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『散り損ねた悪意(3) 』
白鳥・瑞科8402

 白鳥・瑞科(8402)の目の前にある桜は、徐々にその身体を澱んだ黒色へと変えていく。ペンキが剥がれていくかのように、桃色の花は徐々に朽ちていった。
 これが、相手が持つ本来の姿なのだろう。巨木の形の影が揺らめき、まるで腕を伸ばすかのようにその枝を振るう。
 ナイフでその攻撃を弾き、瑞科は優雅とも言える動きで相手への距離を詰めると、杖を振るった。至近距離から放たれた重力弾が、桜の木の形をした化物の幹を抉る。
 次いで、瑞科はその身を宙へと踊らせる。再び襲いかかってきた枝を、跳躍する事で避けてみせたのだ。スカートが揺れ、その下にあった美脚が惜しげもなく晒されてしまう。
 しかし、その美しい足は瑞科にとっては敵を追い詰める凶器でもあった。落下の勢いを乗せた強烈な足蹴りが、怪物の体へと叩き込まれる。
 深く根を張ったその巨木は、だからこそ瑞科のその一撃を避ける事は叶わず正面から受けてしまった。悲鳴の代わりに、枝が揺れ葉と葉がこすれる音がする。
 桜の花は、元の色を忘れすっかりとどす黒い悪の色へと染まっていた。憎しみと怒りのままに攻撃を繰り出すその姿は、先程までの美しく咲き誇る姿が嘘のように邪悪で醜く映る。
「仮初の美しい姿で人を惑わし、魂を喰らっていましたのね? どのような理由があっても、それは許されない事ですわ」
 散らない桜の噂に興味を持ち、失踪してしまった者達。彼らは恐らく、その不思議な桜について調べている内にこの怪物の元へと辿り着き、その美しさに目を奪われている間に贄にされてしまったのだろう。
 罪なき者達が犠牲になってしまったという事実に、瑞科は悲痛げに眉を寄せる。彼女の振るったナイフが、聖女の悲哀と怒りを乗せ一層威力を増し敵を追い詰めていった。
 どのような事情があって、この邪神が街の桜の木に宿ったのか。その経緯は分からないが、人々を苦しめている存在を見過ごす事など瑞科に出来るはずもない。
 杖を構え、瑞科は相手を見据えるその視線を一層鋭いものにする。
「狙いやすい的ですわね。次は、もう少し小型なものに宿ってはいかがでして?」
 最も、どのような小さなものに擬態したところで、瑞科が狙いを外す事などありえない話だが。
 それに――。
「――あなた様に次なんて、ありませんけれども」
 くすり、と瑞科は笑みを浮かべた。と、同時に、辺りを閃光が支配する。
 轟音と共に、瑞科の放った電撃が怪物を貫いた。まるで落雷のように敵へと襲いかかったその光が、邪神の全てを塵へと返す。
「哀れなものですわね」
 桜というものは、散り際も美しいはずだ。けれど、黒い欲に身を染めたこの仮初の桜の散る様は、とても見ていられない程に醜いものであった。

 ◆

 神父へと任務成功の報告をした瑞科だったが、彼女の姿は未だ「教会」の拠点内にある。
 相手が邪神だと気付いた時は久しぶりに全力を出して戦えるのではと期待したのだが、結局それは叶わずに終わってしまった。拍子抜けした気持ちになってしまったため、少しトレーニングをして気分を晴らそうと瑞科は思ったのである。
 悪魔を召喚しようとしていた信者達は「教会」でしばらく身柄を預かる事になったが、すでに殆どの者が心を改めているらしい。どうやら、彼らはすっかり瑞科のファンになってしまったようだ。
 何であれ、邪悪な心から逃れ未来に希望を抱く事の出来る者が増えた事は、喜ばしい事であった。

 トレーニングルームに向かう途中、ふと名を呼ばれ瑞科は立ち止まる。声をかけてきた者は、瑞科も知っている相手であった。
「教会」に所属している同僚だ。先日、拠点で困っているところを見かけたので思わず助けた事があったのだが、その時のお礼をわざわざ言いにきてくれたようだ。
 お礼にと渡された紅茶は、瑞科も知っているブランドのものだった。確か、綺麗な桜色の紅茶のはずだ。
 少し季節外れだけど、と付け加えた相手に、瑞科は首をゆっくりと横に振る。
「いえ、本当に美しいものは、時が経ってもその美しさを失わないものですわ。美味しくいただかせてもらいますわね」
 そう笑う彼女の笑顔こそ、思わず同僚が見惚れてしまう程に美しいものであった事は言うまでもない。
 思わず固まってしまった同僚を前に、「次の任務も楽しみですわ」と、瑞科はまた花が咲いたような笑みを浮かべるのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございます。ライターのしまだです。
今回の瑞科さんのご活躍はいかがでしたでしょうか。葉桜の時期ですので、散り損ねた桜のお話を綴らせていただきました。お楽しみいただけましたら、幸いです。
何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年05月20日

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