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『山頂に青を刻む 』
神取 アウィンla3388

 見目麗しい男性が、優雅な仕草で本のページを捲るその姿は、人々の視線をさらう。アウィン・ノルデン(la3388)は、昼の仕事を終え近くの店で遅い昼食をとっていた。
 隣のテーブルに座っている女性達が、アウィンの様子をちらちらと伺いながら彼の見た目の良さについて楽しげに話している。
 しかし、まさか自分の事を話しているだなんて想像もしていないであろうアウィンがそれに気付く事はなく、ただ彼の瞳は一心に書物へと注がれていた。スクエアタイプの眼鏡越しに、アウィンの視線が雑誌に書かれている情報をなぞる。
 声をかけてみようかと相談していた女性達だが、黙って本を読むアウィンのクールな姿に話しかけたところで冷たくあしらわれるに違いないと思ったのだろう。名残惜しそうに最後に一度アウィンの方を見やってから、彼女達は会計を済ませて店を出て行くのだった。

 店の入り口で友人と別れ帰路を歩いていた女性は、ふと誰かに声をかけられ立ち止まる。振り返った女性は、その相手が先程店で見かけた品の良さそうな男だという事に気付き、驚いて目を丸くした。
 動揺し固まってしまっている女性に、アウィンは何かを差し出してくる。
「失礼する。これは貴殿の物だろうか?」
 彼の手の中にあるのは、一枚のハンカチだった。どうやら、席を立った時に女性が落としてしまったものらしい。それに気付いたアウィンは、急いで自身の分の会計を済ませると走って追いかけてきてくれたのだ。
 一見冷徹そうな見た目の彼の隠されていた優しい一面に触れ、女性の胸が一層高鳴る。思わず何かお礼をさせてほしいと女性はアウィンに言うが、彼は穏やかに首を横へと振った。
「気にする必要はない。すまないが、時間がないので私はこれで失礼する。バイトに遅刻するわけにはいかないのでな」
 そう言うアウィンの腕には、一冊の雑誌が抱えられている。
 貴族のような身のこなしの彼が先程まで真剣に熟読していた書物が求人情報誌だったという事に気付いた女性は、そのギャップにまた目を丸くするのだった。

 ◆

 鮪は泳ぐのをやめると死んでしまうのだという話を、アウィンは以前小耳に挟んだ事がある。止まってしまうと、呼吸が出来なくなってしまうらしい。
 休む事なく、ただ泳ぎ続ける魚。アウィンには、分かる気がした。動くのを止めたら、息が苦しくなる、その気持ちが。

 スケジュールの記されたアウィンの手帳は、殆ど全てがバイトの予定で埋まっている。SALFの任務について記されている時もあるが、その間を縫うようにやはりシフトの文字は当然だとばかりに鎮座していた。
 居酒屋のバイトも、数あるバイト先の内の一つだ。故郷にはなかった雰囲気の店だが、アウィンはもうすっかりこの店の空気に慣れてしまっている。元々、順応力は高いほうなのだ。
 気付いたら居たこの世界にはアウィンの見慣れぬものが溢れていて最初の内は混乱もしたが、習うよりは慣れろとはよく言ったもので、様々なアルバイトをしている内に生活するのに苦労を感じる事は少なくなっていった。
 奇妙な機械の扱いにももう慣れたもので、支度を済ませたアウィンは客から注文を取る時に使う機器を手に持ち早速仕事をし始める。
 優雅な立ち振る舞いでありながらも真面目に仕事に励むアウィンの姿は近所では少し話題になっているようで、最近は彼目当てで店に来るようになった女性客も多いと先日店主が嬉しそうに話していた。
 ただ自分の仕事をしているだけだが、評価されるのは喜ばしい事だとアウィンは思う。彼の仕事への熱意は、一層高まっていった。

「これは……確かかき氷というデザートだっただろうか」
 ふと、客へと運ぶ料理の中に、見慣れぬものが一つ混ざっている事にアウィンは気付く。細かく砕かれた氷の上に、赤いシロップがかけられたデザートだ。
 そういえば、かき氷という名前のデザートを今日からメニューに追加すると店主が言っていた事をアウィンは思い出した。
 アウィンの故郷は常に暖かな気候だったので想像しにくいが、この世界はころころと季節が変わるらしく、もうすぐ暑い時期がやってくるのだという。それに合わせ、この冷たいデザートもメニューへと名を連ねる事になったらしい。
 直接持ってはいないのに、お盆の上にあるそれからは寒々しいまでの冷気が伝わってきていた。別のバイト先であるコンビニでも同じようなものは取り扱っているが、それでも冷たいデザートが当たり前のように人々の身近にあり、手頃な価格で手に入る環境が存在するという事実には未だに驚きを禁じ得ない。
 アウィンの故郷のカロスでは、氷は貴重な資源だった。アウィンの父が治めている領地の一部でしか採れない、希少なものだ。
 そんな貴重なものが、こうやって誰もが楽しめるデザートに出来る程豊富に存在する世界で自分が生活する事になるとは、かつてのアウィンは夢にも思っていなかったであろう。
 ――故郷の様子はどうなのだろうか。家族は、母は、今は何をし、何を思っているのだろう。
 ふと、そんな疑問が胸に湧く。故郷へと思いを馳せたのは、随分と久しぶりの事のように思えた。
(いや、今は目の前にある仕事に全力で取り組む事が俺の責務だろう)
 アウィンは、すぐに首を横へと振った。奥へと沈みかけた思考を現実へと引っ張り上げ、彼は再び仕事へと没頭するのであった。

 厨房へと戻ると、何故か嬉しそうな顔をした店主に手招きをされる。何か至らぬ事をしてしまったのだろうか、と胸中で不安に思いながら相手の元へと行くと、一つのデザートを見せられた。
 青色のシロップがかかったそれは、ブルーハワイ味という聞き慣れない味のかき氷らしい。
 当初はイチゴ味とメロン味しか取り扱わない予定だったようだが、アウィンの藍宝石のような瞳を見てブルーハワイもメニューに加えようと店主は思いついたのだという。
 手で持てるサイズの小さな氷山は、確かに、綺麗な青色に染まっていた。

 気付いた時にはこの世界に居て、流されるままに様々なバイトに励んだ。SALFに所属し生活が安定した後も、それは変わる事がない。
 故郷とは違う世界。慣れてきたとはいえ、まだアウィンの知らないものも多いこの世界。
 けれど、アウィンのする事はかつてと変わらない。ただただ、仕事に励み努力をし続ける。
 明日も朝から仕事が入っていた。そして仕事を終えれば、次の仕事が始まる。息の止まらない生活は、続いて行く。
 そうして日々歩み続ければ、どこかに残るのだろうか。この小さな氷山を伝う青色のように。他でもない、アウィン・ノルデンのつけた、足跡が。

 別の客の注文を取りに行く途中、先程アウィンが運んだデザートを口にした客の姿がふと目に入った。
 冷たいデザートを口に入れた瞬間幸せそうにその顔が微笑んだものだから、アウィンもまた、穏やかな笑みを浮かべるのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
アウィンさんのお名前的にもやはり青色に纏わるお話にしたく思い、このようなお話を綴らせていただきました。お楽しみいただけましたら幸いです。
故郷の描写等、本来の設定と食い違う部分が御座いましたら申し訳御座いません。不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はおまかせノベルという貴重な機会をいただきありがとうございました。またいつか機会がありましたら、その時はよろしくお願いいたします。
おまかせノベル -
しまだ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年05月21日

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