▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『生前死前 』
鹿羽根・ミオモ8912


 生まれる日を形容するならば朝。
 死にゆく日を形容するならば夜。
 朝と夜の間に位置し、昼のような輝きを持たぬ闇。
 形容するならば――。


 記憶の欠如は歯がゆくあり、己が何者であるのかを知らないだけでなく、間違いなく存在していたであろう大切な人のことも思い出せない。
 いや、本当に大切な人だったのだろうか?
 リビングデッドである鹿羽根・ミオモ(8912)がそんな風に考えるのは、胎内に宿った命があったからだ。
 恐らく、この子が生まれることはないだろう。何故なら、既に一度死んでしまっているから。B級ホラー映画ならば、子が母の腹を突き破って生まれてきたりもしそうだが。
 しかし記憶を失っても確かな存在を実感できるのは、己とこの子供だけだ。すると、足りないのだ。生前の記憶を手繰り寄せるためのピースが。
「どんな人が相手だったのでしょうね」
 薄暗い部屋の中、ベッドに腰かけてミオモは腹を擦った。
 一人では不可能だ。
 こうして胎内に存在を感じることができる以上、必ず相手がいたはず。思い出そうとしても、その顔は夕闇に溶けたようにハッキリとしない。
 どんな人だったのだろうか。
 そして、リビングデッドとなった妻を見てどう思うのだろうか。死者とはいえ、動き、言葉を放つ姿に喜ぶだろうか。それともとっくに次の人を見つけているだろうか。あるいは、絶望するだろうか。
 ……いや。
「もしかしたら、望まない子だったりして」
 思考の果てにたどり着ける答えの一つを口にして、すぐさまミオモは首を振って否定した。
 馬鹿げている。そんなはずがない。だってこんなにも愛おしく思っているのに、共に再び生を受けて対面したいと思っているのに。そんなはずはない。
 少し落ち着こう、とベッドに寝そべる。
 今、何のためにこうしてここにいるのか。
 それはいつか命あるものとして現世に再び蘇ること。
 でも蘇ることができたとして、その後はどうしよう。どこへ行けば良いのだろう。
 少なくとも、リビングデッドとなってからこの顔を見て生前のミオモと対面したことがある人はいなかった。つまり、アテがない。
 都合よく蘇った途端に記憶も戻れば良いのに。
 そんな風に思っている内に、ミオモは静かに眠りへと落ちていった。


 子供ができたと報告をする勇気は持てなかった。
 私にとっては、とても嬉しいことだったのに。まだ正式に籍を入れていなかった私たちだから、この事実が二人を結ぶのか、引き裂くのか。どちらも確信を持てなかったから、私は怯えることしかできなかった。
 こんな葛藤を抱えたまま、私は彼と過ごす日々を重ねた。
 鈍感な彼は、私がそんな悩みを抱えていたことに気づきもしなかったのかもしれない。
 いいえ、もしかしたら。どこかで気づいたのかもしれない。
 私がもっと早くに決断して、打ち明けていれば良かったのに。
 ぐずぐずと迷っている間に、中絶の道を選ぶことはできなくなってしまった。
 お腹は徐々に膨らんでくる。そして直接打ち明けようと思った時には、彼と会うことができなくなってしまった。
 何故だったかしら。仕事のせい? それは、思い出せない。
 次に彼と会えたのは、もう誰の目にも明らかなほどにお腹の子が大きくなった頃だった。
 その時、もう迷ってもいられず、彼に子供ができたことを打ち明けた。
 喜んでくれるかしら。いえ、きっとそうに違いない。だって、時間が空いても彼は会ってくれたのだから。
 でも――。
 彼の返答は、とても辛くて、悲しいものだった。
「俺の子だって証拠は?」
 この一言に、私はハッキリと「あなたの子だ」と言い返すことができた。けれど、証拠は何もない。
 そんなことは問題ではなかった。彼がそうして私を疑ったことが、どうしようもなくやるせなくて。
 私は、泣き叫ぶようにして身の潔白を主張した。彼以外の男とは関係を持っていないと。
 だというのに。私は、彼の疑いを晴らすことはできなかった。
 無実を訴えれば訴えるほど、彼の疑心は増していく。怒号のような言い争いが、深く胸を抉る。痛い、痛い、痛い、痛い。
 その痛みは、どこかで怒りに変換された。何を言っても信じてくれない彼に憎しみを抱いた。
 私は、彼を、殺したいとすら思った。
 掴みかかろうとした手が、その証明だった。
 でも。私よりも先に、彼の手が私の首を掴んだ。
 ギリギリと締め付けられ、呼吸は苦しくなっていく。私は、愛した男の手によって殺される。
 意識がなくなりかけたところで、私は絞首から解放された。
 酸素が入ってくることに安堵を覚えた。
 直後。
 私の目の前には、ナイフを手にした彼が立っていた。


「やめて!!」
 叫ぶようにして、私は目を覚ました。
 呼吸が乱れている。周囲には誰もいない。薄暗い部屋だ。
「また……夢、か」
 何度目だろう。
 生前の私にまつわる夢だ。でもきっと、今の夢は事実じゃない。
 きっと。
 だって、こういう夢を見る時は、いつも内容が変わっている。
 事故で死んだ夢だったことも、通り魔に殺された夢だったことも、自殺する夢だったこともある。
 彼との関係だって、恋人だったり、結婚していたり、あるいは見知らぬ人だったりと、様々だ。
 どれが、本当の記憶?
 ……分からない。
 分からないけれど、一つだけ確信できることがある。
 私の死は、満足して、納得できるものではなかったということだ。
 そうでなければ、お腹の子をこんなにも愛しいとは思えないはずだから。
 生と死の狭間、黄昏の道に、いつか終わりがくるのだろうか。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼ありがとうございます。
一つの夢を描かせていただきました。悪夢と呼べるかもしれません。
設定などを拝見いたしましたが、きっと、満ち足りた死ではなかったのだろう、と推察しましたがいかがでしょうか?
朝と夜の狭間を、私は「黄昏」と形容させていただきました。
あるいは、もう一つの言葉で形容できたのかもしれません。そこは私の決めるところではないのですが、きっとこちらだろう、という判断です。
(きっと、そういった視点で執筆することを見越してくださったのではないかと思いますが)

夢は様々にあります。それぞれが一つの可能性です。
どれを選んでいただくかは、今後のミオモ様自身で決定なさることと思います。
機会がございましたら、またご依頼いただけると幸いです。
おまかせノベル -
追掛二兎 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年05月21日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.