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『罪の在り処と願いの正当性 』
エアルドフリスka1856

「――なぁっ、お前――様の弟子だろう!?」
 工房に戻ろうとした直前、唐突に飛び出して来て男に対して、エアルドフリス(ka1856)は軽く眉を潜めた。
 どうやら師匠の客らしい、それも門前払いを食らった系の。取り合わずに振り払おうとしたのだが、なかなかにしつこい、人違いだと言ってどこかで時間を潰し、ほとぼりが冷めるのを待てばいいだけの話だが、男の口から叫ばれた一言がやけに耳に残った。
「――助けて欲しいんだ!」

 ――追い詰められた人間は嫌いだ。
 余裕がなくて、そのせいで見るべきものも見えなくなってしまう。リスクから目を覆い、短絡的な選択こそが最善だと思いこんでしまう。
 そのリスクが自分を見逃してくれるだなんて、都合のいい幻想に過ぎないのに。

 何も答える事のないまま、エアは男の言い分だけを一方的に聞いていた。
 どうやら彼はとある地域の事柄を挽回するために、師匠の手を借りたかったらしい。
 方法はなるほど、理屈こそわかるが疑問点の多い手段だ、懸念の多くを都合よく無視してるように聞こえる。
 勝算は四割あるかもしれないが、決して高いとは言えない。手を出しちゃいけない話だとわかるし、そんな義理だってない。エアは男の手を振り払うと工房への歩みを再開する。

「師匠にもダメって言われたんだろ、アンタ」
 その一言だけを言い捨てて、工房に入り扉を閉じた。
 師匠ですら取り合わないのだ、自分にどうこう出来る話であるはずがない。そもそも最初から、自分に誰かを救うなどと。

 …………。

 その男は数日して再び師匠の元を訪れていた。
 悲壮な表情は決死とでもいうべきか、恐らくこれが最後の交渉なのだろうとエアにも察しがついた。
「奥に行ってろ」
「…………はい」
 師匠の無骨な指示にエアは黙って従う、もっと冴えた方法が見つかっていれば、誰もがこんなにも苦しむ必要なんてなかっただろうに。

 暫し、奥の作業部屋で日課と点検をこなしていた。
 幸い何も考えなくても出来る事ばかりだったけれど、余り身を入れることは出来なかった。
 外の話し合いなんて自分に関係ないというのに、何を待っているというのだろう、師匠が答えをくれるのを?
 師匠が突っぱねてくれれば、エアが正しかったと証明される。余計なリスクなんて抱え込むべきじゃない、大人として、それが示すべき手本のはずだ。
 客を見送り、師匠が部屋に入ってくると、エアは顔を上げて師匠の言葉を待った。
 エアの眼差しから何を感じ取ったのか、師匠はバツが悪そうに自分の決定を告げる。

「数日此処を空ける」
「行くんですか?」
 意外だった、師匠ならあれを跳ね除けると思っていたから。
「気は進まないんだが……」
 説得されたのだという。碌な事にならないのはわかっているだろうに、力を尽くすと、そう約束してしまった。
 なんでだというのか、不服だし、不満だったけど、エアはそれを口に出す事は出来なかった。
 それを否定することはかつてエアを抱え込んでくれた誰かを否定する事になる、それはどう見ても間違った事だったけれど、エアにだって感じ入るものはあったのだ、心の墓標を蹴りつけるような真似など、出来るはずもなかった。
「という訳で留守を頼む、まだ処理中の薬材があったな、ダメにするなよ」
「心得ています」
 少し鬱陶しさを滲ませて言うエアに、師匠は気のいい笑みを見せて頭を撫でてくる。鬱陶しさは逆に加算されて、ふいとそっぽを向いたエアは小さくごちる。
「子供じゃあるまいし……」
 相手は三周りほど上なのだからこの扱いも仕方ないのか、ただそういうことをされると傷が沁みるから、今はやめて欲しかった。

 鬱屈とした気分のまま、師匠のいない数日を過ごした。
 師匠がいないのだから少し羽目を外しても良さそうなものだけれど、そんな気分にはなれなかったし、途中まで仕込んだ薬材を任された事が枷になって、結局は真面目に作業台へと向き合っている。

 更に数日を経て師匠が戻ってきた、連れはなく、どうやら一人で戻ってきたらしい。
「いかがでしたか」
「失敗して、殴られた」
 腫れた頬を隠すこともなく、あっけらかんと言って笑う師匠に、エアはまずきょとんとして、それから低い声を唸らせた。
「あいつら……」
 どうしてなのか、願いを抱いたのは彼らで、師匠の忠告を押し切ってまで助けを求めたのも彼らではないのか。
 叶わなかったからって師匠に当たる道理がどこにあるというのか、失敗した時の事を覚悟しなかったのは、身勝手ではないというのか。
 目の前にいたら代わりにぶん殴ってたものを、師匠は憤るエアの肩に手を置いて落ち着いた声をかける。
「いいんだ、こうなる事も覚悟してたから」
 じゃあなんで向かったというのだろう、師匠に促されて工房に入りながら、エアはその話を問いかけていた。

 グラスの中で酒の琥珀色が光揺れる、パイプから煙をくゆらせながら、師匠はエアの問いを考え込んで、一言で返していた。
「俺がそうしたいと思ったからだな」
「……師匠には損しかなかったのに?」
 子供じみた問いだったのだろうか、師匠はふっと口元を綻ばせる、かといってエアの言葉を否定する事もなく、俺は俺のやりたい事が出来たよと穏やかな言葉を告げる。
「実のところ、あいつらの見立てはそこまで悪いものじゃなかった。勿論失敗の公算は高かったが、最大限足掻いたものだと思う」
 何もしない事が一番安全なのはわかりきってたが、それは未来を保証するものではない。
 夢を見れるだけの空間はあったのだ、ただ、それは現実とならなかっただけで。
 失敗したというだけでは済んでない、そうじゃなければ師匠は殴られてなかった。そもそも夢を見なければ何も失われる事はなかったんじゃないかと、思うままに呟いていた。
「何かを失うのは、良くない事のはずです」
「そりゃあいい事とは言えないだろうな」
 でも何かを得ようとするのは悪い事か? と問いかけられてエアは言葉を詰まらせた。
 悪い事じゃないのだ、ただそうして欲しくなかっただけ。
 師匠は椅子の向きを窓外へと向けると、結果論で善悪は語れないと投げかけてきた。
「……それに、師匠は非もないのに恨まれて」
「それは違うぞ、わかってて手を貸した時点で俺はあいつらと概ね同罪だ」
 リスクを承知していたと師匠は言う、俺も、あいつらもだと、言い聞かせるように強い言葉が重ねられた。

「俺は全部覚悟した上で赴いた、逆恨みの可能性も考えた上で、それでもいいから、彼らの願いに手を貸したいと思った」
「そこまでして、どうして」
「話を聞いてる内に、彼らの望みが俺の望みになったからだ、自分の願いのためにした事だから、全部受け止められる」
 師匠の言葉をかみしめる、師匠の結論は師匠のもので、エアの思いとは何一つ重ねられる所はない。
 でもきっと憧れた、その強さとでも言うべきものは、エアが持ち合わせていなかったものだから。

「人の命がかかるとしても……師匠は同じ事が言えますか」
「慎重にはなる、だが俺の結論は変わらない。出来るのに目をそむける事が、何かをして他人を死なせる事よりマシだとは思わない」
 何もしない事が罪深いと言われたから、罪を忌避するこの身はきっとそれだけで息が出来るようになった。
 師匠のようには出来そうもない、けど少しだけ手を伸ばす理由を得たと、そう思えるようになったから。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

お察しの事だと思いますが、このノベルはリプレイの時の想定とかなり異なったルートを辿ってます。
何分リプレイをお渡しした時は例の魔女さんが『逆恨みとか知ったことないネェ』みたいな事を言ってエアさんがその傲慢さを見てるうちにバカバカしくなって卑屈さが中和された……みたいな話を想定してたので。
(エアさんの卑屈さをピンポイントで粉砕する)魔女様の暴言集みたいなものすらあるのですが……殆ど使えてません。

魔女様の唯我独尊ルートとダンディなお手本ルートどっちを辿るかは最後まで悩んでたのですが……
オーダーと体裁を鑑みてダンディルートになりました。
魔女様ルートの場合、魔女様がエアさんのしこりを把握する状況になる必要があるので、酒と暴言が入り交じる八つ当たり殴り合いみたいな話になるので、こう……。
それでも数時間をかけて問答を仕上げ、私なりの別ルートにしたつもりです。
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ファナティックブラッド
2019年05月24日

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