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『張子の神は眠る(2) 』
水嶋・琴美8036

 水嶋・琴美(8036)の振るった拳が、敵へと叩き込まれる。吹く風を味方につけたかのように、追い風の乗ったその一撃の威力はいつも以上に重い。
 ゆっくりと鑑賞する余裕がある者がこの場にいない事実が惜しいくらいに、彼女の動きは華麗で洗練されていた。それはもはや戦闘というより、演舞に近い。
 見る者を虜にし惑わす美女の舞いは、美しいながらも的確に敵の数を減らしていく。
 人々を神の力という言葉で騙し実験体にし続けていた組織は、占拠した廃墟を研究施設として利用していたらしい。彼等の拠点へと辿り着いた琴美を出迎えたのは、警備をしていた無数の男達だった。すでに実験に利用され人ならざる者と化してしまったらしく、彼等の一撃は常人では出せない威力を持ち、一般人であれば目で追う事も出来ない速さを持っている。
「遅い。隙だらけよ!」
 だが、生憎と今回は相手が悪かった。彼等が今対峙しているのは、精鋭ばかりが集う部隊でも一際飛び抜けた強さを持つ琴美なのだ。
「力技だけで、この私を捉える事は出来ないわよ」
 くすり、と少女の唇が余裕に溢れた笑みを象る。実験により強化された者達であろうと、琴美の速さには追いつく事は叶わない。
「さて、次の相手はどなた?」
 ナイフを構え挑発的に笑う琴美の姿に、男達は畏怖されると共に魅了される。実験体として朽ちていくしかない彼等にとって、最後の瞬間に琴美と出会えた事は唯一の幸運な事かもしれなかった。
 周囲に吹く風が、強まってきている。強風を防ぐために、男達は琴美を風避けになりそうな瓦礫のある場所へと誘導しようと連携し彼女へと攻撃を加える。
 だが、その攻撃はやはり届かない。軽々と彼等の拳を避けた琴美は、吹く風を味方につけたかのように軽やかに戦場を駆け回っていた。
 そんな琴美の事を、ようやく風が邪魔にならない場所へと誘導する事に成功し、男達が笑みを浮かべたのもつかの間。
 すぐにまた、その場所にも風が吹く。不自然な程に突然、彼等を阻む強風は吹き荒れる。
「今頃気付いても、もう遅いわ」
 琴美の扇情的な唇が、そう紡いだ。男達が違和感に気付いた時には、全てが遅かったのだ。
 男達は琴美の事を誘導していると思っていたが、実際は違う。誘導したのは琴美の方だ。
「もはや、あなた達を救う方法はない。だから――終わりにしましょう」
 琴美は、この拠点の前で警備をしている実験体全てを一箇所に集めるために、風を操りその位置を調整したのだった。それは、これ以上彼等を苦しめずに眠らせるため、せめて一息でトドメをさしてやろうという彼女の優しさだった。
 全ては琴美の掌の上、今更気付いたところで彼等にそれに抗う術などない。
 最後のあがきとばかりに、男達は一斉に彼女に向かい手を伸ばす。一人の可憐な女性へと襲いかかるにはあまりにも膨大なその数、あまりにも驚異的なその魔の手が、ただ一人で敵と戦っている琴美へと全て向けられる。
 しかし、仮初の神の力ではやはり、琴美には敵うどころか触れる事すら叶わないのだ。
 神様など存在しない。だから、琴美が代わりに彼等に慈悲を与えるしかない。跳躍し、彼等の攻撃を避けた琴美は今一度風を操る。
 彼女の意のままに周囲の風は吹き荒び、男達の身体を絡め取った。強風の中、彼等が最後に見たのは、赤い軍服を纏った女性の姿。
 それは彼等を苦しみから解放する唯一の術を持つ者であり、女神の如き美しさを持った女だ。
 風の威力が、琴美の振るうナイフを一層鋭利なものに変える。鋭い刃が、彼等の最期に赤い彩りを添えた。

 ◆

 瞳を伏せ、しばしの間琴美は哀れな彼等のために祈りを捧げる。
 だが、祈りの対象は神ではない。男達自身へと向けられた祈りだ。
「眠りなさい。次に生まれる時は、もうこのような過ちを起こさないようにね」
 敵相手でも優しさを忘れる事の出来ない琴美の言葉が、倒れ伏した男達に向かい手向け代わりに投げられたのだった。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年05月27日

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