▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『重力に逆らって 』
夢路 まよいka1328

 夢路 まよい(ka1328)は舌先で溶けていく砂糖の甘みを味わっていた。同時に手にしたナイフで、円錐形の砂糖の塊を切り落とす。円錐形なのは、砂糖を運びやすくするために固めてあるのだそう。そのままではシュガーポットに入らないので切るなり砕くなりして、適度な大きさに分ける必要があった。
 数時間前まで、まよいは雑魔退治をしていた。依頼主は砂糖農家で、畑の近くに雑魔が出現して作業がままならないから至急退治してくれとの依頼だった。
 まよいは早速現場に向かい、雑魔と対峙した。
 雑魔は青い蝶だった。たくさんの蝶が、畑で働く人に細長い口吻を突き刺して血液を抜き取るのだという。幸い、強い個体ではないので死人は出ていないが、複数の蝶にたかられて死にかけた人は複数いた。その人たちも今はベッドの上でゆっくりと回復している最中だ。
 とにかく、このままでは作業ができないというのが依頼人の主な訴えだった。
(さて……)
 まよいは帽子をかぶり直して、青く輝く翅を動かす蝶を見据える。
(数が多いけど……、手荒なことはできないかな)
 彼らは畑の上を舞っている。広範囲の無差別攻撃魔法で一網打尽にするのが楽な手段だが、それでは砂糖の元になる野菜までダメージを負ってしまう。依頼主からは畑に被害を出すなと言われている。
 ただ、まよいが未だ動かないのは攻めあぐねているのではなく、──想像以上に蝶が綺麗だったからだ。
(でも、壊さないとね)
(壊れる時も……綺麗かな?)
 まよいは指鉄砲を、1匹の蝶に向けた。そして、
「ばーん」
 という声とともに、マジックアローを放った。
 マテリアルで編まれた矢はまっすぐに飛んで蝶に命中し、それは砕けるように鱗粉を散らして消滅する。
「うん、やっぱり綺麗だね」
 蝶の一群は、この時はっきりとまよいを敵だと思ったらしい。複眼に嫌な輝きが灯った。彼らはその緩慢な羽ばたきからは想像できない速度でまよいに殺到する。
「ついておいで!」
 蝶がまよいを包み込む前に、まよいは杖にまたがって空に飛んだ。マジックフライトを発動したのだ。戦闘中に、畑を踏み荒らさないように戦場を空に移すためだ。
 舞い上がるまよいを、蝶が追いかける。
「結構速いなっ……と!」
 まよいは体を縮めて、横にローリングする。それによってできた隙間を蝶の群れが駆け抜けていった。翅が壊れるのではないかというほどの羽音が耳を掠める。
 方向転換して再び向かってくる蝶の群れにまよいはフォースリングにマテリアルを込めて5本のマジックアローを放つ。
 しゃぼん玉が爆ぜるように矢の命中した蝶が霧散した。だが、それで止まる敵ではない。
「う、わっ……!」
 視界が蝶に埋め尽くされる。思わずまよいは瞼を閉じた。何体かは口吻を伸ばして吸血しようとするが、まよいはそれを振り払う。
 目の前でばたつかれるために、まともに目を開くことができない。
(こうなったら──)
 まよいは両手で杖をしっかり持って、体を下に回転させる。つまり、杖には両手でしがみついて、胴体は宙ぶらりんにしたのだ。まよいの細腕に、自分の体重が乗っかる。重くない、といえば流石に嘘だ。だが、蝶の群れから一時的に逃れたことで、視界が確保できた。
 再び5本の矢を放ち、敵を輝く鱗粉に変えていく。だが、敵の数がどうにも多い。やはり強力な範囲攻撃魔法が必要だ。
(なら……)
 一度、深く高度を落としながら、再び杖にまたがり、今度はほぼ地上と垂直になるくらいの角度で急上昇する。
 丁寧に梳かした髪の毛が乱れるのがわかった。ふわふわのスカートは、押し付けられて固い表情になっている。鼓膜は過ぎ去っていく風の音がびゅうびゅううるさかった。それでも、帽子だけは置き去りにしないように手で抑えている。
(もっと上へ──!)
 蝶は、まよいを追尾する巨大な鏃となっている。優雅な見た目が行動の凶悪さを引き立てていた。
 まよいは最高速度で上昇するが、蝶の速度も劣るとことはない──いや、少しだけ蝶の方が速かった。
 もしまよいが攻撃のためにふり向き速度を落とそうものなら、その瞬間に彼女を包囲してしまうだろう。
(一気に片付ける。だから──)
 すでに、地上は遠くなっている。墜落したらただでは済まないだろう。しかし、まよいの思惑には高さが必要だった。墜落しても、すぐには地面に接触しない高さが条件だった。
(さあ──堕ちるのは、あなたたち)
(地上にいると空を夢見るけど、一度飛んでしまったら落ちるしかない)
「だったら私は、その瞬間だって自分で決めるよ」
 天に向かう体勢のまま、まよいは一瞬、杖から手を離した。秒にすら満たない刹那とない時間というのもおこがましい、空白のような出来事。
 だが、それだけで充分。マジックフライトは効果時間の残量に関わらず、対象となっている武器から手を離した瞬間、飛行状態は解除される。
 ──この瞬間から、まよいは墜落を開始する。
 上昇した過程を逆再生するように、落下していく。
 それには、追尾していた蝶たちも驚いたらしい。思わず、彼らはまよいの体を避けるように群の中にぽっかり穴を開けた。
 その穴をまよいは落ちて、堕ちて、墜ちて、にっこり笑った。
「これまでよ。さようなら」
 蝶のトンネルをくぐり抜け、充分な距離を測ってから、まよいはマジックフライトを再度発動する。姿勢制御を一瞬のうちに完了させて、まよいは杖の先を自分が落ちて来た穴に向けた。つまりは、射線が通っている穴に向かって。
「全てを無に帰せ……ブラックホールカノン!」
 蝶の群れのど真ん中に打ち込まれた、紫の球体は一瞬のうちに広がって、重力の檻に蝶たちを閉じ込めた。
 1匹たりとも逃れることはできなかった。重力によって動くことすらままならない蝶の姿はさながら静止画だ。紫と青の対比は、美しい悪夢だった。
 それも一瞬の出来事。すぐに蝶は歪み、収縮するように圧壊した。
 鱗粉がきらきら舞う様子は、さながらカーテンコールの別れの挨拶。
 まよいはそれを見届けて、ゆっくり高度を下げていき、両足で地面とキスするように着地する。
 マジックアローで片付けるには敵の数が多すぎる。かといってブラックホールカノンは地表では畑を巻き込むので撃てない。また、空中で自分も重力魔法に巻き込まれてしまっては、飛行状態を保てず畑に墜落してしまう。それは痛いし畑も傷つくから嫌だった。敵の速度から逃げられないのなら、相手が自分を避けざるを得ない状況を作ってしまえばいい。だから、墜落してみたのだ。
「これで終わり」
 まよいはスカートの襞を直し、帽子を脱いで髪の毛を整えるのだった。

 そして話は冒頭に戻るのだが、砂糖農家は経済的に困窮していたらしく、円錐形の砂糖の塊を、今回の報酬として金銭の代わりに渡された。
 一抱えもあるそれを、まよいはどう消費すればいいか考えた。農家の方も、砂糖が何に使えるか、いろいろレクチャーしてくれた。お菓子のレシピが書かれた紙束も付けてくれた。
(友達と一緒にお菓子作りしてもいいかも。結構な量を作らなきゃ、消費できないだろうし。ああ、そういえばしゃぼん玉に使うこともできるんだっけ)
 科学的なことはわからないが、しゃぼん液に砂糖を入れると、しゃぼん玉が割れにくくなるらしい。
(そもそも……こんな量を一息に食べてしまっては太っちゃう)
(重くなっては、空を飛べないわ)
 砂糖の甘くない話を考えて振るったナイフに削られた白い塊が、ごろりところがった。
おまかせノベル -
ゆくなが クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年05月27日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.