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『死切る 』
レイヴ リンクスla2313


「いらっしゃい」
 マスターの声に軽く手を上げて、カウンターに腰かけた。
 もう自分を僕なんて呼ぶような歳ではないけれど、染みついたものを急に変えることもできず、かといって何の問題もないからそのままにしている。
 このBarには、若い頃から通い続けていた。SALFのライセンサーとして戦う傍ら、一晩の癒しをここに求めたからだ。
 人類を苦しめ続けた奴らは既にいない。犠牲は決して少なくなかったが、それでも人類は勝利した。もう戦う理由だってない。
 IMDを搭載したEXISは、SALFによって回収された。人間が持つには武器として強力すぎ、これが犯罪や戦争に利用されることを恐れたためだ。回収された後は処分されるらしいけれど、IMDの技術は捨てるのに惜しいのか、今後の生活に役立てられないかと新たな目線で研究は継続されると聞いた。
 武器の回収、処分については、僕も反対するところではない。終戦後に元ライセンサーが引き起こした事件もある。例えば、自分らが人類を救ったのだから人類全てはライセンサーの言いなりになれなどと主張する者も一定数いた。英雄視されたいという欲望がむき出しだ。これに従わない人間を、EXISで殺してしまった者だっている。
 僕らは、IMDやEXISがなければただの人間と変わらない。だから、ライセンサーは多額の退職金と共に一般市民へ戻るしか選択肢がなかった。
 せっかく得た力を手放すのは惜しいと感じる人もいる。僕だって、多少はそんな気持ちも芽生えた。けれど、それが正解なんだと理解した。
 カウンターにいつもの酒が置かれる。もう注文するまでもなかった。
 グラスを手に取り、氷の鳴る音を楽しんで、少しだけ口に含む。
「今日はね、お別れに来たんだ」
「そうだろうと思いましたよ」
 マスターは表情も変えずに、空のグラスを磨いている。
 初めてこの店を訪れた時はマスターもまだ若かったのに、今となってはすっかり板についていた。
 用件を知っていたのは、きっと横の繋がりだろう。他にも行きつけのお店があって、既に挨拶を済ませてきたところだ。レイヴ リンクス(la2313)が帰国するという話が回っていても不思議ではない。
「SALFでの活動もないからね。自国に帰って、のんびりと暮らすさ」
 出されたつまみに少し手を付けて、これ以上の話も特にないからと僕は席を立った。
 どこの店でもそうした。長居すれば、帰りにくくなってしまうから。
「寂しくなりますね」
「それは本心?」
「建前です」
「あっ、このぉ!」
 去り際。そんな冗談を交わし、互いに笑い合った。
 あいさつ回りはこれで終わった。思い残すことは多分、ない。


 退職金のおかげで、金銭の不自由はなかった。
 すぐに家も確保できたし、家具の調達だって困らない。
 自分には少し不相応なくらいの家。
 ここで新しい人生が始まる。戦い続けてきた僕が、ようやく平穏な生活を手に入れることができる。
 レイアウトにも少しこだわりを持って、配置された家具達。少し誇らしかった。
 そうだ。何も、誰かを虐げるようにして他人の上に立つことはない。こうして、ちょっと良い身分での暮らしを享受できれば、十分じゃないか。
 だけど。
「さて、何をしようかな」
 これが決まらなかった。
 元は軍人、それからライセンサー。他の生き方を、僕は知らなかった。
 今から軍に入ろうとしたところで、この年齢だし、無理があるだろう。
 いや、退職金に年金、働かずとも生活に困難はないはずだ。だけど、何もせずに生きるというのはとても辛い。事実、戦争が終結してからこうして国へ帰ってくるまでの間、じっとしていることができなかった。退屈ともいえるその時間を埋めるように、忘れるように、帰国の準備をしたりあいさつに回ったりすることでわざと忙しくしていたくらいなのだから。
 僕は求人広告を開いて目を落とした。バイトでもなんでも雇ってくれるところを探そう。
 そして見つけたのは、食品工場での求人だった。内容は品質チェックで流れ作業。
 これで良い。とにかくすぐに働けるところだ。仕事に不満があれば、いくらでも探せば良いし。


 結果は、即採用だった。
 お金に困っていたわけではないけれど、これでようやく人間らしい暮らしができると安堵した。
 仕事内容は、ベルトコンベアで流れてくる食品に形の崩れたものや変色したものを間引くというもの。給料はとても安い。
 面白くはないが、これが仕事だと思えば妙な安心感が沸いてくる。
 僕はしばらくこの仕事を続けようと思った。
 それから三か月ほど経った。従業員は皆帰り、僕は戸締りを確認して最後に帰ることになっていた。
 暗い道を歩く。人通りは少なかった。
 僕はイヤホンをして、音楽を聞いていた。月は出ていなくて、街灯も少ない。
 スリに遭うのはだいたいこういう時だ。気を付けよう。
 なんて、思った時だった。

 どん。

 背中からの強い衝撃で体が揺さぶられた。
 何事だろうと振り返る……ことができない。体が拘束されているような感覚。
 誰かがいる。この体を押さえつけている。
 あれ。
 痛い。熱い。背中からジンジンとした感覚が広がってくる。
 そういえば、似たような痛みを経験したことがある。あの時は、ナイトメアの不意打ちを食らって背中に怪我をしたんだったっけ。
 ということは。僕は、刺されたのか?
「姉さんの仇よ、レイヴ・リンクス……!」
 女の声だ。
 背中に刺さったものが引き抜かれ、僕は全身から力が抜けてどさりと倒れこんだ。
 僕の顔を見下ろす女の顔。年の頃は、僕より少し若い。そして、どこかで見たような気がする。
 姉さんの仇、と彼女は言った。口から出た名前も、間違いない。
 ということは、かつて僕が殺した女の妹?
 殺した女、殺した女……。
「キミは、もしかして」
 かつて、まだ軍属だった頃。
 僕は重要データを記録したディスクの運び人を殺したことがある。運び人は、ジュニアハイスクール時代で同級生だった女だ。アルバイトとして雇われ、何も知らずに仕事をしただけで殺された、哀れな女。
 そうか。そういえば彼女には、妹がいたんだっけ。
 かわいそうになぁ。証拠は全部消したはずなのに、よく突き止めたなぁ。
 ああ。もう時間がない。僕は、これで終わってしまうんだ。
「はは、僕が、よっぽど憎かっ」

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼ありがとうございます。
前回、おまかせをいただいた際には過去を描かせていただいたので、それに連なる未来を描写させていただきました。
もちろんIFではありますが、こうして報いを受ける最期というのも、いかがだったでしょうか。
ナイトメアとの戦争を戦い抜いた英雄の一人が、こうして通り魔的に殺される。
何だかそういったヒーローがいましたね。
それはまたともかくとしまして。
お気に召しましたら幸いです。
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年05月27日

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