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『レンズ越しの風景 』
桃簾la0911


 切り取られた風景を額に入れる。どうせなら飾っておけば、と保護者の青年がくれたもの。
 故郷の世界には写真どころか肖像画の概念もなく。人の絵を描けば『画伯』と生温い笑みを向けられた――解せない。
 閑話休題、この世界は驚きの連続だ。だって、故郷の世界では思いもしなかった。塗料も紙も無し、ただ掌に収まる四角い箱だけで。

 ――想い出を、こんなに鮮明に残しておけるなんて。



 じーこじーこ。ダイヤルを回す。始めは驚いたこの独特な音も、今では耳に心地よい。かつて一世を風靡した『写ルン●す』というこの使い捨てカメラは、機械と少しばかり相性の合わない己にも扱えるのでは、と月の名を冠した喫茶店の店主に教えてもらったモノ。なるほど確かに、今のところ不具合も無く使えている――使えては、いる。

「良いですか、次こそはじっとなさい。……ですから何故動くのです!」

 路地裏にしゃがみ込んだ桃簾(la0911)は、何度目かのフィルムを無駄にした。哀しいかな、壊れない事と写真の腕は別物だった。だがしかし、桃簾は再びダイヤルを回す。目の前で興味なさげに欠伸している野良猫に、このまま引き下がってなるものか、と闘志を燃え上がらせて。

「わかりました、生憎と手持ちがありませんが次回。次回必ずケーキを持参しましょう。わたくしの名にかけて約します」

 唐突に猫用ケーキについて語り始める。どうやらモノで釣る作戦を選択したようだ。レンズを油断なく向けてシャッターチャンスを狙いながらも、桃簾はいかにそのケーキが家の子猫に好評かを力説している。

「おかーさん、あのおねーちゃん何してるのー?」
「シッ、そっとしておいてあげなさい」

 通りすがりの親子の優しさも虚しく、桃簾の作戦はあっさりと失敗した。


 所変わって。近所の公園の馴染みのアイス屋の前に仁王立ち。桃簾は不敵に笑った。

「前回のわたくしは失敗しましたが、今回のわたくしは学びました」

 そう、動くモノを撮ろうとするから失敗するのだ。まずは静止したモノを着実に。アイス屋のメニューへ向け、桃簾はシャッターを切る。そうだアイスも撮ろう、とファインダー越しに何気なく眺めたメニューの中、大変に重要な事に気付く。

「これは――店主、もしや新作なのでは?」
「さすが常連さんね、今日出したばかりよ」
「買いましょう今すぐに」

 微塵の迷いもなく注文し、いつもの席に腰を掛け。まずは一つ、新作チョコミント味を一匙掬う。その瞬間、桃簾は全てを忘れた。

「吹き抜ける爽やかな風……その中にも確かな甘さが舌を楽しませてくれます。――店主」

 最早ツーカーレベルに慣れた店主は、言葉と同時にトリプルのカップを差し出した。その瞬間、桃簾はただアイスを全身全霊で味わうだけの存在と化した。

「毎度どうもー!」
「……わたくしは何を……?」

 上機嫌な店主の声が耳に届き、美味しすぎたチョコミントに持ってかれていた自我を取り戻す。そこにはあの後三回くらいお代わりしたカップの残骸が。

「……写真……アイスの写真、を……?」

 呆然と伸ばした手の先を、生温い風が優しく撫でていった。



 それからも。シャッターを切った瞬間に被写体との間に人が通ったり、うっかり己の指が入ったり、夏に向け増えてきたアイス屋に釣られたり。桃簾のカメ活は中々思うようにいかない。少しだけ悔しく思いながら、桃簾は掌のカメラを見詰める。
 そもそも己は何故、カメラを手に取ったのだろう。綺麗な写真を撮るため?誰かに上手いと言われたいがため?

 ――この国には知らない景色がたくさんある。

 脳裏に響いた声。同時に浮かぶ、額に入った幾つもの美しい風景写真。玄関を開けてすぐ、故郷の世界にはなかったソレに目を奪われた。どれ一つとして同じ景色は無かった。そう、同じ場所を写していてさえ。

 ――あなたも多くの美しい景色に出会えるよう願っているよ。

 地球は美しい、と柔らかく微笑んだ瞳は、写真を通して想い出を見ていた。ブレたフィルムさえ愛おし気に。

「……わたくしは」

 翁の告げた通り。カメラの窓を覗いてみれば、見える世界は小さく狭く――けれど、レンズ越しでなければ見えない美しさを教えてくれた。あの額に入った写真のように、現像すればまた、どんな姿に変わるのだろう。美しいと感じた瞬間を手元に残しておけることが、どれほど貴重な――

「……わたくしの、撮りたいモノは」

 自分は、どんな想い出を残したいのだろう。深く深く心に問いかけ。返ってきた答えに、桃簾は顔を上げ走り出した。



 ライセンサーがよく利用する、とある大きな鍛錬所。勿論、自身も利用する馴染みの場所。柔軟のような軽い運動から本格的な組み手まで、思い思いに動く彼らに許可を取り、桃簾は『人』を写真に収めていく。

「止まってポーズでもとるかい?」
「いえ、そのままの貴方達で構いませ――何をするのですか!」

 とある少女達に声をかけた際、近くで鍛錬していた青年に面白がってカメラを奪われ、被写体へと追いやられたりしながらも。ライセンサー達の自然な姿をたくさん撮り、最後に礼を言って桃簾は再び走る。次はどこへ行こうか、足はよく行く商店街へ。ちょうど時間なのか学校帰りの学生が多く歩いていた。やっぱり思い思いの姿を見せる彼らに許可を取り、レンズを向ける。

「人気と書いてありますが、面白いのですか?」
「んー、まぁまぁ?」

 本屋で面倒くさそうに立ち読みをする高校生の手元を覗き込んだりしながら、『日常』を写真に収めていく。次はバイト先。自動ドアには触れぬよう、慣れた様子で潜る。と、目が合ったバイトリーダーが縋りついて号泣してきた。思い付きでイベントをやるからこうなるのだ、と溜息を吐きながらごった返す店内を見回し。

「わかりましたから落ち着きなさい」

 とりあえずバイトリーダーを苦笑交じりにパチリと一枚。臨時バイトをこなした後、勿論店内も働くバイト仲間達もたくさんパチリ。ここでダイヤルが回らなくなった。ああ、全然足りない。予備のカメラさえ使い切って、桃簾は微笑んだ。いつの間にかこんなにもたくさん、残したい想い出が出来てしまった。いいや。

「しっかり被写体に合わせて撮るのは難しい――その通りでした、と喫茶店にも礼を言いに行かなければ」

 いいや、まだ撮りたいモノがある、きっとこれからも増えていく――そのことが、たまらなく嬉しい。従業員控室のロッカーで着替えながら、カメラを大切に鞄にしまおうとして。はて、と首を傾げた。

「現像、とは……どうすれば?」
「待って、それ絶対違うから」

 裏側を開けようとした桃簾を、たまたま同時に着替えていたバイト仲間はファインプレーで止めたのだった。




 夕暮れ時、通いなれた帰路を歩みながら並木を見上げる。昼間とはまた違った顔を魅せる木々に、時間を変えて撮り比べるのも面白いかも、と新たな世界を見出した。カメラ越しに見なければ、思い付きもしなかった世界。

「時の許す限り撮りましょう、何枚でも」

 そしていつか帰る時、全ての写真を持って帰って。この世界の事を故郷の皆に見せて伝えるのだ。少しだけ自由に生きた世界は、移る季節も交わった縁も、何もかもが美しく楽しく――そして愛おしい、と。


 とりあえず、絶対に次は写●ンですを鞄に詰め込めるだけ持っていこう、と心に誓う桃簾であった。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご縁を有難うございました。
日方は気品あふれる姫君だ、と思っておりますが…何故でしょう、ノベルにすると伝わってない気が致します。すごく不思議なのですが、もはやご自分で動かれますので…日方はただ、その歩みを記すのみ、です。
とはいえ、解釈違いは遠慮なく、リテイクをお申し付けくださいませ。
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日方架音 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年05月29日

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