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『半月のユニゾン 』
レイオンaa4200hero001)&春月aa4200

 ぴょんと跳ねて、くるっと回る。ただ、それだけの事だ。
 踊る事を趣味とし、いつかはダンスを職にと夢見ている春月(aa4200)にとって、それはひどく簡単な事だった。だというのに、フライパンの中身は彼女のように上手にステップを踏んではくれない。
 パンケーキが潰れるぺちょりという音に、春月の「あっ!」という声が重なる。相方の見よう見まねで空へと跳ねさせたパンケーキは、くるりと一回転する事もなく落下し、着地点を間違えて歪んだ形へと姿を変えてしまった。
「春月、大丈夫なの?」
 近くでサラダを作っていたレイオン(aa4200hero001)に「平気ーっ!」と元気よく返しながら、春月はいそいそと慌ててその形をフライ返しで整える。
「チャレンジ精神が高いのはいいんだけど……空中でひっくり返すのは、春月にはまだ少し早いと思うよ」
「この前、レイオンが綺麗にひっくり返してたからさ! うちもやってみたかったんだけど……だめだった! 難しいー」
 タネを流し込んだ時のような綺麗な円の形に戻す事は出来なかったが、少しはマシになったはずだ。
 分量も間違えていないし、味の方にも特に問題はない……はず。
「まぁ、問題があったとしてもお腹に入ったらみんな同じだよね! たぶん!」
「また適当な事言ってるね、キミ……。ほら、そろそろ皿に載せないと焦げちゃうよ」
「おっと、危ない危ない。ありがとうっ、レイオン」
 少し歪な形になってしまったパンケーキを、レイオンが用意してくれた皿の上に慌てて載せ、春月はふぅと一息を吐いた。
 料理が出来るようになるように、とこうやってレイオンに教わりながら朝食を作る事も増えたのだが、春月の料理の腕はいまいち上達した気がしない。
「料理って難しいねえ。適量とか少々とかも、どれくらいかよく分かんないし……。ちょっとだけにしようと思ったのに、どばばーって思いのほかいっぱい入っちゃう時もあるしさ! でも、レイオンの作ってくれたレシピは分かりやすくて助かるっ!」
「それは……まぁ、そうだと思うよ」
 レイオンの考えるレシピは、春月でも作れるようにというポイントを重視して考えているものばかりだ。言ってしまえば春月専用のレシピなのだから、何よりも春月に分かりやすいように作られているのは当然の事とも言えた。
 春月にメープルシロップを取りに行ってほしいと頼んでいる内に、レイオンはもう何枚かパンケーキを追加で焼く事にする。
 特に問題なく焼けてしまったパンケーキを見て、肝心の春月の料理の腕は上がらないのに自分の料理スキルばかりが上がっていってしまうなとレイオンは苦笑をこぼした。
 春月の焼いたパンケーキに、レイオンの焼いた綺麗なパンケーキが重なる。寄り添う二つのパンケーキを見て、春月は感嘆の声をあげて彼に笑いかけた。
「レイオンの作ったやつは、まんまるでなんだかお月さんみたいだね」
「春月のも十分お月様だよ。焦げてもないし」
「うちのはちょいと歪みすぎな気もするけどね。でも、レイオンに褒められて嬉しいよーっ!」
 きゃっきゃと嬉しそうに笑う春月を見て、レイオンも笑みを浮かべる。
 それぞれが作ったパンケーキは真ん中の辺りで二つに切り分け、仲良くはんぶんこにする。先程までの姿が満月なら、この姿は半月だろうか。
 メープルシロップをかけたそれはキラキラと輝いて見え、ますますお月様を彷彿とさせるのだった。

 ◆

 朝食を食べ終え、春月はレイオンと共にレッスンスタジオのあるビルへと向かっていた。
 普段から元気の有り余った様子の春月だが、今日は一段と機嫌が良いらしい。足取りはいつも以上に軽く、どこかそわそわとして落ち着かない様子だ。
「楽しそうだね」
「うんうんっ! 今、いい振り付け思いついたんだ! 早く踊りたいよっ!」
 うずうずした様子で、春月は駈けて行く。踊る事は春月にとって最大のコミュニケーションだ。誰かと一緒に踊る事ももちろん楽しいし、ソロだとしても人の歓声や視線が彼女の胸を高鳴らせる。
 はやる思いが、彼女を一層軽い気持ちにさせる。だが、不意に足が滑ってしまった。
 先日の雨で、道がぬかるんでしまっていたらしい。ダンスで鍛えたバランス感覚のおかげか転ぶ事はなかったが、僅かに体勢を崩してしまった彼女の事を慌ててレイオンが支える。
「危ないから、足元には気をつけてよ」
「ありがとーっ、レイオン! 新しく買った服が泥だらけになったら大変だったもんねっ。ギリギリセーフ!」
「服よりも春月が心配なんだよ……」
 困ったように眉を下げ、彼は苦笑する。呆れたような口調だが、その声には春月を心配する気持ちが込められていた。
 体勢を立て直した春月は、今一度レイオンへと感謝の言葉を告げる。次いで、彼女の視線は自らの手の方へと移った。春月を支えている彼の手は、未だに彼女の手と繋がれたままだ。
「なんだか、社交ダンスを思い出すね! このまま一曲踊るかい?」
「僕はいいよ。見ているだけで十分だから」
「えーっ、一緒に踊る方が楽しいのになぁ。でも、無理強いはよくないもんねっ! ダンスはやっぱり、楽しくやらないとっ!」
 誘いには断られてしまったが、春月は納得するように一人頷く。そして、ステップを踏むように軽やかな足取りで数歩先まで歩き、くるりとレイオンを振り返って彼女は笑うのだ。
「じゃあ、その代わり見ててねっ、レイオン! 今日もうち、素敵に踊ってみせるから!」
 楽しげな様子の春月に、自然とレイオンも笑みを深める。当たり前のように、二人で過ごす穏やかな日々は過ぎていく。この日常が壊れるような事が起こらなくてよかった、とレイオンは改めて思った。
 誓約を交わしたせいで彼女を戦いに巻き込む事になってしまった事を、後悔した事もあった。けれど、彼女と出会った事自体を、後悔した事はない。
 初めて会った時も、春月は今日のようにステップを踏んでいた。その姿を、彼が忘れる事はない。レイオンはずっと、その踊りを見ていた。気付いた時には、ずっと。
「うん。ずっと見てるよ、春月」
 ずっと――今でも、レイオンは目の前で踊る春月の輝きに見惚れている。
 春月はレイオンのその返答に、嬉しそうにぴょんと跳ねて、くるっと回る。パンケーキには出来なかった芸当も、春月にはお手の物だ。
 朝食のパンケーキは、明日は別のトッピングをして食べようと二人で話し、少し多めに焼いておいた。だから、冷蔵庫の中には、今も半月のような形のはんぶんこにされたパンケーキが眠っている。
 寄り添うその月のように、これからも春月の傍で彼女を見守り続ける事を、レイオンは胸中でそっと誓うのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
このたびはおまかせノベルという貴重な機会をいただけ、光栄です。
仲の良さそうなお二方でしたので、賑やかでほのぼのとしたお話にしたいなぁと思いこのようなお話を綴らせていただきました。
レイオンさんと春月さんのお気に召すものになっていましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼ありがとうございました。またいつか機会がありましたら、その時は是非よろしくお願いいたします。
おまかせノベル -
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2019年05月29日

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