように、聖女は一人前へと出る。顔を覗かせた強大な悪の前へと、怯む事なく瑞科は立ちはだかる。
「命が惜しくば、逃げるんですのよ! 早く!」
 何が何だか分からないといった様子だった信者達も、瑞科のその声にハッと我に返ると慌てて逃げ出して行った。彼らがいなくなったのを確認し、安堵の息を吐くと瑞科は桜の木へと向き直る。
 ……否、あれは、桜の木ではない。ましてや、悪魔でもなかった。
 信者達の悪魔召喚の儀式は、最初から成功などしていなかったのだ。この桜に宿っている邪悪な念は、彼らが呼び出したものではない。
「あなた様が、人々を食らっていた悪魔の正体……元々この桜に住んでいた、邪神ですわね」
 凛とした声で告げた瑞科は、目の前にある悪を睨むように見据えた。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年05月20日

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