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『日々の感謝を 』
深守・H・大樹ka7084

 風は少ないけれど、充分に涼しい。
 朝焼けを迎えてから少しずつ明るくなってきている街中を、深守・H・大樹(ka7084)はリオンとリアンの先導で歩いていく。
「うん、今日もいい天気だよね」
 仰いだ空にかかる雲を眺める。変幻自在だからこそ、いつも新しい形に出会えるから。気が付くと見上げてしまうのだ。

 早朝の街に響く声はそう多くないけれど、皆無ではない。
 公園までの道にはいくつもの店が並んでいて、開店前の準備に追われる人々を相手に、朝の挨拶を交わすのが日課の一部なのだ。
「ありがとう! 帰ったら伝えておくね」
 恰幅のいい魚屋の奥方の声に微笑んで返す。ひなた用に、魚のお頭をとっておいてくれるとのこと。家に戻ったら声をかけておけばいい、きっと自分で貰いに行くだろう。
 はじめの頃こそ恐縮してばかりだったのだけれど、何度も繰り返すうちに当たり前になった。
 ママさんの代わりに買いものに来た時も、ひなたの分だと言っておまけしてもらえるくらいの仲だ。流石に毎回は悪いと思っているから、何か良いものがあったらお礼をしようといつも心に留め置いている。
(だいぶ暖かくなってきたけど、ハンドクリームって、どうなのかな?)
 冬場に喜ばれたのは記憶に新しい。クリスマス、ママさんにと選んだときにわざと多めに買ったものをおすそ分けしたのだ。
「暑くなっても使えるものの方がいい気はするけど……」
 首を傾げると同時に足が止まっていたらしい。伺うような視線を感じて見下ろせば、リアンが真似をするように首を傾げていた。
「あっ」
 リオンは少し先に居るが、やはりこちらを振り返っている。
「ごめんね、すぐに行くよ」

 公園内の散歩道をのんびりと、そして時には競う様に駆けて。
 軽い運動をこなしてからの帰り道は、往路よりも賑わいが増えている。
 肉屋の店主の豪快な声が聞こえて、二頭は尻尾を目いっぱい振って駆け寄っていく。仕込みで出た、売り物にできない端肉や骨の欠片。散歩の終わりにおやつとしてわけてもらうのが二頭にとっての楽しみなのだ。
「いつも助かってるよ」
 軽く頭を下げれば、捨てる手間が省けるからお互い様だと笑顔が返る。
「あっ、夕方はいつものをお願いするね」
 その言葉だけで伝わっている証拠に、ササミを脇に取り分けておいてくれる店主。夕方の散歩ではメンバーが一羽増えるので、その分である。お代は引き取る夕方払いだ。
 今日はいつも頼んでいるササミだけれど、時折別の、ちょっとだけ高い肉を頼むことで、日々の感謝を伝えるようにしている。とはいえ何かの記念日だとか。切欠があるときに限られてしまうのだけれど。
(何事もほどほどに……って、加減がわからない時期もあったよね)
 はじめは二頭のおやつにも、魚屋で貰うお頭にも。対価を払うと主張していた大樹である。今の状態に落ち着くまで、つまり大樹が好意のやり取り、その塩梅をそれなりにわかるようになるまで。ここの店主は助言という名の豪快な拳骨をくれていた。
(パパさんとママさんが、多分話してくれていたんだよね)
 今でこそそう分かるのだけれど、当時は本当に意味が分からなくて。上手くいかずに悔しくなったり、嫌われているのかと怯えたり、とにかく、部屋で落ち込んだりもしていたものだ。

 オフィスで仕事を請けていない日は基本的に自由に過ごしている。
 とはいえ、今の大樹は手掛けているものがあるのだ。だから最近は、空いた時間の大半を自室に籠もって過ごしている。
「そろそろ仕上げたいな……」
 引き出しから取り出した道具箱。余計な傷がつかないように布にくるんだものをひとつずつ、机の上に並べていく。
 赤く輝く石は、できるだけ真球のそれに近づけられたらいいと日々願いを籠めて磨いている。土台というよりも装飾となる金色のパーツは球をぐるりと囲むように光の揺らぎを演出したものだ。その中心に空いた穴にぴったりと嵌るようになるまで、表面をより滑らかになるまで、あと少しのはずだ。
 青みの強い玉虫色の石は小さめなものを三個。ほんの一滴では示せないと頭を捻り、ならばと今の家族、ヒトの数に決めた。銀色のパーツは石の先端に埋め込むことで石の形を損なわないようにするつもりだ。問題はうまく穴をあけられるかなのだけれど。くず石での練習を繰り返している今、状況は悪くない、と思う。
 深い青を閉じ込めた石の形は、なかなか決まらなかった。籠めたい想いに重ねて決めているというのに、どこか意図と食い違ったみかけになりそうで。いくつかの案のなかで最終的に選んだのは翼。白金色の透かしパーツの穴、一つ一つに磨いた石の欠片を埋め込むことになったのだが、まだ隙間は多く残っている。何故なら翼は二枚あるのだから。
 鮮やかな緑の石は始めから小さく砕くと決まっていた。土台となる鈍色のパーツはシンプルなダイヤ型。そこに、何日もかけて細かな濃淡を確認し、仕分けた欠片を美しいグラデーションを描くように敷き詰めていく。一日に一層仕上げられたらいい方で、まとまった時間が取れなければ着手できないのが唯一の難点だった。
 母の日と、父の日。それぞれで二つずつ渡すための小さな飾りは、もうすぐ日の目を見る予定だ。
 空が原石を見つけてきた、その時に思い描いた装飾品は、実際に作り始めて見れば随分とまた時間の必要な代物だった。道具を揃えるまでは良かったけれど、デザインに悩んでいるうちにバレンタイン直前になってしまっていたのだ。結局、二月の贈り物は手製の料理になってしまったのだけれど、それはそれで皆に喜んでもらえた。
(あの時は焦ったけど。でも)
 逆に考える事で、大樹はむしろ良かったと思えるようになった。
(ゆっくり考えて、じっくり手掛けられるって。そう思ったらよりやる気がでたからね)
 そもそも素材は拾ってきた原石だ。その素材調達の段階からしっかり厳選して、時に石の種類を調べいわれている言葉を確認して。新しい知識を得るきっかけにもなったというのも、あるけれど。
「家族に感謝を伝える日に、なんて一番ぴったりだよね?」
 今の養父母は勿論、母のように兄のように接してくれる彼等も。大樹にとっては大切な家族なのだから。

 夕方の散歩コースは、早朝に比べると、寄り道が多くなる。
「足りなくなっちゃって……在庫があってよかった」
 紙やすりの束を抱える大樹の口元には笑みが浮かんでいる。完成は間近で、渡すその日までに余裕もあった。素人なりにではあるが、完成度を高めるための時間を多くとれるということでもある。
「気持ちを籠めて居る分、喜んでもらえるはず……かあ」
 デザインやらパーツやら、何より加工についても相談に乗ってくれた金物屋の主人の太鼓判を貰ったというのも足取りが軽い理由だろうか。
「……え? うん、勿論。切欠になった空には特に感謝しているよ」
 滑空し、肩へと舞い降りてすぐに体を膨らませたその様子が、どこか胸を張っているように見えたのだ。単にそろそろ肉屋が近いというだけかもしれないけれど。
「お礼になるかはわからないけど。皆に渡す日はきっと夕食がご馳走になるだろうし……その日は、皆のごはんも少し贅沢にしようか」
 提案の形を取っているけれど、大樹が口にした時点でそれはもう決定事項だったりする。それを知っているから、リオンとリアンも元気よく尻尾を振っていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【ka7084/深守・H・大樹/男/30歳/疾影術士/想いと時間をありったけ】

植物が大きく育つには、活力あふれる太陽、調和の水、雲を呼ぶ高潔な風、足場を安定させる大地が必要なのです。
小さな家族達は日々を彩り、健やかさを助ける肥料なのかもしれません。
おまかせノベル -
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ファナティックブラッド
2019年05月27日

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