▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『末吉Extreme 』
氷室 詩乃aa3403hero001)&紀伊 龍華aa5198

「龍ー華ーっ! こっちこっちー!」
 氷室 詩乃(aa3403hero001)は大きく手を振り上げて紀伊 龍華(aa5198)を呼んだ。
 高くありながら金臭い甲高さのない、耳にやさしく快い声。龍華は薄笑み、音を辿る。
 それにしてもすごい人出だ。地元では有名ながら観光資源になれる売りはなく、ゆえに常はちらほら近隣住民が訪れる程度の神社。しかし、年に一度の夏祭りとなれば周辺道路の脇にずらりと屋台が並び、多くの人々が集まり来るのだ。今はまだ昼間なのに、土曜日ということもあってか混み合いに混んでいる。
「ごめん、待たせた」
 やっとのことで声の主である詩乃まで辿り着いた龍華。途中であきらめ、引き返したくならなかったと言えば嘘になるわけだが。帰らなくて本当によかった。
「ううん、ぜんぜん! だって龍華がちょっとずつ近づいてくるの、わかってるから」
 いらいらじゃなくて、うきうきするよね。そう応える詩乃は、薄紅に染めた地に淡い青の朝顔を散らした綿絽の浴衣をまとっていて――和装下着に鎧われていない肩などが微妙に透けて見えていたりして、実にこう、いい感じ。しかし、だからこそ。
「祭になんて行かないで、このまま家に帰らせたくなる」
 思わず漏らせば、詩乃はびっくりと跳ね上がり。
「え? なに、なにかボク、悪いことしちゃった?」
 草履の音をぱたぱた立てて、龍華にしがみつく。
 ああ、俺たち身長差ほとんどないから、下駄じゃなくて草履にしてくれてるんだな。詩乃の気づかいを噛み締めつつ、「ちがう。そうじゃなくて」。
「ほかのヤツに見せたくない。ただでさえかわいいのに、肩とか透けてて色っぽいし」
「あー」
 ようやく龍華の男心を察した詩乃はちょっと考え込んで。
 くるりと龍華に背を向け、そのまま彼の胸へその背を預けた。
「ぅあぅ!? ちょ、詩乃!?」
「危なくなったら龍華に守ってもらう予定なんだけど、決定しちゃっていい?」
 半ば振り向いた横顔から流し目なんて送られたら、それはもう龍華的には「はい、どうぞ」と応えるよりあるまい。
「龍華も着物、すっごく似合ってるよ」
 龍華はシンプルな黒染めの着物を着込んでいるが、一応は夏物ということで、素材は麻織りとなっている。足元が下駄なのは、まあ、少しでも詩乃より目線を高くして、“男”をアピールしたいからではあるのだが……先ほどから、リードするどころかリードされっぱなしだ。だから。
「これ、神社に着くまですごい時間かかりそうだね」
 神社へと続く道は人で埋め尽くされていて、加えてそこそこの人数が屋台に引っかかっていたりして流れは最悪だ。
 うへぇと眉をしかめた詩乃の手を取って、龍華は踏み出した。
「いいよ。ゆっくり行こう。ついでにいろいろ」
「あー、龍華龍華! あれ飲みたいあれ!」
 自然な男らしさを発揮しようとしての完全失敗。苦笑しつつ、信玄袋に収めた財布の重みを確かめる龍華だった。


 道に入ってすぐのところに出ていたフルーツスカッシュ(生のオレンジやグレープフルーツを絞ったところへ、市販のサイダーを注いだ飲み物)を買い込んで、ふたりはそれを飲みながらじっくりと屋台を冷やかす。
「佐世保バーガー……最近の屋台はすごいな」
「ケバブとかもあるし、お祭も進化してくんだね」
 そんなふたりが選んだ二品目は、“箸巻き”なる食べ物だ。薄めに焼いたお好み焼きを割り箸に巻きつけた感じのものなのだが、祭だからこその食べ物ということで試食と相成った。
「ん! んーんー!」
 半熟卵箸巻きにかじりついた詩乃は目をしばたたく。味自体は馴染みのあるものだが、仕様が変わるだけでこんなにもおもしろくておいしいなんて!
 一方、イカ箸巻きを味わう龍華は、そんな詩乃の様に目を細め。ほんとに詩乃は表情も感情も全力で、豊かだよな。俺は……とてもできる気しないけど。
 心の暗がりへ沈みゆく龍華。それを許さなかったのは詩乃の指だった。
「卵とろっとろ! 巻いてあるから食べやすいし! 龍華も味見してみて!」
 引っぱり戻されて、我に返る。
「ひと口ずつ交換ね」
「ありがとう、詩乃」
 気がつけば、口にしていた。
 ネガティブで自分に価値を感じることができず、自分の心の底へ閉じこもっていた龍華へ手を伸べ、光の下まで引き上げてくれた唯一の存在へ。
「……こんな俺に、過ごしたい今日と、迎えたい明日をくれて」
 唐突なはずの龍華の言葉に、詩乃はそっと自分と龍華の箸巻きをパックへ戻し。草履の先をにじらせ彼の脇へと潜り込んで。
「いきなり言われると困るんだけど」
 朱に色づく頬を膨らませた詩乃は、龍華の袂をくいくい引っぱった。強く、弱く、右へ左へ、
「だって、まわりとか無視してぎゅってしたくなるでしょ」
 今この瞬間なら、恥なんて全部放り出してバカップルってやつになれる! 龍華は数瞬血迷ってから再起動し、かぶりに振った。
「さっき言っただろ。ほかのヤツに見せたくないって。詩乃はさ、ちょっとでいいからいろいろ自覚して」
 言いながら、ちょっとだけ詩乃の浴衣の肩部分を肌から引っぱりはがしたり。
 詩乃的にはまだ誰からも絡まれていないのにやきもちなんて焼かれてもなー。などと思わなくもないが、それ以上に彼の仏頂面がかわいらしくて。つい。
「大丈夫だよ。それにいざってなったら守ってくれるんでしょ?」
「守るよ。絶対」
「どうして?」
 剛速球を投げ込んでしまう。えー、ボクってこんな意地悪だっけ? もしかしたらそうなもかもしれないけど――今はそうじゃないよ。
 そんな詩乃の心を知ってか知らずか、龍華は彼女のオッドアイをまっすぐのぞき返して、いつにない強さで言い切った。
「いちばん大事で、いちばん好きな女の子だから」
 ここだと思った。そう言うべき機会なんだと悟った。でも、言葉に心が、追いつかなかった。果たして“はずかしさメーター”を振り切り、赤を通り越して黒くなる龍華。
 聞いた詩乃もまた面に同じ黒を映し、壊れた人形みたいにうんうんうんうん、うなずくばかり。
 このときのふたりはまったく気づかなかった。まわりから、猛烈にげんなりした、バカップルを見る目を向けられていることに。しかしそれも、未だ初々しさの域に留まる恋人たちの初心特権ってやつなのだ。
「い、行こ! 神社、もうすぐだし!」
「うう、うん。あ、足元気をつけて」
 カロパタカパロタパカロタ……下駄と草履のリズムを絡ませて、ふたりは神社の境内へ踏み入っていく。


 盆踊りは夜からのはずだが、櫓の上に据えられた太鼓を子ども会のメンバーと思しき子らが叩き、その下でフリースタイルな盆踊りが繰り広げられていた。
「あれ、盆踊りなのかな?」
 小学生メインの踊り手は、リズムに合わせて滅茶苦茶な振りを演じ、そこへノリのいい中高校生が加わって一層のカオスを構築する。
「まあ、そういうことにしとく……のか?」
 詩乃と共に首を傾げる龍華であるが、ともあれ。
 まだ昼間だからということもあってか、社務所は普通に機能しているようだ。というか、祭に便乗して稼いでおきたいのだろう。いくら神のおわす社とて、維持費もかかれば人件費もかかる。
「せっかくだし、貢献しとこっか」
 促す詩乃に手を引かれ、龍華はあらためて歩き出した。
 ちなみにこのときの詩乃の心情を記しておけば――
 完璧! 今の手の繋ぎかた、さりげなく完璧だったよね!? 龍華のこと緊張させてないよね!? って、ここから恋人繋ぎしなおしちゃったら気づかれるよね……うう、最初に手が繋ぎたいって言えたらよかったのに! 実は甘えかたヘタすぎない!? せっかくのチャンスー!
 続いては龍華の心情――
 やばい! やばいやばい! なんかすごいあっさり手、繋がれてるし! 男なのに俺、ずっと引っぱってもらってばっかりだよな……挽回したいけど、無理にがんばったって詩乃のこと困らせるだけだろうし。気の利かせかた、もっと考えてくるべきだったよな。
 互いにあれこれ悶えつつ、まずはお参りに向かうふたりだった。

 賽銭箱に気持ちを込めた賽銭を捧げ、二礼二拍。
 ふたり肩を並べ、手水で清めた両手を合わせて一心に祈り。
 最後に一礼。神前を辞した後、深く息をついた。
「ボク、ちゃんとできてたかな?」
「ああ。ちょっと見惚れそうになった」
「お祈りに邪念が混ざってるのはよくないけど神様ごめんなさい! 実はかなり深刻にうれしいです!」
 ああ、俺の彼女はかわいいなぁ。胸を突き上げる思いを抑えきれず、龍華は神に手を合わせる詩乃へ言ってしまった。
「なにがあっても詩乃のそばにいたい。――神様の力借りてまでしたいことなんて、今までひとつもなかったのにな」
「え!? それまさか、神様に祈ったこと!? 言ったらだめだよ! 早く別のお願いだったことにして言いなおして!」
 わーっと攻め寄せてゆっさゆさ、龍華を揺さぶる詩乃。その手を止めて、彼の胸に額をつけて。
「ボクはそんなことお祈りしなかったよ。だって、ずーっといっしょになかよく暮らすとか、あたりまえのことだもん」
 顔を上げて笑みを傾げてみせた。
「でしょ?」
 そうか。そうだよな。龍華は頭を掻いて詩乃の頭をなでる。
 心地よく目を細め、詩乃はもう一度、社を振り向いた。そして。
「龍華といつまでもなかよく暮らしたいから、世界の平和が続きますように」
 うん、結局お祈りしたことを口にしてしまうところも、たまらなくかわいい。

 最後に神籤である。
 巫女へ番号を告げて出してもらった2枚の神籤、その結果は。
「準備いい?」
「いつでも」
 同時に見せ合えば、共に末吉。
 末吉の次は凶で、その下は大凶だ。対して上には小吉、中吉、吉、大吉がある。つまりは下から数えたほうが早い。
「悪くはないけど、これってかろうじて大丈夫みたいな感じだよな……」
 眉をひそめて自分の神籤に記されたメッセージを読む龍華に、詩乃がびしりと指先を突きつけた。
「末吉の末は末広がりの末なんだよ? つまり、これからだんだんよくなっていくってこと!」
 実に詩乃らしいポジティブな解釈だが……
「逆に怖いな」
 龍華は肩をすぼめて笑み。
「今だって十二分に幸せな毎日なのに、これ以上幸せになったら押し流される」
 エクストリームという英単語がある。危険や過酷を差す、マイナスイメージの言葉だが、スラングでは真逆の最高や楽しいといった意味になる。
 身の丈に過ぎる幸せへしがみつけば、他愛のないことで傷つくようになるし、失うことを怖れるあまり身動きすらとれなくなるのだ。だから、詩乃がいてくれる今以上の幸せはいらない。エクストリームのように反転してしまうかもしれない、染み入るような幸せが、焼き焦されるような不幸へ。
 龍華は詩乃の手を取り、しっかりと指と指とを絡めて恋人繋ぎ。
「俺といっしょに逃げてくれる?」
「え? 龍華? あ、手――ちょっとー!」
 境内から脱出するふたりの後方では、いよいよ盆踊りの域から飛びだしたエクストリーム盆踊りが展開しつつあった。


 ようやく人混みを抜け出して、ふたりは歩をゆるめた。手は、しっかりと繋いだままで。
「龍華」
「なに?」
「ボク、すっごい手汗かいてるんだけど」
 言われてみれば、確かに詩乃の手は汗ばんでいるようだ。
「俺もかいてるからいいよ」
 詩乃もまた、龍華が宣言どおりの有様であることをすぐに知った。
「恋人繋ぎしたいなーって、さっきも思ったんだけど。ほんとにしちゃうと緊張するね」
 あはは。高鳴りをごまかしたい気持ち半分で、詩乃は笑みを作る。
 恋人繋ぎでこんなにドキドキしてたらボク、キスなんかしたら爆発しちゃうんじゃないかな。
「早く慣れないとだめだよね」
 もっともっと、龍華と深い場所へ上がっていくために。
 しかし龍華は「慣れなくていいよ」。
 顔をそむける代わり、手に力を込めて。
「一生ずっと、詩乃にドキドキしてたい」
 ああ、でも。いちばんちゃんと言いたいことを、顔をちゃんと見て言えないのはだめだな。
 せめて、今からでも顔だけは――
「見ちゃだめ!」
 思いきり龍華の顔を押し戻しておいて、詩乃は朱に染まった息をつく。
 爆発するから! キスだってまだしてないのに爆発しちゃう!
「ボクだって、一生ドキドキ、するんだからね」
 重なり合った指先から龍華の“びくり”が伝わってきて、それはすぐに強い力へと変わった。

 末広がりの末がふたりにどんな景色を見せてくれるのかはわからないけれど。
 いつまでもふたりで、初めての気持ちを重ね合っていこう。
 互いに胸の内で誓い、詩乃と龍華は明日へ繋がる今日を歩いていく。
 
パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年05月23日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.