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『甘さと辛さと 』
吉良川 奏la0244)&吉良川 鳴la0075

 どうして互いに苗字で呼び合うのか。水無瀬 奏(la0244)と吉良川 鳴(la0075)の双方と親しくなった人が遠慮がちに、あるいは不思議そうに訊く言葉だ。何故なら二人の関係はブランクはあるが幼馴染と呼べるものであり、今もライセンサーと兼業でアイドル活動を行なう人々を支援するアイドル部なるコミュニティに共に所属する程仲がいい。彼は裏方のみに留まっているが。二人とも他の人は名前で呼ぶだけに疑問も尤である。しかし親しい相手でも話すのは憚られてずっと誤魔化してきた。
 昔は違っていたと奏は思い返す。あの日までは名前で呼び合い仲良くしていた。最初は兄と彼が同い年で男同士なのもあり、もっと小さい頃にも交流があったのが更に親しく、兄を奪われたような気持ちの方が強かった。当時は小学生だ。同じ女の子と遊ぶのも楽しかったけれど、同時にのんびり屋で自己主張が控えめな兄には私がついていなくてはと思っていた節があって。彼も好きだったからくっつき回るようになったのは直ぐのことだった。音楽という共通の趣味においては兄を置いてけぼりにする場面もあった。
 ごくりと生唾を飲み込むが、食欲をそそられたという意味ではない。箸で摘まんだ食べ物を前にして、奏は緊張に表情を強張らせた。恐る恐る自らの口へそれを運ぶ。まず舌先に痛みを感じて、次に味が判らなくなる程の痺れが襲いかかった。咄嗟に飲み込んだので惨事は免れたものの盛大に噎せ、予め用意しておいたコップを取る。水を少しずつ飲んでいき、それでも足りず二杯目を入れようとした。と、滲む視界の中で横から伸びてきた手がピッチャーを掴み、新しく注いでくれるのが見える。
「ありがと、ママ」
 と発した声は若干掠れていた。息を整え、目尻から零れそうになった涙を拭う。ダイニングテーブルの対面に座った母は平気なの、と気遣ってくれる。頷いて応えながら、その背後にあるカレンダーが目に入り奏は複雑な思いを抱いた。捲ると歪んでハートに近い形になった赤丸が現れる筈だ。まだ痺れている下唇を噛めば鈍い痛みが返る。
 奏は壊滅的な料理の腕の持ち主だ。とはいえ味覚まで狂っているわけではないので自ら食べれば不味いと感じる。感覚が正常だからこそ味見に腰が引けて、相談した人たち曰く味付けなり調理の仕方なりが極端になる悪循環を繰り返す。気付けば天然兵器と称される酷さになってしまった。二ヶ月半前のバレンタインデー、渡そうとしたクッキーを全力で拒否され、強引にフードにねじ込んだのを思い出す。それ以前から自覚はしていたが、何とかしなければ、と思い立ったのはあれが契機だった。料理が得意な友達に指導してもらったり、料理本を買って勉強してみたり。最初はレシピ通りにやって不味かったらいよいよ駄目だと怖かったが、勇気を振り絞って実践した結果、少しずつではあるが改善に向かっている。一品の出来を良くするのに何度兄を犠牲――もとい協力してもらったかは数え切れず。しかし。
(どうしてかな、ママには手伝ってほしくないんだ)
 彼と料理の話題だけは出来る限り、したくないと思ってしまう。そんな自分でも不可解な娘の心中を察しているのか、母も何か言ってくることはなかった。これでも人生経験豊富だからね、と笑う彼女はただ落ち込んでいる時はココアを作って話を聞いてくれ、自分で決断したい時は見守ってくれる。顎の下で交差させた指を動かしつつ落ち着かないまま口を開く。
「来週、久遠ヶ原学園の演習があってね、護衛にライセンサーもついてくことになってるの。小学生だからもし、何かあったら危ないなって」
 ゴールデンウィークに? と疑問を呈す母に頷く。
「任意参加って言ってたよ。でもやりたがる子が多いみたい」
 大型連休中もナイトメアは暴れ続ける。そう理解し意欲的な彼らと会って、アイドル活動と二足の草鞋を履く以上は専業ライセンサーに引けを取らないよう頑張らないとと発奮したが。
「演習だけど遠足みたいなところもあるから、その……お弁当が必要なんだよね」
 声音は我ながらどっと疲れている。それでも核心には至らず言葉を詰まらせた。
 ――ふぅん。弁当、ね。
 ――……何? 吉良川くん。
 ――いや、水無瀬さんはどうするんだろうって思って、さ。買ってくる? それとも作って貰う?
 翡翠色の瞳に意地悪な光が灯ってこちらに向けられる。本部で依頼を受け、定員が埋まり作戦会議の段になって一緒に仕事する仲間と顔を合わせることになる。自然と隣になって、万が一襲撃された時の動きを確認した後付け足された必要事項。思わず固まった奏を見返す目が如何にもからかっていたから。らしくないと自覚しつつもムキになった。作って貰うという言葉が誰を指しているか容易に想像出来て、それにどうしてもモヤモヤが止められなかったのだ。
 ――自分で作るよ! ちゃんと美味しく作れるようになってきたもん。吉良川くんだって、食べたら絶対美味しいっていうから!
 ――へぇ。そりゃあ楽しみだね。
 本気とは思えない調子にむぐぐと少しだけ膨れる頬をつつき、彼は笑った。頬杖をついて頭が傾くとヘアピンで留めた髪が纏めて動いて。ひどく楽しげな笑顔に鳴くんと呼んでいた頃を思い出した。
 ふと母に顔が赤いと指摘されて我に返る。触れた頬は確かに熱を帯びていて奏は振り払うように頭を振った。ニヤつく顔を向けられるが、別にこれは照れているわけではない。声に出さず否定して、胸中で叫んだ。
(私、怒ってるんだからね!)
 ずっと根に持っている。だって努力をふいにされたのだ。思い出すと心中で悔しさや怒りが渦を巻く。認めてもらう為に努力し続け、なのに良いとも悪いとも言われず有耶無耶なんて理不尽極まりない。言わばこれはリベンジする機会なのだ。状況は違えど時期的に思うところもある。雪辱を果たして、そして。
(……そして?)
 自分でも言葉の先が掴めずに首を傾げた。それから苦手意識を払拭し上達しようと目的を定めて頷く。そんな奏に母は実年齢とかけ離れた美貌に微笑みを浮かべ、こう言った。
 急に全部こなそうとするのは大変よ。だからまずは得意なことから始めてみなさい。と。思い浮かぶのは唯一上出来と呼べる料理だった。

 ◆◇◆

 桜の花弁が舞い散る中、箸で取った料理を食べ進める。黙って咀嚼する鳴の前にはキラキラと目を輝かせる幼馴染の姿があった。視線を横に滑らせれば夫の隣に座り、幸せそうに微笑むあの人が見える。アイドルとしては分け隔てなく優しく、けれどプライベートでは殊更に優しい顔をたった一人に向けた。両親の顔も朧げな鳴だが、その空気には覚えがある。愛情というヤツだ。息子と娘に対するものと違い、鳴へのそれも兄妹と同じ。もっと子供だったら気付かなかったかもしれない。しかし解ってしまったし、その癖今にして思えばひどく拙い恋心のような憧憬のような半端な想いだが、当時の鳴は戸惑い悩んでいた。水無瀬家に来るまで施設を転々としていたことから、同世代と比べて明らかにそういった感情が未発達だったし、行き場のないそれを持て余してもいたのだ。だからレジャーシートの上、手をつけていない弁当を期待している彼女に押し返した。え、と戸惑う声。
「こっちはいいや。歪だし焦げてるし、うまそうには見えない」
 朝早めに目が覚めた時、キッチンで母娘二人が料理している姿を目にしていた。だから多忙な両親と花見が出来ることや兄や鳴とも一緒なのが嬉しいと張り切っていたのを知っている。それでも言った通りの見た目で、最初に食べた彼女の兄が美味しいと言いながら若干頬が引き攣らせていたのを見ている。不味いという程ではないかもしれない。しかし無理してそれを食べるよりも、少しでも多くあの人の料理を食べたいと思ったのだ。名前を呼び、
「人に食べさせるものなんだしさ、見た目にも気を遣ったら?」
「だって、急だったんだもん! 一口でいいから食べてみてっ」
 嫌、と一言で切り捨てれば金色の瞳に涙が滲んだ。だが負けん気が強くて走り出したら止まらない彼女のことだ、転んでもタダでは起きないと解っている。押し問答の末、
「じゃあ、次にお弁当を作ったら絶対美味しいって言わせてみせるよ!」
「……次って、そんなのいつになるか判らないけど?」
「そのうち来るよ。だから約束!」
 何度でも機会が訪れると信じて疑わずに、鳴よりも小さくて幼い手が突き出される。ぐっと固く握った拳から小指一本が真っ直ぐ伸ばされていた。躊躇して、しかしはぐらかして納得するとも思えない。溜め息をつき指を絡める。勢いよく腕を振りながら歌う声は澄み切っていた。

 その後も彼女の料理を除け者にし続けて、怒りを買った花見。四年くらい前の話だ。そしてゴールデンウィークに再び総出で出掛ける機会ができ、改めて挑戦状を叩きつけられた。しかし鳴がその場に居合わせることはなかった。何故なら水無瀬家を後にしていたからだ。
 元々近いうちに離れるつもりだった。この歳なら一人暮らしも珍しくなく、ただその為の算段がつかなかった。家に近いと何の意味がないから離れる予定で、家賃と収入の折り合いに四苦八苦する。そうして先の話だと考えていたところ目星をつけた物件に空きが出来て、急遽引っ越しの予定が立って。喧嘩中の彼女――鳴自身は別に怒っていたわけではないが――には何も告げず家を離れた。約束を反故にすると解っていたが言ってどうにかなる話でもない。荷物が少ないのもあり、悟られることもなかった。数年後、再会した時の第一声は一言一句思い出せる。笑みを浮かべ、当て付けのように強調しつつ言う。
 ――久しぶりだね、吉良川くん。
 その言葉を聞いて鳴も、
 ――水無瀬さんも、元気でよかった、よ。
 と返した。喧嘩とは違うがまさに売り言葉に買い言葉だ。ぎこちなさは自然と解消され、呼び方が余所余所しくなった点以外はほぼ元通りになっただけに違和感が残っている。しかし、折しも因縁を残したゴールデンウィークに再びこんな機会が巡ってくるとは思わなかった。少し離れた場所では大人顔負けの模擬戦を展開した子供たちが賑々しく遊んでいるのが見える。そちらの様子も気にしながら、隣に腰を下ろした彼女は弁当の蓋を開き少しの間固まる。
「……えっとね」
「これでしょ?」
 自信あるヤツ、と付け足して箸でひょいと卵を掴む。目を丸くし不思議がるのを見返す。
「だってさっきチラチラ見てたし、ね。ホント分かり易い」
「……うん」
 嘘ではないが、単純に見た目がいいのが他にないのも目印だった。
 やけにしおらしい反応を見ると、あの頃の自分がどれだけ彼女を傷付けたのかと良心が咎める反面で、影響の大きさに少しだけ歪んだ優越感を抱いてしまう。伏せた瞳が不安げに揺れるのを横目に、ムラのない色合いのそれを食べていく。当時彼女の母親が作った物と似ているようで、やはり見た目や味付けに差異があるのが判った。拳が握り締められ、いつもは真っ直ぐ射抜く視線が左右に泳ぐ。何かしら反応を待っている。――この場合、何も言わないのが答えだが。
(言ってほしいのは解るけど、でも、まだダメ)
 んーと考え込む素振りで引っ張る。ただ感想を言うだけならともかく、鳴が言いたい事を口にするにはまだ。と、沈黙が重くなりかけたところで丁度、引率の教師が近付いてきてこの後のスケジュールを確認してくる。こういう時リーダー気質の彼女が受け答えするので楽でいい。真面目だから意識も逸れて尚のこと都合が良かった。
(――決め球は、ボールで散々焦らしてから打ち込んだ方がずっと効く)
 胸中で呟いて笑う。向き直ったのを見計らって口を開いた。
「このだし巻き卵うまいよ、奏」
「良かっ……えっ?」
 瞬きする奏を顔色を変えず見返す。戸惑いから聞き間違いか思い返すように眉根を寄せ、大きく目線が外れたかと思えば急激に頬が色付く。その過程をつぶさに眺めた。どんな反応が返ってくるか、多分鳴の想像からそう外れていない。力が抜けて肩が下がり息を吐き出す。少なくとも自分の前では常にあった怒りの色が霧散し、綺麗な瞳が鳴を見返してきた。
「――嬉しいよ。鳴くん」
 浮かんだ心からの笑みはこれ以上なく可愛い。けれどその言葉は今は内側に留めて、鳴は奏の髪についた葉を摘み払い落とした。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
字数的にあまり余裕がなくて相当駆け足になりましたが、
頂いた情報や書きたいと思ったところを詰め込みました。
鳴くんの一言では言い表せない奏ちゃんへの感情が
上手く描けていればいいのですが。
勘違い等があれば遠慮せずリテイクを申請して頂ければ幸いです。
今回も本当にありがとうございました!
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2019年05月27日

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