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『黒と白と灰色 』
ケイ・リヒャルトla0743

 想定外に降り出した霧雨が街中を覆い尽くそうとしている。ケイ・リヒャルト(la0743)は一人屋上の縁で姿勢を低くしてスナイパーライフルを構えていた。長く伸びた黒髪が濡れて耳の辺りに張り付くが、それを払い除けることはしない。不測の事態に陥っている分、常より自然と意識は研ぎ澄まされていた。ヘッドセットから聞こえる仲間の声を頼りに大きな瞳を眇め、お世辞にも快適とは言い難いスコープ越しの視界に敵影を捉えようとする。相手は人間と遜色のない超小型ではなく、一回り以上大きい小型なのでまず見間違えることは無かった。挙動の仔細が見え辛い為に先読みの難度も跳ね上がる。睫毛に溜まった雨が粒になって頬を伝い落ちた。大きさ故に取り回しは難しいが、そこは腕でカバーするしかない。とはいえ戦略や他の仲間との兼ね合いでこの武器を選んだだけで、ケイが得意とするのはまた違うやり方なのだが。
「――ヒット。どう、効いてるかしら?」
 成熟まで至っていないナイトメアの動きは動物的で、追い詰められた際は予想を裏切る行動に出てくることもあるが、概ね予想し易く、誘導するのも容易い。大口径かつ長銃身を突き抜けた弾丸は当たりさえすれば急所を若干逸れていても火力で補って余りある。撃った敵と対峙していた仲間の倒れた報告を聞きつつ、自身もその様子をスコープを通し確認した。残るは一体だ。逃げ遅れた人がいないのは幸いだが、自分の住む街で戦闘が行なわれているのはやはり気が気ではない話だろう。なるべく早く建物への被害も最小限に抑えた上で終わらせなければと思い、最後の敵を捕捉する為に方向転換して。緊迫感も露わな声が鼓膜を震わせたのと後方から急激に近付く気配を感じたのはほぼ同時のことだった。
 ただ作戦通りに動いているようではいつかは必ず己の身を、場合によっては他の人も危険に晒す羽目になる。ライフルを放棄して身体を捻ると、濡れた髪が水滴を撒き散らしながら鈍く乱れる。右手はスカートにギリギリ隠れるか否かの所、太腿のガーターベルトに取り付けたホルスターへ伸びた。かつて見世物として商品価値の為に守られていた。それでも自衛手段は必要で、あらゆる意味で決して隙を見せるわけにいかず。子供でも持てて余計な手間も掛からず、習熟度も要さない自動式拳銃はケイにとって最も馴染み深い物。そちらの方が便利な場面も多いが、好んで使っているのは回転式拳銃――所謂リボルバーだ。装弾数と再装填に制約はあるが、肌に合うし、何よりも使っていて楽しいのが大事だ。
 先程までと比べて心許ない小ささでも攻撃が通るビジョンを描けばリジェクション・フィールドを穿つことが出来る。壁を這って登ってきた爬虫類に似たナイトメアを見据えて、引き金にかけた指を握った。
 一発目は真っ直ぐこちらへと駆ける前脚を撃ち抜き、体勢が崩れたのを見計らって額に二発目を。それでも尚ナイトメアはゾンビじみた歪な動きで前進する。ひやりと心臓が止まりそうな嫌な感覚。本能は心を置き去りにし三発目を前脚の隙間から覗く脇に撃ち込む。続け様に残りの弾丸も放った。緊張を感じさせない凛とした容貌の横数センチメートルのところを粘液で濡れそぼつ前脚が通り過ぎる。顔にかからなかったのは僥倖という他にない。逆方向へ飛び除けていたら自ら飛び込む形になっていた。倒れ込む際の振動に何とか重心を保って、最大限の注意を払いながら手は愛銃のシリンダーを振り出し素早く銃弾を込めようとする。カチリと嵌まり込んだ瞬間に、再び照準を定めて。気配が消失したことを報告する声を耳にし身体の力が抜けた。ナイトメアは微動だにしていない。髪を掻き上げて邪魔にならないように整え呼吸すれば、湿った空気が肺に流れ込んだ。
 さすがです、とテンション高く褒めているのは前にも一緒になったことのある子だ。あの時は確か二人ずつの三班に分かれて行動してたのよね、と思い返したケイの眼差しが困惑の色を帯びる。浮かべた苦笑は伝わらずに、
「ありがとう」
 と発した言葉だけが相手へと届く。慕われるのは嬉しい。けれどそれが自分の表層的な部分しか見ていない故と寂しく感じるのは贅沢だろうか。
 敵の全滅も確認出来たので後は合流し、責任者に報告を済ませれば今回の件は完了。先に雨や汚れを洗い流すくらいの時間は貰えるだろう。床を濡らすのも気が引けるので非常階段を使い降りつつ、一転して気楽な調子で風邪を引きそうだの眠たいだのと軽い愚痴を零す仲間たちに相槌を打っていたが、降り切る前に視線が一点に吸い寄せられて言葉が途切れた。一瞬の静寂ののち訝しげな声が名前を呼ぶ。
「ごめんなさい。少し、遅れてもいい?」
 唐突な問いに戸惑い、それから気遣う言葉が返ってくる。有難く受け取り、断りを入れてから一旦通信を切った。都市部で誰の声も聞こえなくなると夢を見ている心地になる。人類が自分一人を残して息絶えたような、終末的で笑えない夢だが。
 陰鬱な空気を打ち消すようにニャ、とケイが想像していたよりしっかりした鳴き声が直ぐ近くから聞こえた。地面に足をつけ、掴んだままの手摺りを軸に踊るように身体の向きを逆にする。隙間の多い踏面を雨樋の代わりに仔猫が一匹座り込んでいるのが見えた。ケイと同じ緑の丸い眼がこちらを見上げる。小雨が降っているせいか逃げる素振りもなく、いつからいたのか判らないが、幸いなことに然程濡れているように見えない。人間のケイには到底雨宿りに向かない場所。それでも上体を傾け階段の下をくぐり、仔猫の正面にしゃがみ込んだ。
 髪も衣服もブーツも、赤がポイントに入っているが全身黒ずくめのケイに対し、仔猫はその逆で体毛は真っ白――なのだろう、本来は。野良だと一目で分かる程汚れていて今は灰色だ。綺麗に洗ってやりたいところだが下手に手を出すのも、と猫好き故にかえって葛藤が生まれる。せめてここがグロリアスベースなら洗うだけ洗って後は本人ならぬ本猫の意思に委ねるのも可能なのに。
「ねぇ、うちに来る?」
 白い部屋に白い仔猫。自分と違ってよく馴染む筈だ。人差し指を振ってみても目線が動くだけで乗ってきてくれない。単純に気分ではないのか嫌われているのか。
「――独りきりは寂しいでしょ」
 世界は色彩に溢れていて、白は薄まれども何色にでも染まり、黒はどんな色を混ぜても黒のまま。踏面の間から見える空は灰色の雲に覆われていて、ビルの壁面も年季にくすんでいた。モノクロの世界で二対の緑が同じ時間を共有する。
 唇を開き、紡ぐのはよく馴染んだ旋律。何の選択肢もなかった頃にあった唯一のよすがはケイの魂に染み付き、数え切れないほどの情動を呼び覚ましてきた。――それは遠回しで拙い誘い。
「……残念」
 吐息と共に言葉が零れて、視線は真横を通り過ぎていく仔猫を追った。水溜まりの上を跳ね、まるで独りでも生きていけると言わんばかりに元気一杯の姿があっという間に小さくなる。ケイは溜め息をつき空を見上げた。何の前触れもなく隙間から射し込んだ光に気を取られ声が途切れたのが運の尽き。そう思いたいだけかもしれない。階段の下から抜け出して、垣間見える青空に目を細める。気持ちに蓋をして歩き出した。追いかけている時間なんてない、合流しないとと理性が戒める。
 独りでも生きられるよう強く。重い願望は胸の内にわだかまり続ける。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
リボルバーも猫絡みも両方書きたくて欲張った結果、
ライセンサーとしての仕事中のちょっとした一幕になりました。
自身と他人で印象が違うのを上手く表現出来ていればいいんですが。
過去の詳細についても気になるところです。
今回は本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年05月22日

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