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『過去と未来の真ん中で 』
アリオーシュ・アルセイデスka3164

「……晴れてよかった」
 そっと言葉が零れた。アリオーシュ・アルセイデス(ka3164)が見遣る頭上には一面に広がる青と所々に混じる白が描かれている。空を泳ぐ魚はゆっくりと同じ方向を目指し進んでいて、この光景は今だけのもので刻一刻と移り変わっている筈なのに不思議と既視感を抱かせた。子供の頃の、世界の残酷な現実をどこか夢物語のように思っていた時に母と妹と三人で見たような。思い出せば苦い感情が胸の奥でじわりと滲み上手く笑えなくなる。それでも今こうして呼吸をしているからには、自らの理想の為に歩んでいかなければ。ふと湧き立つ義務感とそれ以上の希望を抱いて、アリオーシュは地面に膝をついた。抱えた花束二つが擦れて音を立てる。振り返れば叔父が少し離れた所で遠くを眺めている姿があり、不器用な気遣いに微笑が浮かぶ。彼に頼られる男になりたいと思う反面、いつまでも自分を子供扱いしそうな予感もする。それも嬉しいことだと素直に感じた。五年後、十年後となったら気恥ずかしくなるかもしれない。
 墓碑の前に花束を一つ添えて、静かに祈りを捧げる。記憶の中の姿は何年経っても変わらないまま、生きている人間は否応なしに進む。少しずつでも成長出来ているだろうか、誇らしいと思ってくれるだろうかと、問いかけてみたくて、答えを聞くのが怖いとも思う。それでもあの日叔父が死んでほしくないと願ってくれたからここにいるのだ。そして今度は誰かが生きる為の力になりたい。
 そう改めて強く感じていたことも影響したのだろう、と後になって思う。叔父と別れ別の場所へ向かう道すがら、橋の欄干を掴んで身を乗り出している人を見た瞬間、自殺者だと思い駆け寄ったのは咄嗟のことだった。――目の前で誰かが死ぬ場面なんてもう見たくない。そんな気持ちで一杯で、相手が知り合いということにも半ば強引に抱き留めて顔を見るまで少しも気付かなかった。

 大丈夫ですかと、つい十分程前に自分がかけた言葉が返ってきて、アリオーシュは少々気まずいものを感じながらも、平気ですと笑い返し顔の横で軽く手を振ってみせた。二人が座るテーブルの所に丁度器用にトレイを抱え持ったウェイトレスがやってきて、魚料理と肉料理、野菜サラダにスープと特にこだわりも共通点もない皿が所狭しと並べられる。尤もアリオーシュと同席している女性のどちらが注文した物か判断しかねる様子だったが。男とはいえ、友人知人からは見た目に依らずという表現が必ず付け加えられる程大食漢のイメージがないアリオーシュに、一回り近く上の年齢ながら健康的で溌剌とした印象の女性を比べると微妙なラインではあると、てきぱきした動きに上げずじまいだった腕を見つめて思う。味方への回復補助がメインの聖導士といえども、騎士を目指して修練しているというのにあまりつかない筋肉が恨めしい。親友の顔がふと思い浮かんで、
(今頃くしゃみでもしてそうだ)
 と胸中で呟きながら自分が注文した分の料理――既に置かれていた物を含めて大半を占める――を引き寄せるアリオーシュの顔色は血の気が引いて真っ青だと心配されていたのとは真逆に、紅潮している自覚があった。それでも笑えるだけ恥を掻くのも悪くないと思える。
「冷めないうちに食べましょう」
 そう促すと、女性も躊躇いがちではあるが頷いてくれた。自身は余程のことがない限りは婦女子は敬うべき相手と思っているので対応も一貫しているが、向こうからすると住んでいる街の歪虚退治があった時に少しだけ話したことがあるハンターに過ぎない。おまけに突風で流された帽子を呆然と見下ろしていたら自殺志願と勘違いされたのが再会の原因だ。正直に言えばアリオーシュも吹っ切れてはいない。
「自分の勘違いでご迷惑をお掛けして申し訳ないです」
 改めて謝罪の言葉を口にすれば彼女は勢いよく首を振る。そして、私があなたの立場でも同じことをしますよと返して微笑む。トーンも表情も柔らかいものだが、瞳だけは違う色を描いた。苦悶に歪む叔父の目を思い出す。妹の最期がよぎった時の自分もおそらく同じだ。己の無力さに苛まれ、一歩進むことにすら嫌気が差す。――守るべき者を守れなかった者の眼差し。女性は雑魔に襲われて夫と子供を亡くし、惨劇を目の当たりにして自らも消えない傷を負った。それも一致している。
 ハンターは被害が起き、かつそれが生きている人間に伝わって初めて、依頼としてオフィスに張り出されて知ることになる。全てが誰かの犠牲の上に成り立っているわけではなく、命からがら逃げ出した、あるいは衛兵が駆けつけて事なきを得たケースも少なくない。それでも一般人には抵抗のしようがない、盗賊の類のようにもしかしたら話が通じるという希望もない、絶望的な状況に置かれるのが現実だ。自分と同じ思いをする人を余さず救うことが出来ないのがもどかしい。しかし。
(――それで腐っていたら救えるものも救えない)
 フォークを掴む手に力が入った。それを意識して緩める。
「何か……もしも何か困っていることがあるなら、自分に遠慮なく言って下さい。つらいのは重々承知しています。――それでもどうか、生きることを諦めないで」
 身勝手でも、そう願わずにいられない。叔父の言葉に絶望に飲み込まれた己は救われたから。誰かを守りたいと心の底から思う。無論、口約束に留めるつもりもなかった。今は遠い理想を夢絵空事と終わらせてしまっては、何も変える事が出来ない。そう信じるが故に無責任な慰めを厭う。
 女性は瞬きして、食べかけの皿に視線を落とす。伏せた瞳を囲う睫毛が滴って、擦るようにそれが拭われた。再びこちらを向いた頃には化粧に隠れていたクマが浮き彫りになっている。笑顔と溜め息に途方もない疲れが窺えた。生きるのってこんなに大変だったんですね、そう言って笑う。でも、と一度言葉を区切り、しばし二人のテーブルにだけ沈黙が降りた。
 そして告げられた生きますという意思表明には重いものが感じられた。アリオーシュは首を振る。
「……一週間」
 え、と女性の困惑する声。
「一週間生きて駄目だと思ったら自分に言って下さい」
 隣の椅子に置いた花束からメッセージカードを拾い上げ、胸ポケットのペンを取り出すと自身の連絡先を見間違えがないよう丁寧に心がけて書き記した。それを差し出して続ける。
「悪くないと思えたならもう一週間だけ。そんな小さな歩みでいいんだと自分は……俺は思います。生きることってきっと」
(案外シンプルだ)
 一分一秒さえ喪った人の分まで生きると背負い込まなければ。一人で全世界の人を救うなんて無謀で、けれど自分と関わりのある人たちなら守れると信じたい。守れる騎士になる。
 おずおずと伸びる手がカードを受け取った。文字を目で追い、いいんですかと問われる。
「大丈夫ですよ。メッセージはきちんと口にして伝えますから」
 手向けの花束と別に用意していたのは感謝の花束。同業の友人たちに普段は照れてしまうことを伝える為のもの。動機付けがなくても想いは本物だから臆せず言える。
 ありがとうございますと、これからもよろしくお願いします。告げたら何て返ってくるだろうと考えながらアリオーシュは微笑む。カードを握る女性の手のひらに再び雫が落ちて、そして見えた自分と同じ表情に、胸が熱くなるのを感じずにはいられなかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
妹さんの最期のことや沈んでいる時期のお話は既に
描かれているので、前を向いて頑張っている現在の
アリオーシュさんの姿を書きたい気持ちが強かったです。
一度深い絶望に襲われた人だからこそ、他人に手を
差し伸べられるような強い人間になれると思います。
今回は本当にありがとうございました!
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2019年05月24日

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