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『再動 』
アイナla3228


 気が付くと、私はベッドにしては固い、台のようなものに寝かされていた。視界に入り込んでくる光があまりにも眩しくて、目を開けていられない。
 とりあえず体を起こそうとしたけれど、そこで拘束されていることに気が付いた。
 首は周囲を見回すように動かすことができるし、足はほんの少しだけ膝を曲げる余裕がある。けれど、腕は寝かされた台に固定されたガントレットのようなものに通されていて、ピクリとも動かすことができない。
 ここはどこなんだろう。どうして私はこんなところにいるんだろう。
 考えても考えても、答えは出ない。そもそも、以前の記憶があやふやだ。
 そういえば。私は誰なんだ?
「すみませーん! 誰か、いませんかねぇ?」
 単純なことだ。分からなければ、誰かに尋ねれば良い。
 私はお腹いっぱいに空気を吸い込むと、可能な限り大きな声で呼びかけた。誰かが反応してくれるかもしれない。声は何秒か反響し続けた。ほとんど物が置かれておらず、なかなかに広い部屋だということが分かる。ほんの小さな音でもよく響くことだろう。
 だからこそ、私の焦りは募った。私の声以外、何も響いてこない。ということは、少なくともこの部屋には誰もいないし、部屋の外にも人の気配がないともいえる。
 誰がどんな目的で私をここへ連れてきたのかなんて分からないし、調べることすらできない。もしも、犯人がこのまま私をひたすら放置したら? 身動きも取れず、食事もできず、ただ衰弱して死を迎えるだけ。
 それだけは絶対に嫌だ。
 何度も何度も、誰もいない部屋で声を上げる。時間が経てば経つほど不安は積み重なり、絶望が膨らんでいく。
 天井や壁は白で統一されているけれど、シミや黄ばみが目立った。新しい建物にいるわけではないようだ。
 少し落ち着こう。誰も反応をしないのなら、まず自分が冷静にならなくては突破口を見つけられない。
「……私をここに拘束するからには、何か目的があるはず。人が出てくるかはともかく、このまま放置ってわけではなさそうだね」
 もちろん、その目的には心当たりがない。でもそんなものは、何かが起こってから把握すれば良いこと。
 今必要なのは、希望だ。
 そう。目的があるのなら、このまま死ぬまで拘束され続けるなんてことはない。だから、待てば必ず犯人がアクションする。
 たった一つ、「無作為に選んだ人間を拘束して死ぬまでを観察する」ということが目的である場合を除いて。
 だけどその可能性は極端に低い。もしも観察が目的なら、どこかにカメラがあるはず。少なくとも、視界に入る範囲にはそんなものなんてなかった。
 じゃあ、声を上げるのは無意味かもしれない。とにかく、今は待とう。


 何もない部屋でただ拘束されているだけというのは、とても退屈だ。
 もう考えるようなこともなく、ただ時間が過ぎるのを待つだけ。この時間の経過は恐ろしく長く感じた。
 時計があるわけでもないから、何時間経ったのかも分からない。もしかしたら、数分だったのかもしれない。
 いつの間にか、私はまた眠ってしまったらしい。だからこそ余計に時間の感覚が鈍くなる。
 目を覚ましたのは、キッカケがあったからだ。
 待ち望んだ「その時」が訪れた。
 音。
 自分が発するものではない、ガラガラと粗悪な車輪が床を転がる音だ。
 何かが近づいてくる。
「誰かいるんですねぇ! ここです、助けてください!」
 この機会を逃したら、次にここを離脱するキッカケがいつ掴めるかなんて保証もない。
 声を上げると、車輪の音は一瞬止まった。気づいてくれたのだろうか。
 数秒の間を置いて、扉の開く音。続いて車輪の音。
 台の脇に誰かがいる。それも、一人や二人ではなさそうだ。
「もう意識があるようですが」
「問題ない」
 声の感じからして、男だ。
 視線を投げると、全員が執刀医のような恰好をしていた。私について何か喋っているようだけど、具体的な内容までは把握しきれない。私の方から、ここはどこなのかとか言葉を投げかけてみたけれど、直接会話をしてはくれなかった。
 あの車輪の音は、何か細々としたものを運ぶキャスターつきラックのようだ。
 男達の出で立ち、拘束された私。何か手術でも始まるのかとも思うけれど、部屋の様子から、病院とも思えなかった。
 これはいったい?
「それではこれより、アイナ(la3228)を被験者とした実験を開始する」
 実験。男は確かにそう言った。
 いったい何を。それに、アイナって私のことだろうか。被験者ってどういうことだろう。
 まさか、違法手術とか……。でも体の不調は特になかったような気がする。声は出せるし、拘束されてはいるけれど手足の感覚だってちゃんとある。ずっと固い台に寝かされていたから背中が痛いけれど、それ以外は何の問題もなかった。こんなことを望んでもいないのに。
 男達は私の返答を待たなかった。
 ガッチリと固定された私の手。そこに、機材が迫る。


 私は。
 その日から、感情を持つ兵器になった。
 あの実験で両手首に装着された装置は、己の細胞を制御することで超人的な力を発揮するものだった。
 現在、この世界で呼ばれるナイトメア。その類縁、あるいは同一の脅威が私の世界にもあった。いわば人類の天敵。対抗するための手段として、人間が用いられることとなったそうだ。
 被験者は無作為に選ばれたらしい。それはそうだ。自ら進んでこんなことをしたい人間なんて、そうそういないのだから。
 戦いに明け暮れる日々。
 でもその途中。
 私は、夜空から眩い星が降るのを見た。光が落ちてきた。
 息が詰まるほどの輝きの中で、私は……。

 気づけば、手首の装置はなくなっていた。代わりに、水晶のようなものが埋まっている。
 植え付けられた能力を使うことはできなくなっていた。
 見回すと、全く見覚えのない街。
 どこだろう。私はどうなってしまったのだろう。
 放浪の末、疲労と空腹で路地裏に倒れこんだことから、この世界での私が始まった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼ありがとうございます。
異世界にいた過去を描くことはすぐに決まったのですが、異能を以て脅威と戦う描写と、ちょっと迷いました。
ただ、それには少しばかり困難(私に決められる範囲)がありましたので、こちらをチョイスしました。
いわゆる、改造手術ですね。多分、装置をつけただけなのかもしれませんが。
色々と、私の目には触れない設定もあるのかと思います。またそちらをご依頼いただければ幸いです。
この度はありがとうございました。
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グロリアスドライヴ
2019年05月27日

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