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『何でもない日の出来事 』
月居 渉la0081)&月居 愁也la2983


 初夏の日差しが街路を白っぽく照らしている。
 店の看板を据え付け、月居 渉(la0081)は空を仰いで目を細めた。
「こんな時間なのに、まだずいぶん明るいんだな」
 冬ならとっくに街灯が点いている時間だが、夏に向かうこの時期はどんどん夕暮れが遅くなる。
 渉のバイト先は割に早い時間から開いている大衆酒場だが、さすがにこう明るいと気分が出ないらしく、お客の出足も遅めだ。
「ま、一品の準備にはちょうどいいぐらいだけど」
 店に戻ると厨房に入り、冷蔵庫に入れておく小鉢の準備に取り掛かる。
 と思うと、扉が開いた。
「いらっしゃいま……」
 厨房から顔をのぞかせ、飛び切り愛想よくという訳ではないが、それなりに明るかった渉の声がすうっと消える。
「おーい、挨拶は接客業の基本だろ? 明るく元気よく、ハイもう一度!」
 にこにこ笑いながら店に入って来たのは、養父の月居 愁也(la2983)だった。
 渉は愁也の言葉を無視して、厨房に戻っていく。
「マスターならいないけど」
「ナニその塩対応。もちろん、知ってるよ。さっきそこで会ったからな」
 愁也は渉の反応を気にする様子もなく、勝手にカウンターの席につく。
「じゃあなんで来たんだ?」
「そりゃあ決まってるだろ? 可愛い息子が独りぼっちでお店にいて寂しがってるんじゃないかと、心配で心配で」
 愁也はオーバーリアクション気味に手を広げ、胡散臭いほどに顔を輝かせる。
「きちゃった(はぁと)」
 それにも反応せず、ただため息をつく渉。

 この養父はずっとこの調子だ。
 黙っていればなかなか渋いイケオジなのに、口を開くといろいろ台無しなのだ。
 しかも渉にやたら干渉してくる。
 反応するとよけいにウザ絡みしてくるので、無反応に徹するしかない。
 ……と思ってはいるが、まだ渉は16歳。
 この店で働けているのは、マスターが愁也の知人だからだし、それ以前の恩もある。
 なんだかんだで、ライセンサーとしては大先輩なのだから、尊敬の気持ちもないではない。
 それもあって、気が付けばいつも愁也のペースに巻き込まれてしまうのだ。

「あー喉乾いた。軽く一杯頼むわ」
「水でいいの?」
「待って。なんで水? あ、水も滴るイイ男って意味……」
「白湯にしようか。冷める前の熱々で」
 などと言いつつも、愁也のお気に入りのブランドのビールをロングショットのグラスで出す。
「おーこれこれ。くはー、生き返る!」
 死んでたのかよ。ゾンビかよ。
 愁也の言葉に、渉は心の中で突っ込む。
「それを飲んだら、他のお客が来る前に帰ってよ」
「そんなっ……!」
 愁也が『ひどいっ!』という顔で一瞬硬直すると、手にしたグラスがするっと滑る。
「ちょ、ま……ッ!!」
 思わず手を差し出した渉の目の前で、愁也は滑らせたグラスを見事に握り直した。
「あーはっはっは! いいなあ、素直な反応! おとーさんは嬉しい!」
「…………」
 がっくりと床にしゃがみこんだ渉の姿。店には上機嫌な愁也の笑い声が響いた。
 どう足掻いても、結局この養父には勝てないのだ。

 そんな風に過ごしているうちに、少しずつ他のお客も店にやってくる。
 愁也はカウンターの端っこに移り、なんだかんだで渉の邪魔にならないように静かに飲んでいた。
 とはいえ、酒場がにぎわい始めると、渉には愁也を構っている暇はない。
 注文を取り、料理を用意し、空いた食器を片付けて洗い、忙しく走り回っている。
 愁也はその姿を、穏やかな眼差しで見守っていた。


 ふたりが出会ったのは、10年余りも前のこと。
 その頃アメリカにいた愁也は、とある公園でくつろいでいて、サンドイッチの入った紙袋を盗まれた。
「あれ? どこ行った……あっ待て!!」
 小さな子供が、わかりやすいロゴの印刷された紙袋を掴んで走っていくではないか。
「おい、待てよ!」
 子供は素早く、あっという間に路地に駆け込んでいく。
 その後を追いかけた愁也は、何かの気配を察して素早く飛びあがる。
「とと……!」
 さっきまで愁也の脛があったあたりに、細いワイヤーが張られていたのだ。
「っぶねえなあ!!」
 ひらりと飛び越え、振り向いた愁也の目に、ワイヤーを放り出して逃げていく数人の子供の姿が映る。
 愁也の足は速く、あっという間に一番大きな子供においつくと、肩を掴んだ。
「おい、さっきの子の仲間か!?」
「離せよおっさん!!」
「おっさんじゃない、おにーさんだ!」
 大事なことをまず注意し、それから暴れる子供をしっかりと押さえる。
「さっきの子はどこ行った?」
「どこでもいいだろ! おっさんは金持ちだろ、サンドイッチぐらいくれたっていいじゃないか!」
「違うんだ、あのサンドイッチは……」
 愁也が説明するより先に、路地の奥まったところから悲鳴が聞こえる。
「あー、だからダメだって言ったのに……」
 愁也が額に手を当てて嘆息すると、子供は愁也の手を逃れてそちらへ走っていく。
「なんだよ、どうしたんだよ!!」
 後を追いかけた愁也は、そこで這いつくばる子供に同情するような、申し訳なさそうな視線を投げた。
「食べちゃったか……」
「おっさん、何を食べさせたんだよ!」
「あれ、スーパーレッドホットチリサンドっつって、普通は食えたもんじゃないんだ」
「じゃあなんで買うんだよ!!」
 愁也は真顔で答えた。
「そこにネタがあるなら、挑戦するのが人間ってものだろう?」
 子供はまるで宇宙人を見るような目で、愁也の顔をまじまじと見つめていた。

 それが渉との出会いだった。
 身内を突然亡くし、自分で生きるしかない子供。
 それほど珍しい存在ではないが、よくある不幸だからと言って当人が慰められるわけもない。
 渉はそのあたりの子供の世話をしながら、身を寄せ合うようにして生きていたのだ。
 だが鋭い目つきにもかかわらず、渉は他の戦災孤児とはちょっと違っていて、言葉遣いや行動にどこか育ちの良さを感じさせた。
 愁也は暫く一緒に過ごして話を聞き、渉の素質を見抜き、ライセンサーとなることを勧めた。
 初めは愁也を全く信用しなかった渉だが、次第にその話に耳を傾けるようになり、ついには共に日本に戻ることを承諾した。


 一通りの料理と酒が行きわたり、ようやく渉も一息つけるようになった。
 そこで養父の存在を思い出す。
「まだいたの?」
「いや流石にそれはないでしょ……?」
 愁也は新たな飲み物と軽食を注文した。
 それを運んできた渉を、楽しそうに見る。
「何? ニヤニヤして」
「いや、立派に育ったなーって思って」
「はあ?」
 愁也はグラスを口につけながら、やっぱり笑っている。
 空いているほうの手を腰の辺りで広げ、くるくると撫でるように動かす。
「いやー、こんなちっさい頃を思い出しちゃって。悪ガキの頃も可愛かったけど、こうしてバイトしてる姿がなんとも……」
「そっちは老けただけで、成長してないけどな」
 ぼそりと渉も反撃。
「いやいや、渋みを増してかっこよくなっただろ?」
「髭とパーマが胡散臭く似合ってるよ。どこかの芸人みたいに」
「それ褒めてないよな?」
「誰が褒めるって言った? というか、褒められるとか思ってた?」
「いいのかなあ? そんな生意気なこと言って。こっちに来たばっかりの頃、毎晩仲間を恋しがって……」
「おいやめろ、マジでやめろ」
 完全に同レベルの言い合いは、出会ってからずっと繰り返されてきた日常光景だ。

 愁也は必死に生きる渉を、なんとかしてやりたかった。
 年下の面倒をよく見て、危険なことには自分が立ち向かおうとする姿に、親近感のようなものを覚えたのもある。
 今では愁也の友人たちも、彼らをそっくりだと評している。
 ――もっともそんなことを言えば、渉は心の底から嫌そうにこちらを見るのだろうが。
(不思議だよな。血の繋がりがなくても似てるだなんて)
 愁也と共に暮らすうちに、渉が変わっていったのだろうか。
 あるいは元々の似た性質が、ふたりを結び付けたのか。
 もっと年齢が近ければ、愁也の側でも複雑な想いがあったかもしれない。
 だが大人としての余裕のせいか、今はただ日々を懸命に生きている渉の姿が眩しく嬉しかった。
(あと何年かしたら、酒を飲みながらいろいろ語り合えたりするのかな)
 その日が待ち遠しい。それでいて今のままが続いてほしいような気もする。
 愁也はそこでふと気づいた。
(ああでも、子供の頃に戻ってほしいとは思わないもんな。やっぱり成長した姿を見届けたいんだよな)
 なんでもない日常の出来事を、日々積み重ねながら。
 その日常が、明日も続くようにと祈りながら。
「なあ渉、乾杯しようぜ。好きなもん奢るよ」
「何に?」
「そうだなあ。きみの瞳n」
「言う相手、間違ってるよ」
 渉は冷たいグラスを、乾杯の要領で養父のおでこに遠慮なくぶつけた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

この度はご依頼、ありがとうございます。
おまかせノベルとはいえ、見知らぬ世界の出来事ですので、何を書こうか悩みましたが。
おふたりの設定を拝読して『出逢い捏造編』にしてみました。設定から大きく逸れていないといいな……と祈りつつ。
もしお楽しみいただけましたら、幸いです。
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年05月27日

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