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『張子の神は眠る(3) 』
水嶋・琴美8036

 コツ、コツとブーツが廊下を叩く音が水嶋・琴美(8036)の形の良い耳をくすぐる。それ以外の音は、何もない。敵組織の拠点の中は、不気味な程に静まり返っていた。
「これが、無茶な実験を繰り返した結果ね。人智を超えた力が、人の身体に収まるわけもないし、人に制御出来るものでもないわ」
 恐らく、表で警備をしていた者達で、この組織の研究に使われてしまった自称神の力を持つ者は最後だったのだろう。歩いていて時々見かける砂のようなものは、実験体の残骸なのだと察する事が出来、琴美はその豊満な胸の奥に灯る悪への怒りの炎を一層色濃いものへと変えた。
「それにしても、ボスの姿が見当たらないわね」
 事前の調査で、琴美はしっかりと組織のボスの事もチェックしていた。表向きは普通の研究者として活動していた彼の顔は、琴美もしっかりと覚えている。だが、今まで倒した敵はおろか、この施設内にもそれらしき姿はなかった。
「警護をしていた配下が倒されたというのに、いやに辺りが静かなのも気になるわ。……私の予想が、当たっていなければ良いのだけれど」
 独りごちた琴美は、施設の地下へと進む。地上とは別世界のように、ひんやりとした冷気が彼女の肌を撫でた。
 こういう時の琴美の予想は、幸か不幸か当たってしまうものだ。一番奥にある部屋の扉へと手をかけた時、琴美は部屋の中に気配がある事に気付き僅かに眉根を寄せる。
 ただの気配ではない。まるで、殺気を固めて一つの巨大な塊にしたかのような、強大な邪気。
 全てを察し、琴美はゆっくりと扉にかけている手に力を込める。
 ――果たして、そこに彼はいた。否、もはや彼と言って良いのかも分からない、異形の怪物が。
 不気味なその巨体は、人であった頃の面影など欠片も残っていない。それでも、その濁った瞳が突然の訪問者に驚き見開かれ、歪な腕が何かを探すように周囲を掴む仕草をしたのを見て、琴美はこの怪物がここのボスである事を悟った。
「驚いた時にまず自分の周囲に何かないかと探す癖、調査結果にあった彼の癖と一致するわ。……あなたが、この組織のトップであり、今回の事件の諸悪の根源なのね」
 並外れた観察眼を持つ琴美でなければ、その事実には気付けなかったであろう。
 冷静に相手の様子を伺いながら、琴美は何故彼が怪物と化してしまったのか思案する。
「最初の実験体は、自分自身だった……という事?」
 そして、すぐにその可能性に思い至り、少女は理解出来ないものを見るような瞳で相手の事を射抜いた。
 否、その時はまだ、実験などではなかったのかもしれない。この男は、本当に神になれると信じていたのではないか、と、琴美は怪物の姿を見て思う。
「人としての肉体をなくしても、神になりたいという執念を糧に研究をし続けたのね。……狂ってるわ。最初から、狂っていたのね、あなたは」
 神になるために自らの身体を捨て、失敗したというのに研究を続ける彼の事を、そう言わずに何と言うのだろう。
 彼は自分を神にするために、自身を盲信し朽ちかけた身体を奮い立たせ、今もなお活動を続けている。自分自身の、狂信者なのだ。
「自らの努力と才能以外のものを頼りにした時点で、それはあなたの力ではないわ。違法な実験に手を出した時点で、あなたに神になる権利なんて残っていなかったのよ」
 ただ自分の力だけで高みへと登った琴美だからこそ言えるその言葉が、怪物の身体へと重くのしかかる。
 最後に怪物の目に映ったのは、哀れなものを見るような、琴美の美しい瞳と光。その光の正体が、銀色のナイフが室内の明かりを反射したものだという事にすら気付く判断力を失った怪物は、ただそれに向かい手を伸ばす。あれこそが、自分の望んだ光、自らの手に入れた後光なのだと信じて。
「でも、夢の時間はもうおしまいよ。悪しき魂を持つ者には、夢さえ見ぬ永遠の眠りが相応しいわ!」
 琴美の速すぎるナイフさばきは、音すらも殺す。だから、室内に響いたのは琴美の履く編上げのブーツが床を叩く小気味の良い音だけであった。
 瞬きをする間もなく、全ては終わる。怪物はその身体に赤い花を咲かせ、倒れ伏していた。

 ◆

「任務成功。水嶋・琴美、これより帰還するわ。……あら?」
 現場の後処理を頼むために仲間へと連絡を終えた琴美は、司令へと通信を繋げ任務成功の報告をする。しかし、司令は成功を称える言葉を告げた後、歯切れが悪そうにまだ帰還しないで欲しい旨を琴美へと告げた。
「次の任務ですって? 緊急性の高いものなのね」
 どうやら、すぐに片付けなければならない危険な任務があるらしい。敵の規模から考えて、琴美にしか頼めない任務のようだ。
 通信機の向こうで申し訳なさそうに任務内容を話す司令に、琴美はくすりと笑みを返す。
「私を誰だと思っているの? 問題ないわ、ちょうど今回の任務は少し物足りないと思っていたところだったの。次の相手はどなた? 私が倒すべき悪は、どこにいるのかしら?」
 そして、休む事すらなく琴美は次の任務へと向かう。今しがた戦闘を終えたばかりだというのに、疲労の色は彼女の横顔にはなかった。琴美の瞳は悪を倒す事への満足感に満ちており、いきいきと輝いている。
 迷いなく真っ直ぐに前を見て微笑む彼女の姿は、一層琴美という少女を魅力的に映すのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
今回の琴美さんのご活躍、このような感じのお話となりましたがいかがでしたでしょうか。お気に召すものになっていましたら、幸いです。
何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、このたびはご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年05月27日

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