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『ヴァルキュリアは閑古鳥の夢を見るか? 』
桜壱la0205)&化野 鳥太郎la0108

「ただいまです、先生!」

 今日もいい天気だった。桜壱(la0205)はドアを開けて、玄関で靴を脱いで、脱いだ靴をキチンと揃えて、石鹸で丁寧に手を洗って、居間にパタパタとやって来た。
「おいしい桃が売ってたのですよ! オヤツにいかがですか、先生?」
 手にしているのはビニール袋だ。見渡す居間は電気が点いておらず、カーテンも閉め切られ、昼下がりだというのに雨の日のように暗かった。
「……先生?」
「ああ、」
 先生――化野 鳥太郎(la0108)は、ソファに項垂れるように座り込んでいた。桜壱の声でようやっと顔を上げ、遮るモノがない素顔を機械の少年の方に向けた。
「そこにいたのか。おつかれさま、ありがとうね。桜壱さん」
 恐ろしく表情筋が動かないまま、鳥太郎はそう言った。機械よりも感情のない声。
「……?」
 はて、彼はこんな顔をしていただろうか。こんな声で喋っただろうか。奇妙な感覚に桜壱は瞬きを一つした。右目の映像認識用カメラとメモリーを照合する。結果は異状なしだった。
「ええと。桃、剥きますね。フルーツ、お好きですもんねっ」
 良く熟れた丸い桃だ。台所に持って行って、水で洗って、果物ナイフを取り出して、
「そのナイフでどうするつもりなんだ?」
 桜壱の手首を掴んだのは鳥太郎の大きな手だった。桜壱が人間だったなら血流が止まるほどの力だった。
「え……あ、Iは、先生の為に桃を……」
「危ないよ」
 やっぱり無表情のまま鳥太郎はそう言って、果物ナイフの刃をもう片方の手で握り込むと、桜壱の手から奪ってしまった。柄に血が伝う。男はそのまま、ナイフを台所の床に投げ捨てる。血だらけのナイフと指とが転がって、桜壱はぎょっとして鳥太郎の方を見やった。
「どうかした?」
 鳥太郎の指はくっついている。じゃあ今、床に落ちたものは? 桜壱がおずおずともう一度だけ床を見下ろすと、そこには翅をもがれた蛾がジタジタと醜く床で痙攣をしていた。
「……? ……?」
 桜壱の情動が追いつく前に、鳥太郎は虫を踏み潰した。どろりとした虫の中身とカケラが床の上に引き伸ばされる。男はそのまま、まな板の上に放置されていた大きな桃を血みどろの掌で掴んで、黙々と貪っている。口の端から甘い果汁が伝っている。やっぱり表情は動かないままだ。
「うん。おいしいね。桜壱さんが選んでくれたから。ありがとうありがとう」
「そ……う、ですか……」
 桜壱が人間だったならば、胃の辺りに不快感を覚えていたことだろう。だがこのヴァルキュリアに、その情動を表現する手段はなく、無垢な少年のAIはその方法を知らない。
(やっぱり、何か、――)

 ――『違う』。

(でも、『何が』……?)
 それが桜壱には分からない。
 鳥太郎の手首に、血と桃の果汁が混じった赤薄い液体が伝っている。皮膚から薄ら透けて見える静脈の青の上の、甘く鉄臭いおぞましい汁。
 人のケアをするアンドロイドとして、鳥太郎の手の傷をすぐに治療しないといけないのに、桜壱はなんだか言葉が出て来なくて、己より背の高い人間をただ見上げていることしかできなかった。
 でも、やっぱりダメだ。せめて消毒しないと。桜壱はそう思って、こう言った。
「救急箱、持って来ますから……!」
 言い終わりには踵を返して、救急箱が置いてある場所へ向かった。

 はずだった。

 気が付いたら、桜壱はとある部屋の前にいた。
(ここは……)
 いつもピアノが置いてある防音室だ。
 そう、だって先生は――音楽の先生で――
 桜壱は無意識的に手を伸ばして、ドアノブに手をかけた。
 ゆっくりと開く――ドアが軋む音がして――部屋の中は真っ暗で――手探りで電気を点けた。
 そこには。

 自分と同型機『桜型1号機』の残骸が、雑多に積み上げられていた。

「……っ!」
 どれもこれも手足をもがれ、目玉を抜かれ、耳を壊され、歯を抜かれ、鼻を削がれ、バラバラにされている。スクラップの山だ。解体された機械群だ。
 むっとした異臭が桜壱の臭気センサーを襲った。甘ったるく、鉄臭い、このにおい。覚えている。ついさっき嗅いだばかりだ。人間の血と桃の果汁が混じった――それが、残骸の無残な断面から、どろどろと零れているのだ。気付けば桜壱の足元にまで甘く臭い汁は広がっていて、少年の白い靴下に染み込んでいく。足先がベタついて気味悪く冷える。

「ああ、見てしまったの。しょうがない子だ」

 そんな桜壱の両肩を、鳥太郎が後ろから掴んだ。
 彼の手は血と桃の果汁で汚れていて、それが桜壱の服に付着する。
 桜壱は振り返ることができない。だから鳥太郎がどんな顔をしているのか見えない。けれど、どんな顔をしているかの予想はついた。

「――……貴方は、ほんとに、『先生(化野鳥太郎)』ですか?」

 おそるおそる、桜壱は背後の男に問うた。
 返って来たのは含み笑いだ。どこまでも冷たく、無味乾燥な。
「俺は鳥太郎だよ」
 男はそう答えた。
 でも、男は桜壱の知っている『化野』ではなかった。
「あんたはずっとここにいて良いんだよ」
 乞い縋るような声音で、鳥太郎は言った。後ろから、小さな桜壱を抱きしめる。回される切り傷だらけの掌が、桜壱の頬を撫でた。そのままするりと撫で下ろす手は、ヴァルキュリアの機械の腕を掴んで。
「腕はいらないよね、家事をする必要はもうないし」
 ぽき、と小枝を折るような容易さで、男は桜壱の腕をもいでしまった。
「―― え?」
 量産型なれど、機械の腕は人体よりも丈夫なハズで。桜壱は目を見開く。痛覚はない。だが損傷したという自覚はある。
「足もだ。どこへ駆けて行ってしまうかわからない」
 今度は男の手が桜壱の脚に添えられた。また、手折られる花のように、桜壱の機械の脚が『とれて』しまう。
 そうすれば桜壱は、薄赤く鉄臭く糖分でべたべたした水溜りの中に転んでしまうのだ。
「うっ。……せ、先生、どうして」
 桜壱のすぐ傍に、とれたばかりの両手足が転がっていた。断面は真っ黒くて見えなくて、他のガラクタ同様に血と果汁が混じったものがじわじわと流れ出している。少年は顔を歪めて、男を見上げた。
「どうして? お前のことを愛してるからだよ」
 男はペンチを持っていた。
「さあ、じっとしてて。舌を噛んだら危ないし、虫歯になったら痛いだろう」
 ゆっくりとしゃがむ男。悪意のない悪意の手。次にどこをどうされるのか察した桜壱は、どうにか逃れようと身動ぎをする。動けはしなかった。さっきの、翅をもがれた虫の光景が電子の脳を過ぎる。
「大事なんだよ。分かるだろ?」
 抵抗もむなしく、男の手が桜壱の顔を掴んだ。
 桜壱の目の前が真っ暗になる。
 最後に聞こえたのは、男の寂しそうな呟きだった。

「でもおかしいんだよな、皆すぐ何も言わなくなっちまうんだ」







 は、と桜壱は目を覚ました。

(ゆ、め……?)

 ヴァルキュリアでも夢を見るのか。機械のスリープモードは人間の睡眠とは異なるというのに。
 桜壱はしばしぼうっとした後に、時計を確認した。まだ早朝だ。部屋は、いつもの見慣れた場所。先生の家……。
 いてもたってもいられなくなって、桜壱はそうっと鳥太郎の寝室へ向かった。太陽は昇りかけで世界は未だ暗く、電気も点いておらず、夢の光景を思い出してしまう。
 でも、あれは夢だったんだ――桜壱は自分にそう言い聞かせ、鳥太郎の部屋の前、ドアノブに手を伸ばした。
 その瞬間である。桜壱が開く前にドアが開いて、蒼い顔のまま息を弾ませた鳥太郎が現れたのは。いつものサングラスを着けていないのは寝起きだからか、それとも――
「っ、」
 いきなりドアが開いたものだから、桜壱はビクッと肩を震わせた。でも。
「あ、ごめん――嫌な夢を見たんだ」
 眉尻を下げて、額を抑えながら辛そうな顔をする目の前の男は、間違いなく化野鳥太郎で。
「先生ぇ……」
 桜壱は泣きそうになって――涙なんて出ないのだけれど――抱きしめて欲しくて、手を広げた。
「ごめん、ごめんね」
 鳥太郎は小さな体を抱き上げて、抱きしめる。桜壱は人工物ゆえに小さな見た目に反して重さがあるけれど、それでも両手にしっかり力を込めて抱きしめた。

 互いに夢の話は口にしなかった。
 けれど、同じ夢を見たことを、なんとなく二人とも感じていた。

 朝が来る。窓の外で鳥が鳴いている。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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桜壱(la0205)/?/10歳/ヴァルキュリア
化野 鳥太郎(la0108)/男/37歳/人間
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2019年05月28日

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