▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『絶対の先 』
柳生 楓aa3403

 柳生 楓(aa3403)は戦場へと踏み入った。
 その体を鎧う装甲は薄く、急所へと繋がる先をわずかな“面”で守るばかり。誰かを守り抜く盾となることを自らに課した少女がまとうには似つかわしくないように思えるが。

 押し寄せる従魔の群れに対し、楓は腰を据えずに踏み出した。
“救済之輝”の銘を与えしレアメタルシールドを掲げ、押し止めるのではなく横へ払って従魔を打ち据え、反動に乗って右へ体を流す。と、それによって繰り出された右のつま先を地へと突き立てて蹴り返し、盾で固めた肩ごと左へ。従魔どもを押し込んで体勢を崩させた。
 当然、空いた右側からは新たな従魔が攻め込んでくる。しかし、楓の肉へ食らいつくことはかなわない。なぜなら楓は盾の裏に背を転がし、すでに先へと踏み込んでいたからだ。
 空を噛む幾多の顎を置き去り、楓は左腕に取り戻した盾を前方の従魔へ叩きつけた。生物ならぬ肉を潰す感触が腕を伝うより先に裏から膝を突き立て、崩れ落ちようとした従魔を今度こそ吹き飛ばす。
 伸び上がった我が身が落下するのに合わせて縮め、敵群の追撃をくぐっておいて、ブーツの踵を軸に横回転。スピンターンで跳び、右手のレーヴァテイン“断罪之焔”を巡らせた。描き出された幾条もの円が従魔どもを斬り裂き、果たして。
 彼女の周囲二メートルに、偽りの命を保つ従魔は一体たりとも残されてはいなかった。
「私は退きません。絶対に」
 固き守りを踏み出す迅さに変えたカメリアナイト。それこそは楓の、不退転なる意志そのものを顕わす“形”なのだ。

 これまでの戦いで、思い知ったことがふたつあります。
 盾を構えて待ち受けていても、先にいる誰かは救えない。
 そして私は、闇雲に前へ進み続けて、必死で手を伸べることしかできなくて。
 だから。
 剣だけじゃなく、盾も手足も体も、使えるものはなんでも使って……綺麗じゃなくていい。見苦しくてもかまわない。私は私を全部尽くして前へ進んで、この手を伸べるんです。

 盾の縁を突き下ろして従魔の頭蓋を叩き折り、楓はその肩へ手をついて前転。勢いをつけて切っ先をその先の従魔へ突き通した。
 従魔の胴を踵で蹴りつけて体を巡らし、剣身を取り戻す。そのまま刃を薙ぎ、鍔元から刃先までをいっぱいに使って従魔を撫で斬って、続く後ろ回し蹴りで残る骸を蹴り退けた。
 今作った間合を利し、楓はバックハンドブロウの柄頭で後方より迫る従魔を打ち据え、盾でいなした攻撃を剣で巻き取って斬り落とす。
 しかし、数の差は圧倒的だ。一秒を経るごとに従魔の包囲は厚みを増し、彼女はその渦の内に落ち込んでいく。
 声なき雄叫びとともに襲い来る従魔の攻めが楓の肉を突き、骨を削り、その足を縫い止めた。動きさえ止めてしまえば、剣も盾も繰ることはできない。ただの的と成り果てた楓の命を喰らいつくさんと従魔どもが殺到し――
 ここから数えなおしですね。
 それは楓の声ならず、意思だった。
 喉元へ突き出された従魔の爪を歯で噛み止めた楓がぎちり、全身にあらん限りの力を込める。外へ噴くはずのライヴスを自らの内へ落とし込み、やがて灼熱を成した。
 自らの全身に突き立つ爪牙を共連れ、楓が踏み出した。一歩、二歩、踏み出すごとに従魔の縛めは解け落ちるがごとくに楓から抜け落ち、体を泳がせた従魔どもは互いに躓く形でその混迷を加速させていく。
 なぜ、これだけの攻めを受けてなお進める? 真相を知る者は、楓の前面にある数体の従魔ばかりだ。そう。楓に押し詰まったライヴスが内から従魔の爪牙を押し出しているのだということは。
「……これで、四歩です」
 前を塞ぐ従魔を逆手に握った断罪之焔で抉り屠った楓が、ついに言葉を取り戻し、平らかに告げた。
 こんなところで止まっていられませんから。
 だって私、前へ進むって、決めたんです。
 左脚を通した盾を錨代わり、楓は両手で握り込んだ剣を斬り下ろし、斬り上げ、右の横蹴りを繰り出していく。華麗も可憐もありえない、しかしいくら叩かれど折れることなくその姿と矜持とを保ち続けるしなやかなる強さが、そこにはあった。
「五歩!」

 と、楓は地へ転がり、またも左腕に取り戻した盾の下に縮めた体を押し込める。
 次の瞬間、盾に弾ける生体弾。
 前衛が押し退けられたことで射線を得た、遠距離攻撃型従魔どもが攻撃を開始したのだ。
「っ」
 すっかり厚みを損なった従魔陣を突き抜け、楓はまっすぐ駆ける。よけてやることすら厭わしかった。
 私を撃ち抜けるのは、あの白狼だけです!
 斜めに掲げた盾でほとんどの弾をいなし、体に届かんとした弾だけを剣で斬り落とす。これほど遅い弾に当たってやるつもりはない。
「はっ!」
 五十メートルを駆け抜けた楓は、半ば理不尽な憤りを込めて刃を振り下ろした。
 特殊な守りの力など持つはずもない従魔は肩から伸べた生体銃身ごと両断され、偽りの命をぶちまける。
「もう、進んだ歩数を数えるのは無理そうですね」
 つぶやいて、次の遠距離攻撃型を目ざす。
 当然、従魔は近づけまいと連射するが、盾の七十センチに守られた楓の胴を打ち抜くことはできず、狙いを外した弾で義脚を削るのがせいぜいだった。そして。
 楓の歩は揺らぐことも止まることなく繰られ続け、次々と従魔の骸を踏み越え続けて。
「そこにいるのはわかっています。気配の殺しかたくらいは教わってから来るべきでしたね」

 ……敷き詰められた骸の端が迫り上がり、一体の従魔が現われた。
 大口径の生体ライフルを備えた、スナイパータイプ。隠れ潜むことをあっさり放棄したのは見つかったからというだけではないのだろう。標的を微塵に砕く攻撃力を誇ればこその、出現。
 距離はおよそ二十メートル。連射性は知れないが、あれだけの大口径をガトリング砲の速度で撃つことはできまい。おそらくは一発か、二発。
 狙いを定められていることを感じながら、楓は踏み出した。スナイパーは獲物の動きを想定し、撃ち込めるシチュエーションにはまったときにのみ引き金を引く。だからフェイントはかけない。歩はあくまでまっすぐだ。
 想定内に収ったとみた瞬間、スナイパーは生体弾を撃ち出した。
 が、楓は踏み出すと同時に盾を投じている。弾に対して斜めを為すよう、横へ弾くように。それは成功し、楓は弾き飛ばされた盾の横をすり抜けて敵へ肉迫、剣を振り上げた。
 しかし、スナイパーが待ち受けていたのはまさにそれであったのだ。突き込まれた剣は、外したと知れても引き戻すまでに時間がかかる。万が一の際に二の太刀を繰るため、楓が斬撃を繰り出してくることは予測していた。
 かくてスナイパーは、装填済みの生体弾を開かれた楓の胸元へ送り出す。勝利を確信し、悠然と――自分の頭が地へ墜ちたことに、最期まで気づかぬまま。

 楓は心臓を守る装甲へ食い込んだ弾を指先で払い落とした。
 ゼロ距離で撃ってくることは確信していた。一発で獲物を屠れる銃を持つスナイパーだ。外しようのないシチュエーションを待ち受けていることは。
 だからこそ楓はあえて剣を振り上げ、体を開いたのだ。無防備を演じることで、胸部の装甲の隙間を確実に狙わせるがために。
 あとは剣を振り込みながらわずかに身をひねり、装甲で弾を受け止めるだけのこと。それを為すに覚悟は必要なかった。
「私を殺せる弾は、白狼の12・7mm弾だけです」
 そうして楓は盾を拾い上げ、先を急ぐ。
 この先に、彼女が彼女を尽くして守らねばならない誰かが待っていればこそ。
おまかせノベル -
電気石八生 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年05月22日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.