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『袖振り合うも他生の縁 』
日暮 さくらla2809)& 狭間 久志la0848

●風のように疾く
 鎧に包まれた狼。そんな姿のナイトメアが群れを成して住宅街を駆け巡る。街中で悍ましい咆哮を上げると、人々は次々腰を抜かし、さあっと地面に倒れ込んだ。それでも後退りしようともがく人々を、狼の群れはそんな人々を弄ぶように、ぐるぐるとその周囲を歩き回る。その恐怖を駆り立てれば、人間の肉は旨味を増すとでも言わんばかりに。

 狭間 久志(la0848)はそんな群れの中へ颯爽と飛び込む。刀を抜き放ち、狼一匹の背後から飛び込む。太陽の光を浴びて、刀は白く閃いた。
「悪趣味な事をしてくれやがって」
 呟きながら、久志は刀を狼の首筋に振り下ろす。甲殻の隙間に刃が食い込み、狼はぴんと仰け反った。その一瞬の隙を突き、久志は狼の背中に乗り上げた。敵が暴れている間に、彼はさらに深々と刀を突き立て、切り裂く。体液が飛び散り、狼はぎゃんと吼えて地面に倒れた。
 突然狩場へ踏み込んできた久志を前に、狼は吼え合い彼を取り囲もうとする。群れをぐるりと見渡しながら、久志はへたり込む人々に叫ぶ。
「すぐ逃げろ。ここは何とかしてやる!」
 そう言われても、一度腰が抜けてしまったら中々立ち上がれない。その場で縮こまって、肩ではあはあと荒っぽい息を繰り返すばかりだ。そうこうしている間にも、狼はまとめて久志に飛び込んで来る。
 一匹目が黒々と輝く爪を振り下ろそうとする。久志は身を屈めて咄嗟に躱した。二匹目は巨大な口蓋を開いて頭上から飛び掛かってきた。久志は身を屈めたまま地面を蹴り、その腹の下を潜り抜ける。そのまま身を翻し、久志は狼の柔らかい腹を切り裂いた。そこへ更に、三匹目の狼が体当たりを仕掛けてきた。彼は腕の力だけで宙高くへと飛び上がり、そんな狼の背中へ飛び乗る。完全に狼を手玉へ取っていた。
「いいぞ。そうやってどんどん来い。纏めて相手してやるよ」
 荒んだ笑みを浮かべながら、久志は刀の切っ先をひょいひょいと揺らした。獣のような知能でも、挑発くらいは理解できる。狼は次々に遠吠えし、彼を取り囲もうと跳ね回った。久志も狼の動きに合わせて木の葉や流水のように駆け回る。
 狼の爪も牙も、久志の身体どころか、シールドにさえ傷をつけられない。すっかり弄ばれている。そんな戦いの様子を、日暮 さくら(la2809)は遠巻きにじっと見つめていた。
(……やはり、他人の空似とは思えません)
 今日の任務で居合わせた時から、久志の姿にさくらは見入っていた。と言っても、彼に一目惚れしたから、なんて理由ではない。彼の姿が、あんまりにも似過ぎているのだ。敵の攻撃を義経の八艘跳びが如くひらひらと躱し続ける姿が。
(しかし、今は真相を確かめている暇はありませんか)
 さくらは唇を結び直すと、刀も拳銃も納めたまま走る。戦いの傍らでへたり込んでいる人々の側に駆け寄ると、素早く一人を脇から抱え上げた。
「大丈夫です。私達が助けますから。早くここから離れてください」
 彼女は抱え上げた一人を傍の路地まで運んでいく。残された人々も、慌ててさくらの後を追いかけ、そのまま追い抜いていった。
「ここならしばらくは安心なはずです。このまま声を出さず、慎重に隠れていてください」
 さくらは路地の陰に一人を横たえさせる。彼は腰を抜かしたままだったが、息だけ殺してこくりこくりと頷いた。それを確かめると、彼女は眉を決して拳銃を引き抜く。ローレディで構えて、彼女は久志の立つ戦場へと舞い戻った。久志と狼が目まぐるしく上下左右その立ち位置を入れ替え続ける間に、彼女はじっくりと狼へ狙いを定めた。
 久志はさくらの姿を視界の端に捉える。狼三匹の真ん中に飛び降りると、彼は素早く一匹の首筋に刀を突き立てた。狼が暴れ出す間も無いうちに、彼は力任せに狼を捻り上げた。
「今だ」
 彼の言葉に合わせて、さくらは引き金を絞る。放たれた一発の銃弾が、狼の眼に突き刺さった。夥しい血が溢れだし、狼はその場にひっくり返る。
「まずは一匹」
 狼の身体が震えて動かなくなった。さくらは見届けると、刀を抜き放って一気に久志の傍まで飛び込んでいく。
「このまま連携で崩しましょう」
「連携か。……ついてこれるか?」
 挑むような久志に、さくらも負けじと頷いた。刀を握る手に、ぐっと力が籠る。
「大丈夫です。貴方の戦い方には、少々心得があるもので」
 刹那、狼二体は高らかに吼えた。それを合図に、久志とさくらは一斉に飛び出す。同じ刀を二人揃って構え、片や天へ舞い、片や地へ潜り込む。狼は身を低く構えると、一直線に近づく久志へと狙いを定めた。
 繰り出される爪。久志はぶつかり合う寸前で身を捻り、刀の反りで狼の爪を受け流した。宙を舞うさくらは、狼の腰、甲殻の隙間に刀の切っ先を捻じ込む。刃が肉を引き裂き、腰砕けになった狼はその場で崩れた。前脚だけで走り回ろうとするその姿は無様である。さくらは振り返ると、狼の頭に一発撃ち込む。首を振って狼が躱した瞬間、脇から飛びついた久志が狼の首に刃を突き立てた。体液をどろりと溢れさせ、狼はそのまま地面に倒れる。
「もう一体だ」
 久志が振り返ると、手負いの狼が一匹、首から体液を垂れ流しながらその場を逃げ去ろうとしていた。さくらは咄嗟に拳銃を向ける。
「逃がしはしません」
 引き金を引いた瞬間、桜の花びらが硝煙のように飛び散る。飛び抜けた弾丸は、狼の腱を撃ち抜いた。甲高い音がしたかと思うと、狼はびょんと跳ねて地面に転がる。その隙に狼へと追い縋った久志は、力一杯に狼の頭へ剣を突き立てた。
 狼は断末魔の代わりにぶるっと震えて、そのままじっと動かなくなる。最早それが起き上がる事は無かった。
「ひとまず、これで終わりですか……」
 ほっと溜め息をついたさくらは、ちらりと久志へ目をやる。彼女の知る“彼”とは年かさが違うが、目元や背格好はほとんど変わりがない。写真で見た事もあった。
 疑問を確信へと変え、さくらは静かに尋ねた。
「ハザマヒサシさん、ですね?」
「……どうして、俺の名前を?」
 久志は怪訝そうに首を傾げる。一陣のビル風が、二人の間を駆け抜けていった。

●もう一つの縁
 街角にある小さなカフェ。さくらは久志と向かい合わせに座り、彼の持つライセンサー登録証を食い入るように眺めていた。
「……狭い間に、久しい志……で、ハザマヒサシ、ですか」
「ああ。生まれた時からこの名前だが。何か不思議な事でもあったか?」
 久志は首を傾げる。さくらはおずおずと頷いた。登録証を彼にそっと返しつつ、携帯でちょこちょこと文字列を打ち込んでいく。
「ええ。私の知るハザマヒサシとは、名前の綴りが違ったので……」
 彼女は名前を打ち込むと、久志に携帯を差し出す。その字面を見届けると、彼は肩を竦めた。ハザマヒサシだが、狭間久志ではなかった。
「世界は無数にあるっていうんだ。俺じゃない俺がどこかの世界にいたって、確かにおかしい事はないか。……そいつは、どんな奴だったんだ」
「お強い人でした。普段は公務員として働く傍ら、私にも何度か稽古をつけてくださいましたし、有事の際には肩を並べて戦う事もありましたから」
 さくらはハザマヒサシとの縁をつらつらと述べる。久志は頷きながら聞いているように見せていたが、最初の言葉がもう耳について離れなかった。
「公務員。公務員だったのか。そいつも」
「……ええ、確かに。それがどうかしましたか」
「いや。俺も昔々は公務員だったんだ。巻き込まれたモノが大きすぎて、結局俺は最後まで公務員なんてのんびりした仕事に帰ってくる暇なんか無かったが」
 久志はコーヒーを啜りつつ、ぐっと背もたれに身を預ける。あの世界では、あまりに戦闘が長引きすぎて、コクピットの中でレーションやらを飲み食いして栄養を補給する羽目になったことも多かった。“彼女”がいなければ、一生気の休まらぬままだったろう。
 物思いに耽る久志の顔を、さくらはじっと窺う。キツネにつままれたような顔だ。
「昔々。……どう見積もっても、せいぜい私より一回り年上とか、そのくらいにしか見えないのですが」
「そんな事は無いさ。君くらいの子がいたっておかしくない歳だ、俺は」
 彼は眉間に皺を寄せる。さくらが今、どんな思いをしているかについて思いを馳せた。この世界に来て、並行世界の同一人物ともいえる人物に会って。話しかけてみるけれど、やっぱりその人は自分の事を知らなくて。そんな事ばかりで、久志はひどく寂しかった。
 それと同じ思いをさせているのではないか。彼は、さくらに小さく頭を下げる。
「悪いな。……君は俺の事を知ってるのに、俺は君の事を知らない」
 一瞬流れる沈黙。しばらく目を瞬かせていたさくらだったが、やがて彼に微笑みかけた。
「……いいえ、“狭間久志”に出会えたことは、他でもないただ一つの縁だと思うのです。ですから、同じく放浪してこの世界にやってきた者同士として、縁を結べればと思います」
 小さく立ち上がって身を乗り出すと、さくらは久志にそっと手を差し伸べた。
「初めまして、よろしくお願いします……ですね」
 久志は伏し目がちにその手を見つめていた。自分は大人なのだという強がりが、その手を取りたい気持ちを封じ込めようとする。誰も己を知らないという寂しさに、負けたくないと意地を張らせる。
 しかし、ほんの少し顔を上げると、さくらの真っ直ぐな瞳が目に飛び込んできた。彼女は一回りも二回りも年下のはずなのに、気丈に振舞える少女。彼女の眼を見ていると、その力を、ほんの少し分けて貰いたい気がした。
「わかった。……よろしく」



 こうして、今日も放浪者達は手を取り合うのだ。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 日暮 さくら(la2809)
 狭間 久志(la0848)

●ライター通信
いつもお世話になっております。影絵企我です。

二人の初めての共闘と、交友が結ばれた瞬間……をイメージしながら書かせて頂きました。
気に入っていただけましたら幸いです。
何かありましたらリテイクをお願いします。

ではまた、ご縁がありましたら。
おまかせノベル -
影絵 企我 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年05月27日

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