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『風の吹くまま気の向くまま 』
ロベルla2857

 鈴を転がすような声が不意に途切れた。ピンクのアイシャドウが縁取る眼差しが真っ直ぐにこちらを射抜く。言葉にしなくても何が言いたいか分かるでしょ、そう雄弁に物語っていた。沈黙の不自然さは口に咥えた煙草が誤魔化してくれる。手に取って、じりじりと先端を侵食する灰を硝子製の灰皿へと落とし、頬杖をついて彼女の方を見やる。露骨過ぎて余程経験が浅い男でもない限り、察するに容易い誘惑。しかしそれなりに経験を積んできたからこそ、距離の取り方も色々と判っている。
「俺みたいなのを気に入ってくれる、ってのは光栄だがね。生憎とそういう気分にはなれないんだ、悪いね?」
 言葉を口にする時はきちんと相手を見返して真剣に、言い終わった後は目を伏せる。微かな苦笑は自嘲混じりだ。演技ではないがこちらの意図に気付いてほしいと願った。どのみち当面の方向性は決まったも同然だが。女性の手元ではショットグラスの中の氷がカランと涼やかな音色を奏でる。赤いリップに彩られた口唇がゆっくりと開かれた。

(やれやれ……気に入ってたんだがなぁ)
 夜の街を歩きながらロベル(la2857)はそっと嘆息した。クラシック音楽の生演奏が売りのバーなんてグロリアスベース中を探してもそう在るものではない。それだけでなく、バーテンダーも単純にキャリアが長いのに加えてヴァルキュリアや放浪者が集まるこの島事情にも精通しており、付かず離れずの距離が居心地良かったのも大きかった。だから惜しいと思う。しかしすんなりと引いてくれたとはいえ常連客のあの女性と顔を合わせるのは暫くは避けるべきだろう。熱量に乏しいなら案外直ぐ目移りするかもしれない。――希望的観測に過ぎるか。
 ロベルは別に人嫌いではない。他人に迷惑を掛けるなんてとんでもないし、趣味レベルではあるが腹が減ったと言う相手に手料理を振る舞って、顔が綻ぶのを見るのは結構好きだ。そもそも人嫌いなら身体を張って見ず知らずの人間を守ろうとは思わないだろう。――まあハイリスクハイリターンな仕事なのは事実だ。金が必要で、そこそこ性に合っているのも本当。しかし、本気で嫌なことをしてまで生きたいとは思っていない。吸いたい気持ちはあれども歩き煙草は気が咎め、口寂しさを宥めすかした。懐の箱を握って軽く揺らしてみると少ない中身が乾いた音を立てる。中毒者ではないが吸いたい時に吸えないのは困るので買い足すべきかと思案した。
 ライセンサーになって既に半年以上は経つ。歩き慣れた道を進んでいると注意力は人とぶつからないよう気を付ける最低限のものになって、先程の女性の顔がまた脳裏によぎった。あのバー以外で顔を合わせた記憶はなく互いに素性もはっきりとしない。同業者の可能性もそれなりにある。根底に関わる部分を探ったり気遣ったりせず、平和な雑談から緊迫した情勢まで会話を肴に酒を呑む空間がロベルの日常の一部に組み込まれて久しい。あれだけ話が弾む相手は滅多におらず、彼女もそう思ったからああしたのだろうと想像がつく。
(俺は独りの方が性に合ってる)
 自動販売機の前で足を止めて、流れるアナウンスを聞き流しつつ身分証明書を翳す。指を伸ばすのは普段からよく吸っている銘柄の煙草だ。たまに冒険したくなるが、結局は同じものに帰ってくる。人間の好みも価値観も余程のことがない限りは変わらない。
 ロベルには両親との思い出が少しも存在しなかった。生まれて直ぐに居なくなった、という祖母の口振りからすると生きているのではないかと考えてはいる。写真もおそらく数枚程度は家に有った筈だ。しかし物心がつき祖母と二人暮らしなのが普通ではないと理解して、それでも両親に会いたい、一緒に暮らしたいという願望は不思議と湧かなかったのを今でも憶えている。だから祖母が亡くなって孤児院に入ると決まった際も写真はおろか、遺品を持ち出そうと思わなかった。喜びも嫌がりもせず身一つで行こうとするロベルの手を引いた施設職員は繰り返しそれでいいかと確認してくる。彼らは手が掛からないことを喜ばずに心配する優しい人たちだったから、それが余計にロベルのしがらみから遠ざかりたくなる癖に拍車を掛けることになった。苦労を承知で独り立ちを許される年齢になる前に抜け出したのは、あそこでの生活があらゆる意味で肌に合わなかったせいだ。結果、やはり大変な目に遭ったが後悔はしていない。なるべく面倒事は避けるという教訓が身に付いたので結果オーライといったところだ。
(人生なんてこれくらい適当でいいだろうさ)
 生存圏は奪われてナイトメアとの戦争もインソムニア攻略には至らず、ライセンサーでなくとも運が悪ければあっさり逝くこのご時世。レヴェルの連中だって大半は真面目で死への恐怖心が強いが為に勝ち馬に乗ろうとしているだけの話ではなかろうか。思いながら購入した煙草を仕舞い歩き出す。角を曲がった途端にしなだれかかってきた妙齢の女性の肩を加減して受け止めて、そのまま柔らかく押し返した。そのあまりに自然な一連の動作に彼女は用意していただろう言葉をまごつかせる。
「よそ見でもしてたのかい? この辺は案外危ないから気を付けるのをお勧めするよ」
 ほら後ろ、と指し示せば女性は素直に振り返る。長い髪が翻るのと同時に香水の匂いが鼻先を掠めた。さっと壁際に寄った彼女と向こうから歩いてきた強面の男性を横目に通り抜ける。目の前でいざこざが繰り広げられたら面倒臭いと思いつつも何だかんだで口なり手なりを出すだろうが、自ら首を突っ込もうとは思わない。追い縋る声は振り向かずに手を振ることでやり過ごす。
 気の合う相手と付き合って結婚し、子供を作る。そんな普遍的な幸せに対する憧れは欠片もない。人との交わりなど一期一会の巡り合わせで充分だ。自分以外の人生まで背負うのはあまりにも重い。
 目の前には常に線が引かれていて、そのぎりぎりまで歩み寄ってくる分には何の文句もない。多少嫌なことがあっても仕方ないと割り切って受け流せる。触れられたくないことはそつなく躱し、踏み込まれそうになったならはぐらかす。追われてもとにかく引いて引いて一歩たりとも内側に入らせない。
 ライセンサーの仕事にこだわりはないが好きなときに好きな依頼を受けて、普通に生きるのにも色々と保証がついてやり易い。犯罪を行なわない限り生まれも育ちも不問とは有難い限りだ。だからなるたけ続けていきたいと思っている。少なくとも傷付いた人々を慰める音楽を奏でるよりかは似合いだろう。
 元々ルーズだったネクタイを緩め、締め付けられていたかのように大きく息を吐き出す。緊急事態や夜型のライセンサーに対応する為、この時間帯でも本部は開いている筈だ、とそろそろ寂しくなってきた財布事情を思い出して考えた。やるからには真面目に全力を尽くすが期待はしないでほしい。ハードルを飛び越えている内に期待は限界を超えるものだから、と孤児院時代の出来事が脳裏に甦った。機会があれば弾きたくなる、それでも演奏を好きにはなれないし嫌いにもなり切れないでいる。これだけはいつまで経っても変わらず仕舞いで嫌気が差す。
「依頼、ねぇ。まぁそれも有りかね」
 地球で何が起ころうが月と太陽は知らぬ存ぜぬでそこに在る。黙して語らない月を見上げて肩を回すとロベルは定めた目的地へと方向転換した。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
孤児院時代のエピソードも勝手に掘り下げてみたいなと
いう気持ちもありましたが、アイコンを見ていたら
冒頭のシーンが思い浮かんだので、それを軸に
ロベルさんの考え方をなぞるようなお話にしてみました。
イメージから逸れてしまっていたら申し訳ないです。
今回は本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年05月23日

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