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『張子の神は眠る(1) 』
水嶋・琴美8036

 水嶋・琴美(8036)の姿は、どうしても人の視線をさらって止まない。
 なにせ、まるで絵画から抜け出してきたかのような美貌を持っているのだ。彼女の近くにいた男もまた、ひと目で琴美の魅力に囚われてしまっていた。
 それ故に、人通りの少ない寂れたその道に一人佇む彼女の姿は、男の目にはどこか場違いに映った。しかし、彼女が決してただの少女ではない事は、その格好からある程度は察する事が出来る。
 赤を基調とした軍服を身にまとった彼女は、見るからに只者ではない雰囲気を漂わせていた。彼女の身体をなぞるようにぴったりと琴美の肌へと張り付くその服と揃いの色のベレー帽の下にある表情は、屈強な身体を持つ男と対峙しても警戒の色すらあらわにする事なく、常の冷静さを崩す事はない。
 不意に、琴美と男の目が合う。くすり、と微笑んだ琴美は、その一つ一つの仕草にすら思わず見惚れてしまいそうになるくらいに可憐な歩き方で男の方へと近づいて行った。
「少し話を聞きたいのだけど、良いかしら?」
 今まで男が見てきた女性の中でも最も美しいと自信を持って言える程の美貌を持った相手が、突然自分に声をかけてきたのだ。その事実に現実味を感じられなかったのか、一瞬だけ男は呆けた顔をする。けれど、すぐに琴美の魅惑的な身体を見ると、その顔に欲に塗れた笑みを貼り付けた。
 そんな男からの無遠慮な視線には慣れているのか、さして気にする事もなく琴美は話を続ける。その夜空を溶かしたかのような美しい黒色の瞳は、何かを探るように僅かに細められた。
「この辺りで、妙な噂を耳にしたのよ。何でも、選ばれた者に力を与えてくれる組織が存在するらしいわ。それも、ただの力ではない……」
 琴美は一度そこで、言葉を区切る。どこか得意げな笑みを浮かべる男に向けて、まるで挑発するかのように彼女は笑い、そして再びその唇を開いた。彼女の動きに合わせ、白い喉からはその顔に相応しい凛とした美しい声が放たれる。
「……神の力」
 続きの言葉を口にした瞬間、普通の人の目では追えない程の速度で男は拳を振るった。実際にその『神の力』とやらを手にしている男にとって、琴美のように正義のために探りを入れてくる者は厄介な存在であった。
 それ以上に、美しい彼女に自分の力を誇示したい気持ちもあったのかもしれない。彼は無意識の内に、笑みを深めていた。男の容赦のない一撃が、彼よりもずっと華奢な彼女に振るわれる。
 琴美は、軍人だ。身にまとっている衣服からも、男はその事を察する事が出来ていた。けれど、今ここには琴美と男しかいない。たった一人しかいない琴美の事を、男は良い獲物だと思ったのだろう。
 ――けれど、その手が琴美に届く事はない。
「随分と乱暴な挨拶ね。もう少し、女性の扱いを学んではいかが?」
 驚き、言葉を失っている男の後ろで、その凛とした声は響いた。いつの間にか背後へと回っていた琴美は、突然の攻撃に怯む事もなく落ち着いた微笑みを浮かべている。
 次の瞬間、風を切る音が周囲へと響いた。目にもとまらぬ速さで、琴美の足技が振るわれる。光沢のあるストッキングに包まれたしなやかな脚が、男の身体へと叩き込まれた。普段は人の視線をさらう琴美の魅惑的な脚は、戦場においては敵を叩きのめす凶器でもあった。
 次いで、二撃目。反撃をする間すら許さずに、薙ぎ払うように振るわれた回し蹴りの勢いを利用し、すかさず琴美の追撃が相手へと入る。
 男は、気付くべきだったのだ。琴美がたった一人でここにいた理由は、彼女がたった一人でも敵へと打ち勝つ力を持っているからだという事実に。
「口ほどにもないわね。神を名乗るには、少し修行が足りないんじゃなくて?」
 倒れ伏した相手の持っていた通信機器を手に取り、琴美は慣れた手付きで操作を始めた。知識と豊富な経験から、難解なパスワードをすぐに解き、機器の中にある情報へとアクセスする。細かなファイルを隊の解析が得意なチームへと送信してから、次いで開くのはナビアプリだ。
 登録されている箇所の名前と、琴美の頭の中にインプットされているこの街の地図を琴美は照らし合わせ、名前が食い違っている場所を割り出す。本来は廃墟であるはずの場所に、何故か店の名前がつけられて登録されている事に気付き、琴美の唇が弧を描いた。
 カモフラージュのつもりでダミーの店名で登録していたのだろうが、その小細工はかえって彼らの拠点がここだと言っているようなものだった。
「事前に予想していた場所と、そう変わらない場所にあるわね。今のところ、任務は順調だわ」
 最近、この街には不穏な気配が漂っている。神の力を手に入れる事が出来るという噂が出回り、超人的な力を持った者達が各所で暴れ立て続けに事件を起こしているのだ。
 それらの件について琴美の所属する部隊で調査を進めた結果、辿り着いたのは一つの組織だった。
「神の力を与えると言って、人を惑わす集団……ね。その組織に利用されている彼等もまた、犠牲者なのかもしれないわね」
 今しがた倒した男を見下ろす琴美の瞳に、僅かに同情の色が宿る。
 神の力など、事実無根だ。恐らく、その組織は人智を超えた力を求め、研究体として彼等を騙し利用していたのだろう。人体改造とも言えるその実験を受け、人の身体が耐えきれるはずもない。琴美がこうして手をくださなくとも、どの道男の身体は長くはもたなかったはずだ。
 それを証明するかのように、倒れ伏した男の身体は徐々に砂のように崩れ朽ちていく。自分達が実験体にされたという自覚もないまま、自分は選ばれた存在だと勘違いした者の末路が、琴美の前に残酷に横たわっていた。
「これ以上、悪を野放しにするわけにはいかないわ」
 待ち構える悪を睨むように、彼女の瞳が細められる。艷やかな唇からこぼれ落ちた呟きには、悪しき者を必ず倒してみせるという琴美の決意が込められていた。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年05月27日

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