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『ドッペルゲンガーの涙』
ファルス・ティレイラ3733


 もう1人の自分を見た者は、死ぬという。
 タイムマシンで過去や未来へ行けたとして、その時代の自分と接触してはならない、というのもSF等でよくある設定だ。うっかり接触した場合、双方が消滅してしまうという。
 自分自身。それは、決して出会ってはならない存在なのだ。
 ファルス・ティレイラ(3733)は、とりあえず言ってみた。
「えーと……貴女たちが一緒にいるのって、駄目なんじゃないんですか?」
「何言ってんのかわかんないな。それよりも、ここ! 着いたよー」
 広い、洋風の住宅であった。邸宅、あるいはいっそ洋館と呼んでもいいだろう。
 瀬名雫(NPCA003)が両手でフレームを作り、その洋館を囲んだ。
「ふむう……これは、どうだろ。久々の本物じゃないかな。ここんとこガセネタばっかりでさあ」
「ゴーストネットOFF……懐かしいなぁ本当に」
 SHIZUKU(NPCA004)が、遠くを見つめている。
「確かに、ガセネタ多かったね」
「ちょっと何、過去形で喋ってんの」
 雫が、じろりとSHIZUKUを睨む。
「ゴーストネットOFFはね、この瀬名雫が絶賛運営中! 情報も更新も日本で1番早い最速ミステリー探求解明プロジェクトなんだから! 勝手に過去のものにしないでよね」
「そのうち、忙しくて更新なんかしてる暇なくなるから」
 SHIZUKUが、暗く笑う。
「現実を見るのに、忙しくて……ね。ああ幽霊に宇宙人、超能力にミステリースポット! 未確認生物に超常現象! そういうものにキラキラ目を輝かせていた私は一体どこへ、ってここにいるのよね」
「勝手に人の頭撫でないでよ!」
 雫が激昂した。
「そもそもキミ一体誰なわけ!? いきなり人の目の前に現れて、訳わかんない事言ったり馴れ馴れしくしたり!」
「まあまあ2人とも……えーと、2人でいいのかな」
 まるで姉妹だ、と思いながらティレは止めに入った。
「それより雫さん……ここが」
「そう、謎と恐怖の『人食い館』。うっかりここに入った人たちがね、何人も行方不明になっちゃってるみたいよ」
「……それって、普通に警察案件なんじゃ」
 ティレは言った。
「何で、私に依頼を? それはまあ何でも屋さんやってますけど」
「言ったでしょ、ゴーストネットOFFは最速でなきゃいけないの。腰の重い公的機関に任せておけますかってのよ」
 雫の両目が、キラリと光った。
「……これは自称・生還者からの情報なんだけど。人食い館に入った人はね、もう1人の自分に会っちゃうんだって」
「もう1人の自分……見たら死んじゃうっていう、あの話ですか」
 ティレが言うとSHIZUKUが、まじまじと雫を見つめた。
「じゃ、あたし……死ぬ、の?」
「意味不明な事言ってないで、ここまで来たんなら付き合いなさい」
 ティレとSHIZUKUを引きずるようにして雫は先頭に立ち、人食い館へと踏み込んで行った。


 道に迷った。雫・SHIZUKUの両名とも、はぐれてしまった。
 普段なら途方に暮れるところだが、とティレは思う。今回は、それが幸いした。
「こんな所に……あの子たちを連れて来るわけ、いかないもんね」
 幾度か階段を上り下りした。洋館の、もしかしたら地下かも知れない。
 大広間であった。それも鏡張りである。壁も、天井も、そして床も、全て鏡だ。
 スカートを押さえながら、ティレは歩いて見回した。どこを見ても自分の姿がある。
 自分の姿の1つが、ぬるりと鏡から這い出して来る。
「なるほどね、もう1人の自分に殺される……物理的に、ストレートな意味で」
 苦笑しつつティレは、ちらりと背後に視線を投げた。
 やはり、鏡ばかりである。入り口も、見当たらなくなっていた。
 前方からは、もう1人のファルス・ティレイラが歩み寄って来る。ティレと同じ姿のあちこちをメキメキと痙攣させながら。
「いくら何でも私、そんなゾンビみたいな歩き方しないもん。別にモデル歩きしろとは言わないけど」
 声を投げながら、ティレは翼を広げた。白桃にも似た愛らしい尻からも、にょろりと尻尾が伸びた。
「……私に化けるんなら、もうちょっと何とかならなかったのかな」
 ティレに化けた何者かは、翼や尻尾を生やす事はなく、ただ牙を剥いて襲いかかって来る。可愛らしく化けた顔面がガバァッと裂け開き、巨大な牙の列が飛び出して来る。
 ティレは身を翻した。
 可愛らしい胸の膨らみがいくらか揺れ、健やかなボディラインが竜巻状に捻転し、桃のような尻が横殴りに暴れ、竜の尻尾が超高速で弧を描く。そして、おぞましく裂け開いたティレもどきの顔面を直撃する。
 様々なものがグシャアッ! と飛び散った。
 竜族の少女に形だけは似た肉体が、首から上の原形を失いながらよろめき、蠢き、崩れてゆく。魔物としての正体を、現しつつある。
「まあ、正体に興味はないので……」
 ティレの形良い指が高速で躍動し、魔法陣を描き出す。
 眼前のそれに、ティレは息を吹きかけた。蝋燭の火でも吹き消すかのように。
 その微かな吐息が、魔法陣を通過しながら紅蓮の炎に変わり、魔物を焼き砕いた。
 遺灰と化し、渦を巻きながら、魔物が断末魔の絶叫を響かせる。
「ふふん。私だってね、ちゃんと戦えればこんなもの……」
 勝利に浸るティレを、遺灰の渦が襲う。
「きゃ……なっ、何これ……」
 激しくまとわりつく灰を翼で払いのけながら、ティレはよろめいた。そして、巨大な鏡である壁にもたれかかる。
 その瞬間、鏡が水面と化し、波紋を広げた。
 ティレは、鏡の中へと沈んでいった。


「今、ものすごい悲鳴が聞こえたんだけど……」
 雫は、SHIZUKUを伴って大広間へと歩み入った。
「ティレっちの声、だったよね……ちょっと、何ここ」
 鏡の、大広間。姉妹のようによく似た2人の少女が、壁一面に、天井一面に無数、映し出される。床にもだ。
 スカートを押さえながら、雫とSHIZUKUは歩いて見回した。
「まあ別に、下レギンスだからいいんだけど……」
「あ、あたし……生下着……」
「何考えてんの! そんな短いスカートで」
「ちょっと待って、あれ……何だろ」
 SHIZUKUが指差した先では、壁一面を占める鏡の一部が、何やらおかしな感じに歪んでいた。
 その凹凸は、人の形、にも見える。
 自分たちの姿が、立体的に歪んで映っている、その人型の鏡を、雫はじっと観察した。
「……これ、ティレっちだよ」
「え……何言ってるの? そんなわけ」
 などと言いながらSHIZUKUが、綺麗な繊手でさわさわと撫で回している。よく見ると翼のようでもある。鏡の隆起を。蛇、と言うより尻尾の形に伸びた、鏡の一部を。その尻尾の発生源である、白桃の形の盛り上がりを。
 竜族の少女、の形をした鏡であった。
 鏡に呑み込まれたファルス・ティレイラが、脱出せんと暴れもがきながら固まっている。まさしく、その様である。
「これは……思った以上の怪奇現象ねえ。ふうううむ」
 鼻息を荒げながら雫も、手触り確認に参加していた。竜の少女のボディラインそのままの瑞々しい曲線と、つるりとした鏡の感触が、指先に心地良い。
「どうよ、ミステリースポット探検。悪くないでしょ」
「ミステリースポット、なのかな……ああ、でも懐かしい。そうだよ、楽しかったんだよ……」
 鏡の像と化したティレに頬を寄せながら、SHIZUKUは涙を流している。
 何も言わず雫は、ティレの師匠である女性に連絡をする事にした。
 洋館は、探検し尽くした。
 彼女が来るまでは、怪奇現象の餌食となった竜の少女の感触を楽しみ続ける、くらいしかする事がなかった。
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年05月20日

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