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『再び黒へ 』
黒の姫・シルヴィア8930)&黒の貴婦人・アルテミシア(8883)&真紅の女王・美紅(8929)

「またアルテミシアの姫になってみたらどう?」

 真紅の女王・美紅(8929)が黒の姫・シルヴィア(8930)にそう言ったのは女王のもう1人の姫と3人で愛を分かち合っていた時だった。

「どういうことでしょうか?」

突然の言葉に2人の姫が首を傾げる。

「アルテミシアの姫を経験してから貴女がより素晴らしい姫になったとアルテミシアが言っていたのよ。私も同感だわ。だから、もう一度経験すればより素晴らしい姫になるのではないのかしらと思って」

 楽しそうに笑う美紅。

 かつて忠誠を誓っていたはずの女王の言葉にシルヴィアの中に失望が広がる。

 そんな内心を笑顔で隠し彼女は頭を垂れる。

「かしこまりました。美紅様がそう望まれるのなら喜んで」

「そう。それじゃあアルテミシアには話を通しておくわ」

 くすりと微笑む美紅の瞳には暗い光が灯っていた。

  ***

「くれぐれも粗相のないようにね」

 黒の貴婦人・アルテミシア(8883)の居城。

 その廊下を歩きながら、美紅が後ろを歩くシルヴィアにそう告げる。

(私のいない間もこの方は……)

 もう1人の姫と何度となく愛を分け合うのだろう。

 いや、もしかしたら彼女も別の姫と交換するのかもしれない。

(淫乱……)

 シルヴィアの脳内でその光景がありありと想像される。

 ありえないことではない。

 それどころか、その可能性の方が高いのではないかとさえ考えてしまう。

「勿論でございます」

 広がっていく失望と嫌悪感が混ざった息を恭しい言葉に隠して吐き出す。

 それでも、心は晴れない。

(上手くいっているようね)

 その様子を背中に感じながら美紅は小さく忍び笑う。

 日々繰り返される愛の営みからも彼女の心が離れていっているのはひしひしと感じられていた。

 今交わしている彼女の言葉にかつての様な熱い愛や憧憬はほとんど感じない。

 企みはうまく進んでいる喜びが美紅の身体を熱くする。

「ここね」

 美紅が足を止めたのはアルテミシアの寝室の前。

「最後に口付けをしましょう?次に会う時まで貴女が寂しくないように」

 そう言って美紅はシルヴィアを抱き寄せ唇を重ねる。

 触れるだけにとどめようとするシルヴィアの意志を無視して、その薄い肉を吸えば深い口付け特有の音が鳴った。

 そのまま口内へと進み舌を絡める。

 熱く淫らな、脳を犯すような口付け。

 小さく上がるシルヴィアの声すら呑み込むように美紅は何度も何度も深く口付ける。

(娼婦のようだわ)

 口付けを受け、返しながらシルヴィアはそう感じていた。

 かつて感じていた大波の様な幸福感も、敬愛の念も慕情の気持ちさえ今はさざ波のように小さい。

『ドレスを纏った娼婦』

 そんな言葉が頭の中でリフレインする。

 それでも熱くなる身体が恨めしくすら感じた。

「さあ、行きましょうか」

 ひとしきりシルヴィアの口内を堪能すると美紅は唇を離し何もなかったように扉を叩いた。

  ***

「いらっしゃい」

 いつもの黒いドレスを身に纏いアルテミシアは2人を出迎えた。

「よろしく頼むわね」

 シルヴィアを引き渡しながら美紅がアルテミシアに微笑む。

「ええ。……大丈夫よ。きっとすぐに戻れるわ」

 2人のやりとりを無言で見つめるシルヴィアにアルテミシアは微笑む。

「よろしくお願い致します」

(私が美紅様から離れたくないと思って気を使ってくださっている。やはり素敵な方だわ)

 シルヴィアは微笑み恭しくお辞儀をしながらアルテミシアの心遣いを嬉しく思っていた。

「では始めましょうか」

 美紅が立ち去った後、アルテミシアはそう言って指を鳴らした。

 一瞬後、ウェディングドレスを纏った2人の姿がそこにはあった。

 シルヴィアが身に着けている宝飾品は以前、宴で彼女が身に着けたものだ。

「やり方はもう分かるわね」

「はい」

 そう言って、シルヴィアは美紅への忠誠と愛の放棄する言葉を、そしてアルテミシアの姫と花嫁としての契りを交わす言葉を口にする。

(以前は胸が押しつぶされそうだったのに)

 形だけとはいえ忠誠を捨てる事への罪悪感と、その後美紅の元へと戻れるのかと言う恐れが、あの時のシルヴィアの中には渦巻いていた。

 それが今はすっかり鳴りを潜めている。

(感じないわけではない。でも……ひどく弱い)

 ふと、真っ赤なドレスの主が淫らに微笑み欲望のままに身体を開く姿が、嫌悪感と共に思い出される。

 その嫌悪感こそが答えだとシルヴィアは分かっていた。

「口付けを」

 アルテミシアの優しい涼やかな声。

 自分の主に比べ何と心地よい声だろう。

 シルヴィアはそう感じた。

「……この契りはひと時のもの。時が来れば私は美紅様の元へと戻る者ですもの。それはお受けできかねます」

(仕方なく、といった風ね)

そうね、と引き下がりながらアルテミシアは少し考えを巡らせる。

以前の彼女は己の主への明確な愛と忠誠から拒絶した。

あの時の様に誰も見ていないから、そう囁けば唇をささげる程度簡単にしてしまいそうな位には、拒絶の心は弱いように見える。

(順調なようね)

 予想以上に順調な企みにアルテミシアは口元をほころばせる。

「アルテミシア様?」

「いえ、本当に私の姫だったらどんなに幸せだろうと思っただけよ。それだけの忠誠と愛を注がれる女王と言うのはなかなかいないものだわ」

「ありがとうございます」

 目を伏せる姫の表情はどこか浮かない。

「変なことを言ってしまったかしら。でも、キスを交わさなければ契れないわ。だから……」

 アルテミシアはそっとシルヴィアの眼前にヴェールをおろす。

「ヴェール越しならどうかしら?」

 レースの向こうで姫が微笑むのが分かった。

 その笑みは、キスを辞することが受け入れられたことへの安堵か、それともキスが出来る喜びからなのかは一瞬分からなかったが、

「はい。ありがとうございます」

 そう言って瞳を閉じるシルヴィアの様子に、

(後者、かしらね)

 アルテミシアは直感的にそう感じた。

 ヴェール越し、触れるだけの口付けをすると、少しだけ名残惜しそうなシルヴィアの表情が見えた。

「あら。可愛らしい姫だこと」

「え?」

「可愛らしくて食べてしまいたくなるわ」

 からかうような言葉と共に、優しくヴェールを外すと、額へ唇を落とす。

「アルテミシア様、私もお慕いしております」

 頬へシルヴィアの柔らかい唇が触れるのを感じながらアルテミシアはその瞼へ唇を触れさせる。

 ドレスの上からでもしっかりと分かる胸元の丘へ手を触れさせれば甘い吐息が姫から漏れる。

「私も、よ」

 すぐに上気し薄桃色になる肌に唇を寄せたまま言葉を返せば、小さく声が上がる。

 くすぐったいはずのそれも、火が付いた彼女には快楽になってしまうらしい。

(以前から思っているけれど、本当によくここ躾けたものね)

 普段の落ち着いたシルヴィアからは想像もできない程敏感な体に、美紅の手腕が窺える。

 それを、他人の色へ染め上げて楽しむなんて意地の悪い愛し方だ。

(共謀している私も変わらないけれど)

 ドレスから見える肌同士を重ね、愛の言葉と共に布の上から愛撫するだけで出来上がっていく姫を見ながら、そんなことをアルテミシアは思う。

「シルヴィア」

 誘うように声をかければ彼女の手がそっとアルテミシアの胸元へ添えられる。

 少しだけ戸惑うような表情と裏腹に相手を確実に喜ばせる手つきにアルテミシアは満足げに微笑んだ。

(愛しい)

 シルヴィアの心に何度もそんな呟きが生まれる。

 仮初の女王。

 それなのに、どうしてこんなに愛おしいと思うのだろうか。

 肌への口付けを、愛撫を、交わしながら彼女は少しだけ戸惑っていた。

 自分の主への心が冷めていっていることは自覚している。

 だが、だからと言って他の女王なら誰でもいいわけではない。

 誰でもいいのなら、自分は女王と同じになってしまう。

 自分は彼女とは違う。

 では、何故……。

(アルテミシア様だから愛おしいの?)

 分からない。

 でも、こうして触れてもらえることに、触れさせてもらうことに確かな喜びがある。

 急に己の中から湧きだした思いに戸惑いながらもシルヴィアは快楽の波に呑まれて行った。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 8930 / 黒の姫・シルヴィア / 女性 / 22歳(外見) / 紅から黒へ 】

【 8883 / 黒の貴婦人・アルテミシア / 女性 / 27歳(外見) / 真なる黒 】

【 8929 / 真紅の女王・美紅 / 女性 / 20歳(外見) / 暗い紅 】
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東京怪談
2019年05月21日

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