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『おおきくなあれ 』
ウェスペル・ハーツka1065)&ルーキフェル・ハーツka1064


 長い冬が終わり、花咲く春が過ぎ、日ごとに夜が短くなる。
「早くおきるですなの、るー」
 ウェスペル・ハーツ(ka1065)は、隣のベッドで眠る兄のルーキフェル・ハーツ(ka1064)を思い切り揺する。
「う? まだおにくうはのこってますお……」
 お約束の寝ぼけっぷりで、ルーキフェルはくるりと反対側へ寝返りを打つ。
 ウェスペルはそれでも容赦なく、兄のタオルケットをもぎ取った。
「今日はいそがしいですなの。いそいでしたくするですなの」
「ふあ?」
 ごろごろごろ。
 ルーキフェルはベッドから転がり落ち、そこでようやく起き上がる。
 きょろきょろと周囲を見渡し、ごちそうが消えてしまったことに肩を落とした後、改めて窓を見た。
 開いたカーテンの向こうに、薄暗い空が広がっている。
「まだくらいですお……」
「朝ごはんを食べなくていいなら、まだ寝るですなの」
 弟の言葉にはなかなかの重みがあった。
 ルーキフェルは目をこすりながら、昨日の約束を思い出す。

 顔を洗って、朝ご飯を食べて。
 動きやすい服装に着替えたふたりは、そろって家を出た。
 向かうのは裏庭。
 まだ耕していないままの畑では、柔らかい草が朝露を含んで揺れていた。
 ウェスペルは鋤を手に、雄々しく仁王立ちする。
「がんばって今日のうちに、ぜんぶたがやすなのです!」
「うー、ちょっとこわいですお」
 兄は若干引き気味だ。弟は鍬を手渡しながら、にっこり笑う。
「きのう、やくそくしたなのです。明日かあさってには雨がふるなのです。種をまくのにぴったりなのです!」
「覚えてますお。うーの好きなおやさいをそだてるんですお」
 兄は双子の弟が大好きだ。時にウザがられるほどに大好きなのだ。
 とはいえ、弟が愛するお野菜よりは、お肉が好きという事実は如何ともしがたい。
 弟ほど野菜作りに熱心になれないのも仕方ないことだろう。
 それでも、弟への愛ゆえに、まだ夜も明けきらないうちから頑張って畑仕事を手伝う、けなげな兄なのだ。

「よいしょお!」 
 ルーキフェルは力いっぱい、鍬を振るう。
 小さい体のどこにそんなパワーがあるのか、やはり肉なのか、どんどん畑の土はひっくり返されて、くろぐろと変わっていく。
 だがウェスペルのチェックは厳しかった。
「もうちょっと深いところまで、ひっくりかえしてほしいですなの」
「これぐらいですかお?」
 ざくざくざく。
「そう、そうですなの。おもいきりねっこがはれないと、風や雨でぱたんとたおれてしまいますなの」
 ウェスペルは自分も一生懸命に土をならしていく。
 その顔は本当に楽しそうだ。
「ここはブロッコリーをうえますなの。それからこっちはおマメをうえますなの。あっちはキャベツですなの」
 種はたくさん用意してある。
 きちんと耕して、種をまいて。そうしたら何日かで小さな芽が出て。
 雨がふって、お日様が照って、それを繰り返すたびに芽はぐんぐん大きくなって、おいしいお野菜ができるのだ。
「おやさいはすごいですなの」
 しばしうっとりと土を眺める弟を、ルーキフェルがからかう。
「手がとまってますお。夕方までにおわらないですお」
「う、ちょっと、きゅうけいしてただけですなの……」
 慌ててよだれを拭いて、ウェスペルはまた一生懸命に鋤を動かす。


 畑に種をまいて、薄く土をかぶせて。
 その後、予報通りに柔らかな雨が降って、お日様が照って、2日たった朝のこと。
 水をあげようと大きなバケツを運んで畑に出たウェスペルは、そのバケツを思わず落としてしまった。
「うそですなの……」
 お手伝いしようともうひとつバケツを運んできたルーキフェルは、弟の異変に気付いて駆け寄った。
「うー、どうしたんですお」
 だが弟の視線の先を見た兄も、また固まることになる。
「うそですお……」
 大事に種をまいた畑が、見るも無残に荒らされていたのだ。
「ひどいですお。はんにんをさがすですお!!」
 ふんすふんすと鼻息荒く畑に入っていくルーキフェル。
 だがウェスペルは周囲を見回し、近くの大きな木を指さした。
「るー、たぶん、あの鳥さんですなの……」
 見ると、この近くではよく見る小鳥の群れが、木の上から畑を窺っているらしかった。
「おいしいおやさいの種だから、おやつになっちゃったですなの……」
 しょんぼりとしゃがみ込む弟に、ルーキフェルは納得がいかない。
「でもいっしょうけんめいまいた種を食べちゃうのは悪い鳥さんですお! おにくうにしちゃうですお!!」
 単に食べたかったのかもしれないが、ウェスペルは首を振る。
「鳥さんはごはんがあったから食べただけですなの。仕方ないですなの」
「でもおやさいがないと、うーは困るですお」
 兄はこまらないというか、ちょっとラッキーかもと思わなくもないのかもしれないが、それでも弟の悲しむ顔は見たくないのだ。
 ウェスペルはこくりと頷く。
「困るですなの。だからたべられないように、種をまくですなの」

 それからまた種をまき、薄く土をかけ、畑の周りに枝を立て、キラキラ光るテープや小さな鏡をぶら下げる。
「鳥さんは、キラキラ動くものはこわいですなの。かわいそうでも、ここには入らないでほしいですなの」
 ウェスペルの仕掛けを見て、ルーキフェルもちょっと考え込む。
「きっと、鳥さんは大きな鳥さんがこわいですお。ちょっとまつですお」
 家に引っ込んだルーキフェルは、暫くして何やら大きな荷物を抱えて飛び出してきた。
「るー、それはなんですなの?」
「こわい鳥さんに畑をみはってもらいますお」
 得意そうに顎を逸らすルーキフェル。
 持ち出した麻袋に藁を詰め、形を整えていくつかをくっつけ、最後に黒いペンキで色を付ける。
 それは巨大なデコイ……を目指したらしいモノだった。
 丸い体に、平たいパーツがくっついている。
 翼を広げた黒い鳥を目指したのだろうな、ということはよくわかった。
「これをぶらさげておくですお!!」
「るー、すごいですなの! あたまいいですなの!!」
 ふたりはキャッキャとはしゃぎながら、その『こわい鳥さん』に紐をつけ、軒先につるす。
 風が吹くとゆらゆら揺れるデコイが、大きな木の上から見え隠れしているはずだ。
 ふたりは満足して家に入った。

 だが翌朝。
「だめですなの……」
 またウェスペルががっくりと畑の前でしゃがみ込む。
 やっぱり畑は荒らされていて、ついでに『こわい鳥さん』は地面に落ちて、壊れていた。
 ルーキフェルは『こわい鳥さん』の分も怒った。
「こんどこそおにくうにするですお!!!」
 だが兄の服の裾を、ウェスペルがしっかりと掴んでいる。
「おひゃくしょうさんは、ずっとくふうしてきたですなの……くじけないですなの」
 ウェスペルは一応こんなこともあろうかと、近くの農家に話を聞きに行っていた。
 そこで譲ってもらったのが、種蒔きの後で畑にかけておく薄い黒布だった。
「これを広げて畑をかくすですなの。種をたべたくても、鳥さんは下にもぐるのがこわいからほとんど来ないですなの。それと畑があったかくなるので、早くそだつですなの」
 そんな便利なものがあるなら最初から……という話でもあるが、畑を全部覆うほどの布はない。
 どうしても守りたい、ブロッコリーの種を撒いた部分に大事に布をかけ、ウェスペルは木の上の鳥に向かって叫んだ。
「ちょっとぐらいはいいですなの。でも全部食べちゃうのはだめですなの!!」
「でないとおにくうにするですお!!」
 ついでにルーキフェルも叫んでおいた。


 それから数日後。
 水やりに出たウェスペルが、顔を真っ赤にして家に飛び込んできた。
「うー、また悪い鳥さんですかお?」
「ちがうですなの! 芽がでましたなの!!」
 ウェスペルはそれを兄に見せたくて、必死で駆けてきたのだ。
「ほんとですかお! よかったですお!!」
 ふたりは一緒に駆け出す。
 畑の布の下では、沢山の小さな緑色の芽が、精一杯に可愛い葉を広げていた。
「これでだいじょうぶですなの。鳥さんはぜんぶ食べちゃったりしなかったですなの」
「よかったですお、うー」
 ふたりはにっこり笑いあう。

 小さな芽はみるみる大きくなっていく。
 布の覆いはもう邪魔そうなので、取ってしまった。
 最初は風に震えるようだった若葉はどんどんしっかりして、すくすく伸び、次々と葉を増やしていく。
「もっともっと、おおきくなるですなの」
 ウェスペルは水をまきながら、嬉しそうに語り掛ける。
 だが次の問題がやって来た。
 夕食のテーブルで、ウェスペルが切羽詰まった様子で報告するには。
「はっぱが、虫さんにたべられちゃいますなの……」
「虫さんは……おにくうにはむりですお……」
 問題はそこじゃない。
 だがルーキフェルとしては、鳥はまだ説得できても、虫に自主的に立ち去ってもらうのは難しいと思ったのだ。
「どうするですかお」
「おおきいのをつまんで取るしかないですなの」
 だがうっかりすると、丸坊主になるぐらいに虫は出てくる。
 小さい虫もあっという間に大きくなる。
 なかなかに厄介な問題だった。

 翌朝。
 水やりの為に朝早く起き出したウェスペルに、心配したルーキフェルも目をこすりながら付き添った。
「虫さんをうーといっしょにとるですお」
「るー、ありがとうですなの」
 そうして裏庭に出たふたりは、突然飛び立つ鳥にちょっと驚く。
「鳥さんは芽も食べちゃうですかお! こんどこそおにくうですお!!」
 ルーキフェルは思わずそう叫んだが、暫くして何かに気づいた。
「うー、ちょっとくるですお」
「なにかありましたなの?」
 ルーキフェルは指を口に当て、静かに、と合図を送る。
 それからいつも鳥がいる大きな木に、そうっと近づいていった。
「うー、みえますかお。あの大きな枝のところですお」
「あっ……!」
 そこには木の枝を組み合わせた鳥の巣がかかっていた。
 微かにぴいぴいという鳴き声も聞こえる。
 目を凝らしてよく見れば、親鳥がその巣に忙しそうに顔を突っ込んでいる。
「鳥さんのおうちですなの!」
「あと、たぶん、虫さんを食べてくれてますお」
 ふたりは顔を見合わせて、それはそれは嬉しそうに笑った。
 声をあげて鳥さんをびっくりさせないように、声を出さずににっこにこ笑った。

 畑に戻りながらも、ふたりはずっとにこにこしていた。
「鳥さんのひなは、なんびきぐらいですかなの」
「ぴいぴい鳴き声が聞こえたから、いっぱいいるですお」
「早く大きくなるといいですなの」
「いっぱい虫を食べるといいですお」
「ちょっとぐらいなら、なっぱも食べていいですなの」
 それから畑に水を撒いて、大きな虫さんもちょっと我慢して。
 明日からは鳥さんをびっくりさせないように、どうやって手入れをするかを相談しながら、畑仕事に精を出す。

 きっと鳥のヒナが巣立つ頃には、最初のブロッコリーが食べられるだろう。
 どっちも早く大きくなあれ。
 双子はその日を楽しみに、今日も元気に頑張るのだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

この度のご依頼、誠にありがとうございます。
おまかせノベルということで、何を書こうかと迷ったのですが。
おにくうを獲るところを詳細に書くのもどうかと思いましたので、おやさいにしてみました。
ブロッコリーの収穫時期などは、クリムゾンウェストでの出来事ということでご容赦いただけましたら。
おふたりのイメージから、大きく逸れていないようでしたら幸いです。
おまかせノベル -
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2019年05月23日

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