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『SleepからSheep 』
フューリト・クローバーka7146

 居眠りしていたら、知らないところだった。
 乗合馬車の御者が、終点を告げる。
 自分は何をしていたっけ。ああ、そうだ。乗合馬車に乗って、遠くの牧場へ依頼に行く予定だったのだ。春先に行われる羊の毛狩りの手伝いだった。もふもふが大好きなフューリト・クローバー(ka7146)にとっては、ちょうど良い依頼だったので、喜んで受けた。牧場は、馬車で1日ほどかかる場所にあった。乗合馬車を3回乗り継いで、ようやく到着するようなところだった。終点まで乗ってしまえばいいので、フューリトは春の陽気と、もふもふの羊たちにわくわくしながら、いつの間にか寝ていたのだった。
 荷物の入ったリュックサックを膝の上に乗っけて、ぎゅっと抱きしめて眠っていた。長時間の移動に備えて、お尻が痛くならないよう、持ってきたクッションを椅子の上に引いている。ごとごと揺れる馬車は、なんだか揺り籠じみていて心地が良かった。
 いつの間にか寝ているのは、フューリトにとって良くあることだった。うっかり眠ったことで大地とキスしたり、馬車を降り過ごしたりすることもあるけれど、悪いことばかりでもなかった。ともに行動するポロウとだって、居眠りの縁で結ばれたからだ。
 まだぽやぽやした頭で、フューリトは馬車を降りた。
 御者が気を利かせてか、フューリトがどこへ行くのか尋ねた。
「この先の牧場に行くの」
 と、答えると、御者は丁寧に道を教えてくれた。ついでに、ちょっと前に雨が降ったので、森の中へ行くときはくれぐれも泥濘に注意するようにと言った。
「ありがとー」
 と、フューリトはお礼を言って、来た道を戻る御者に手を降った。
 予定より早くついてしまった。今日の夕方までに到着すれば良いと言われていたが、今はまだお昼を過ぎたくらいだ。
 かといっても、この辺りには牧草地くらいしかなく、手頃に時間を潰せる場所もない。
 見渡す限り、ずーっと草原と地平線には森があった。道はひたすらまっすぐで、乗合馬車乗り場には、粗末な看板と吹きさらしのベンチがあるだけだ。
「よし、歩こー」
 フューリトはリュックサックを背負い直して歩き出した。

 しばらく歩いて行くと、森が深くなり二股の道に出くわした。
 フューリトは地図を確認する。依頼を引き受けた時に渡された資料のひとつだ。正しい道は左のようだった。さっきの御者も、左のほうを指差していた。だから左が正解なのだろう。
「よし」
 と、左へ歩き出そうとしたのだが、フューリトの第六感が『右も気になるよ』と告げていた。
「んー」
 正しい道は左だ。しかし、こういった直感を無視できるフューリトではなかった。何より、フューリトは風に乗って鳴き声を聞いた気がした。
 魔導スマートフォンを見れば、まだ時間はある。
「気になるなら、行ってみないとだよね」
 フューリトは鳴き声に誘われるように、右の道を歩き始めた。

 その道を進むと徐々に森が深くなっていき、高い木々が日差しを遮っていた。春になって暖かくなった日和であるが、こうなると、些か寒くもあった。
「誰かいるのー?」
 確信はないが、フューリトにはそんな気配があって呼びかける。
 声は森の中にシンと染み渡った。
 しばらく耳をすましているが、返事がないので再び歩き出そうとした時、弱々しい羊の鳴き声が聞こえた。
「君はどこにいるの?」
 今度は確かな口調でフューリトが問いかける。羊の方も、確かに鳴き声で答えた。
 フューリトは鳴き声のする方にあたりをつけて、駆け足で近付く。しばらく進むと、急に足がもつれた。
「うわっ、と……!」
 腕を使って、なんとかバランスを取る。
 地面がぬかるんでいるのだ。そういえば、御者が数日前にこの辺りに雨が降ったとか言っていたはずだ。
 でも、羊はこの先から聞こえた。フューリトは羊がどんな状態にあるか察したのだった。
「待っててね、すぐ行くよ」
 転ばないように、ゆっくり大股で歩いて行く。
 さらにもう少し草をかき分けて進むと、一際深くなった泥沼にはまっている羊を発見した。
「そこにいたんだね」
 見つけたことにホッとした。
「いま助けるからね」
 フューリトはリュックサックの中の、着替え用の洋服などを結んで、簡易の縄を作り羊に結びつけ、救出活動を開始した。

 羊を助けた時には、フューリトも泥だらけになっていた。額を流れる汗を手の甲で拭うのだが、手にも泥がついているので顔が汚れてしまう。
 しっかりとした地面の上で、フューリトは大樹を背もたれにして座っている。隣には泥だらけで、ふかふかの毛並みが台無しの羊がいた。
「どーして、こんなところにいるの?」
 言葉を理解しているかわからないが、羊はツンとした表情だ。
「どこから来たの?」
 この辺りの、牧場が管理している一匹が逃げ出したのだろう、と推測できた。
「汚れたままで気持ち悪くない?」
 羊は答えない。
 まだ時間はあるので、ぎりぎりまで、フューリトはぼんやり座って過ごした。
 魔導スマートフォンが16時を示した時、ようやくフューリトは立ち上がった。
「君はまだここにいる? 僕は行くけど……。ここにいるなら、また来るね」
 ぽんぽん、とフューリトは羊の頭を撫でてから歩き出した。
 羊は微動だにしなかったが、振り返ってみると、のっそりと羊はフューリトの後をついてきていた。
「一緒に行こ」
 フューリトは意気揚々と歩き出した。

 依頼主の牧場の主は、泥だらけのフューリトを見て瞠目した。そして、彼女の後ろに泥にまみれた羊がいることに、さらに目を白黒させた。
「森の中で会ったの。もしかして、ここに羊さん?」
 依頼主はそうだと答えた。
 数日前に1匹の羊が脱走したのだと言う。それがこの羊なのだそうだ。
「へえ、そうだったんだ」
 羊はぶるりと唇を震わせた。
「もしかして……毛を刈られるのが嫌なの?」
 図星なのか、羊は目を逸らす。
「大丈夫。僕も一緒にいるから、怖くないよ。これから暑くなるから、そのままだと大変だよ?」
 そんな、会話をしているとしか見えない光景を、依頼主はぽかんと見ていた。
 とにかく、風呂を沸かすから体を洗ってくるように、とフューリトに勧めた。

 翌日から羊毛刈りは開始された。
 脱走した羊は、気性が荒い性質なのだか、フューリトといるときは何故か大人しかった。
 毛を刈るのは、牧場の人間がやるので、フューリトは道具を出したり、刈られた羊毛を集めたりして働いた。
 牧羊犬も、仕事がなければ楽しそうにフューリトの周りを飛び跳ねている。
 不思議なこともあるもんだ、と依頼主は羊の毛を鋏で刈りながら思った。
 そんな夏の手前の、ある日常があったのだった。
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ファナティックブラッド
2019年05月24日

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