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『明日の話 』
ソーニャ・デグチャレフaa4829)&迫間 央aa1445)&不知火あけびaa4519hero001)&日暮仙寿aa4519)&鬼灯 佐千子aa2526)&リタaa2526hero001)&月夜aa3591hero001)&美空aa4136)&リィェン・ユーaa0208)&サーラ・アートネットaa4973

「少佐殿、お疲れさまです」
 真新しい軍服を着込んだ兵士らが、警邏の途中で行き会ったソーニャ・デグチャレフ(aa4829)へ敬礼を送った。
「ご苦労」
 つい先日までは、亡命政府に守られるべき少年たちであった彼ら。しかし、祖国奪還を成し遂げ、1年が過ぎた今日にはもう、共和国統合軍の志願兵として国防の一端を担っている。
 その一方、戦時昇進で得た階級をそのまま任じられることとなったソーニャは……その立場を持て余すばかりとなっていた。

 現在の統合軍における士官職は、元亡命政府代表で現在の暫定政府の首相である“大佐”の呼びかけに応じて世界の各地より戻った“インストラクター”たちが埋めてくれている。
 彼らは資源に恵まれずにいた共和国唯一の輸出物である傭兵であり、豊富な経験により途上国軍の教官として雇われていた者たちだ。決戦時には契約の問題で身動きの取れなかった彼らの帰還により、国は盤石の体制を整えつつあった。
 さらには、未だ国土のただ中に大口を開ける“湖”である。
 各国の協力を得て進められていた埋め立て作業だが、結局は完遂できずに中止となった。ニャタン連峰から雪崩れ込んだ雪解け水や染み出した地下水により、わずか数週間で巨大な湖――ブルーホールと称されることとなる――と化したことで。
 が、ここに集結した地学の専門家たちは、ただ呆然と成り行きをながめやっていたわけではない。その目と持ち込んだ機材とをもって増えゆく水と戦いながら、大量のレアメタル及びダイヤモンド鉱脈の存在を明らかとしてみせたのだ。
 かくて復興の礎石を得た新生共和国は、その富を担保に協力者であり、顧客となる各国からさまざまな支援を得、必然的に人的資源の流出を止めることに成功したのである。

 この国に必要なものは、小官のごとき戦争屋ではない。
 と、目を閉ざした直後。
「上官殿! こちらにおいででしたか!」
 サーラ・アートネット(aa4973)がソーニャの前へ駆け込んできた。
 二階級特進して曹長となった彼女だが、所属する陸軍情報部は現状、上官も部下も配属未定であり、ソーニャの側付として動くばかりの毎日を過ごしている。
「取材班が予定よりも早く到着したとのことで、こちらに問題がなければ取材を開始したいとのことであります」
 そういえば今日もだったか。ソーニャは息をつく。
 軍部に居場所を失くしつつある彼女とサーラではあったが、その毎日は実にいそがしい。なにせレガトゥス級愚神に支配された祖国を奪還した未成年軍人たちという題材は、ドキュメンタリーを売りにする各国のテレビ局にとって非常においしいものだから。
 そしてその立役者であるソーニャとサーラは、連日共和国を訪れる取材班への対応に終われているのだった。
「すぐに向かおう。問題などあるはずもないしな」
「了解。……そもそも、彼らの接待が自分たちの抱える最大の問題でありますしね」


「よろしくお願いするのであります!」
 セーラー服姿のちんまい少女が、空色のショートヘアのてっぺんから突き立つアホ毛をぴょこんと揺らしてびしり。敬礼を決めた。
「……なぜ貴公がここにいる?」
 それはもう低ぅい声で、前にも突きつけた憶えのある問いを発したソーニャへ、美空(aa4136)は「むいむい」、大きな目をしばたたき。
「取材という名の術数であります?」
「なにあっさり白状してんだよ……」
 思わず素に戻ってしまうサーラであったが、ともあれ。
「美空は表向き、日本でいちばん人口少ない県のケーブルテレビ局からお仕事受注して来たのであります」
 美空はハンディとは名ばかりの、大きなガンマイク付き8Kテレビカメラを構えた。
「まずはおふたりが大好きな祖国の食べ物の食べ歩きするシーンを撮影するのでありますよ。ちょうど記念イベントの準備で広場に屋台がいっぱい出てますので、そちらに行くのであります」
 国会前広場では一週間後、カルハリニャタン共和国の奪還記念イベントが行われるのだ。
 主催が新首都内の商工会――国には未だ大きな式典を執り行う余力がない――であることから、招かれる賓客はソーニャ、サーラだけという小さな催しではあるのだが、新生共和国初めての民間イベントということで、国内外の注目を集めていた。
「上官殿、悪い予感が止まらないのでありますが……」
 サーラの耳打ちに渋い顔をうなずかせつつ、ソーニャは無言で美空を見やる。
 どれほど怪しかろうと、正規の手続きを経て来国したマスコミを追い出しては、国の今後に障りかねない。
「今は用心しつつ踊るよりあるまい」


「上官殿ぉ! ほっぺにクリームがついてないでありますぅ!」
 美空襲来から4日。同じ取材対象であるはずのサーラによる鬼演技指導により、ソーニャは着々と追い詰められつつあった。
「美空さん、そのへんの屋台から生クリーム……いえ、サワークリームを仕込んでくるのであります! 共和国っぽさ出さないとでありますからね!」
「了解であります。おぬしもワルよのぉであります」
 わずか数日の間になにがあったのだ同志ぃ!? 問い詰めれば今以上にやばいことになりそうで、ソーニャはぐっと怒声を噛み殺すが。
「コストを考えれば自前で済ませるべきだね。というわけで、卵白にコンデンスミルクを混ぜて泡立てないようにかきまぜようか。仕上げは烏龍茶を少々」
 いつの間にか現場へ合流し、普通に仕切っている迫間 央(aa1445)の鬼プロデュースが畳みかけてくるわけで。
「それちがう撮影現場で調合するやつであろうが迫間Pぃ! いったい小官になにやらす気だ!?」
「さて、なにかな」
 その回避力をもってソーニャをスルー、さくっと手配を済ませた央は美空とサーラへ告げた。
「調合待ちの間、撮影は少し休憩しようか」
「え!? マジで疑似のアレ使う気であるぅ!?」
「疑似じゃないものは倫理的に問題があるよ?」
「いい笑顔で垂れるセリフか!」
「にゃ――ソーニャさん、休憩入るでありまーす」
「にゃ――上官殿、こちらのバスローブをどうぞ」
「ほんとに撮影っぽくなるだろうが!! っていうか小官、普通に服着てるからな!? あと“にゃ”ってもうアレか!? にゃーたんか!?」
「まったく、にゃーたんは大ボケの割にツッコミたがるからなぁ。演出的には最高だ! いや、再興だ?」
「Pは無理矢理うまいこと言いたがらなくてもよい!」
 わちゃわちゃありつつ、ソーニャは広場の隅にしつらえられた休憩所、その特製ベンチに力なく腰を下ろした。
「おつかれさま、デグチャレフさん」
 と、アイスコーヒーを差し出したのは、体重き同志であるところの鬼灯 佐千子(aa2526)である。
「すまぬな重友。しかし、イベントまではまだ日があるが、早いな?」
 となりに腰かけた佐千子は、同じコーヒーをひと口飲み。
「早く見たかったのよ、あなたの国の“明日”を」
 怪しい調合に精を出す央やサーラ、美空からそっと視線を外し、国会前広場を行き交う人々の様を見やりながら言う。
「すごい活気ね」
「うむ。今は国民一丸となって復興を急いているただ中であるからな。……皆、愚神に止められていた時間を少しでも取り戻したいのだよ」
 どん。ここで大砲を撃つ轟音が空気を揺るがし、鋭い女性の声音がその震えを貫いた。
「遅い甘い荒い! 勝敗を分けるものは敵を打つ鉄の量だ! 迅く澄ませて精密に己の職分を全うせよ!」
 そちらを見れば、イベントで撃たれることとなっている祝砲担当の砲兵らを叱咤するリタ(aa2526hero001)がいる。
「軍における適当とは適切な行動を当たり前に取ることを差す。兵となった諸君らは、その一挙手一投足に至るまで適当たることが求められるのだ。適当を為し、適当を成せ」
 返ってくる了解にうなずき、表情をさらに引き締めて、さらに告げた。
「ならば私に見せてみろ! 諸君の適切、その当たり前を!」
 そんなリタの様に、ソーニャは苦笑し。
「あちらはあちらで相変わらずだな」
「戦いが終わっても、気質までは抜けるものじゃないみたいね。でも」
 向かい合わせた苦笑をほろりと崩し、佐千子はソーニャの肩へ触れた。
「イベントをどうしても成功させたいって意気込んでるのよ。だって他の誰でもない、あなたの門出だもの」
 小官の門出、か。ソーニャは小さく息をつく。
 すべてが終わった今もまだ、本来のソーニャ・デグチャレフは目覚めることなく、異世界の存在であるはずの自分がその人としてここに在る。それはいったいどんな理由によるものなのか。
 まだ終わっていないということなのかもしれぬな。祖国復興という大仕事は、未だ為されておらぬのだから。
「ソーニャー!」
 と。こちらに向けて手ならぬ、手に持った大きな袋を振り振り駆け寄ってくる不知火あけび(aa4519hero001)。
「お土産いっぱい買っちゃったよ! スクリくん&パリちゃん人形とか!」
 スクリパリはコウライギギというナマズ目の魚のロシア語読み。祖国の味ということで今回のイベントではマスコットキャラに採用されていて、こうしてグッズの販売も行われているのだった。
「最初に買うのもどうかとは思ったんだが。イベント当日は店も混むだろうし、復興に少しでも貢献しておきたいしな」
 あけびを追って辿り着いた日暮仙寿(aa4519)もまた、大きく膨れた包みを抱えている。共和国への気づかいもあろうが、顔の広いふたりだからこそ土産もかさむということなのだろう。
「私もいろいろ買ってきたー」
 ふたりに遅れて到着した月夜(aa3591hero001)は、背負っていた袋をどっさと下ろしてふいー。
「中身はもれなくマスコット人形か」
 ソーニャにうんとうなずいて、月夜はにこやかに。
「これ、共和国の人の思いがちゃんと込められてるのがわかるから――」
 ここまではよかった。そう、ここまでは。
「――形代にすっごくいいなぁって! だって、ただの大量生産品だとうまく乗らないんだよね、なんでそんなこと言うのーって気持ち! それにほら、呪術戦って数も大事だし? これ、ほんとにいい感じで呪えるアイテムだよ。共和国さいこー」
 かわいらしく右拳を「おー」と突き上げる月夜から急ぎ目線を逸らし、ついでに「そういえば夫君の姿が見当たらぬようだが」の問いを必死で飲み下したソーニャは、とにかく話題のすり替えを敢行した。
「……そういえばだ。皆、あの淵は見てきたのか?」
 ソーニャの問いに、佐千子がかぶりを振って。
「鉱脈の採掘工事の真っ最中で、今は部外者が近づける雰囲気じゃないもの」
 そこへあけびと仙寿が言葉を添えた。
「イベントが終わったら、ソーニャといっしょにみんなで見に行こうって話してたんだ。当日なら作業もしてないでしょ?」
「それに、全員がそろってないと思い出話もしづらいしな」
「思い出。うむ、そうだな」
 ソーニャは三人の言葉を噛み締める。そう、あの戦いはすでに過去だ。先を目ざして踏み出した今となっては顧みるだけのものに過ぎない。
「ただ、当日はにゃーたんの時間が空かないんじゃないか? だって主賓だろう」
 すでに隠す気すら失ったらしい央が輪に加わってくる。
 ちなみにサーラと美空は「練りが甘いのでありまぁす!」、「リアリティが大事でありますからね」などとコンデンスミルク入り卵白をこねまわすのでいそがしい。
 それは見なかったことにして、ソーニャは央へ「いや、イベント後すぐでかまわん」。
「ここまでの歩みを思い出として語らい、置き去っていこう。軍人として駆け抜けた日々も、アイドルなどという恥ずかしい過去もな」
 ソーニャは知らない。
 美空のカメラのガンマイクが、しっかりその言葉を拾っていたことを。
 そして彼女を除く全員が、雪の白粉を厚く塗り重ねたニャタン連峰に目線を送ったことを。

 その目線集まるニャタン連峰の一角。
 雪中にたくましい両脚を突き込んで仁王立ったリィェン・ユー(aa0208)が野太い声音を張り上げた。
「親愛なるお嬢様ども、お風邪なんぞ召してないだろうな!?」
 ぶひひぃぃぃん!! 応えた豚なんだか馬なんだかよくわからない声をあげる屈強な男たちへ鋭い眼光を返し、リィェンがかぶりを振る。
「知力を取り戻しておけ! お上品にしてられなきゃ、広場から蹴り出されちまうからな!」
 かしこまりぃぃぃ!! 今度は人語で応えた男たちは、全員が揃いの全身タイツを身にまとっている。見たことがある者には共感してもらえるかと思うが、筋肉+全身タイツの組み合わせは、布の薄さに反比例してやけに暑苦しいものだ。
「ロンドンの空の下から見ててくれ。俺の……俺たちの祝いっぷりを」
 愛する某ヒロインの笑顔を寒すぎる空へ描いてみたリィェン。
 ちなみに発注ではいっしょに行動する旨書かれていたが、好感度激下がりが確実すぎて今後に障るため、全カットである。


 その夜。
 首都で営業を再開している数少ないホテルの一軒のロビー、謎の覆面集団が隠された顔を突き合わせていた。
「言質は取れたのでありますが、アイドルやめる発言も取れてしまったのであります」
 ちんまいセーラー服姿の覆面が、抱え込んだ両手から思い切りはみ出したテレビカメラを示して言った。
「そんなことが赦されると思うか? 彼女を信じ愛する者たちから光を奪うことが」
 鍛え抜いた体を持つ武人覆面がざわり、丹田から押し上げた“気”を燃立たせる。
「そうだよね。信じて愛して二世の契りまで交わしたお嫁さんにあんなことで怒るとかありえないよね」
 主にプライベート方面でおどろおどろし始める巫女覆面をその義腕で鎮めたクール覆面は義脚を組み換えつつ。
「デグチャレフさんの幸せだとか慰めだとか、もっと考えてあげるべきだと私は思うのだけど……」
「アイドルうんぬんはともあれ、軍人が軍人たるを捨てると決めた並ならぬ覚悟、汲んでやりたいところだ」
 軍人覆面の発言を加え、場はソーニャを大事にしたい方向へ傾いた。
「私はソーニャがやりたいこと思いっきりやってほしいなぁ」
 大正浪漫覆面が言えば、傍らの若(様っぽい雰囲気)覆面がうなずき。
「俺もそれに賛成だな。戦うことしかできなかったソーニャが、新しい道を進む手助けをしたい」
 そして。
「うん。適職と天職はちがうものだからね」
 眼鏡覆面その1がそれを肯定し、皆へやさしく語りかけた。
「ソーニャさんの適職は軍人だ。でも、天職はそうじゃない、彼女は認めたくないのかもしれないけど、本当は知ってるはずだよ。自分が何者なのか、誰よりもね」
 ……猛烈な勢いで、エア札束数えしながら。
「信じたいのに信じ切れなくなるから、その手は止めようか」
 若覆面が切実な声でツッコんだ、そのとき。
「赦されないのでありますよ。赦しもしないのであります」
 もうひとりの眼鏡覆面――ただしその眼鏡は別々のレンズを無理矢理に繋いだものだ――が低い声で言い切って。
「こうなったら同じ地獄に……ずぶずぶ、ずぶずぶ」
「ずぶずぶかぁ。そうだねぇ。そうだよねぇ。ずぶずぶ沈めちゃうー? それとも刺しちゃう?」
「おい、これまずいんじゃないか央じゃなくて眼鏡覆面その1! 巫女覆面が眼鏡覆面その2に影響されておどろおどろし始めてるぞ!」
「若覆面と大正浪漫覆面は巫女覆面の対処を! 武人覆面と軍人覆面は眼鏡覆面その2を隔離してくれ! 俺とクール覆面はホテル関係者さんへの謝罪に回る! セーラー服覆面は……各員の応援?」
 そんな茶番劇を演じながらも、一同の心はすでに定まっていた。すべてはソーニャのために、と。

 一方、ソーニャはあてがわれた士官用宿舎で物思いに沈んでいた。
 さて、小官が明日より為すべきはいったいなんなのだろうな。
 しかし、どれほど己に問うてみたとて、答を持たぬ彼女に答えられようもなく。
 夜はただただその黒き茫漠を増しゆくばかりだった。


 矢のように3日が過ぎ、イベントは開会した。
 多くの国民が広場にしつらえられたステージ前に集まり、その中にはソーニャの友である面々の姿もある。
 それをステージ奥の椅子に座して見渡すのは、佐官用の礼服に身を包んだソーニャと、そのそばに控える下士官制服姿のサーラ。
【手を振って笑顔を振りまくのであります】
 美空がステージ袖からカンペを出し、その横の央は右手をぐるぐるさせて巻きを指示する。
「実に不本意だが、あの指示は妥当だな」
 ソーニャはなんとか口角を上げて右手を振る。ただし。
 国民がわっと歓声をあげ、あらん限りの力で手を振り返してくるとは予想していなかったわけだが。
「上官殿は救国の聖女でありますので」
 力強く応えたサーラに、ソーニャは作り笑顔を保ったまま小さくかぶりを振った。
「皆の力あってのことだ。小官はただ旗を振ったにすぎん」
 ここで祝砲班の指導教教官ということで大砲についているリタから通信が入り。
『それをできる者は希少だ。それは互いに充分思い知っているものと思うがな』
 軍人にとっての最悪は、指揮を執る上官がクソであることだ。その点で言えば、確かにソーニャは上官としての才能も持ち合わせていたのだろう。
『こんなときに訊くのは場違いだと思うが、本当に軍人を辞めるのか?』
 これは仙寿の声。そういえば愛用している通信機は、愚神との決戦に加わってくれた皆と繋げたままだったか。ソーニャは苦笑しつつ応える。
「ああ。平時に役立つ類いの士官でないことは明らかだし、このまま留まればいらぬ騒動の種を軍で芽吹かせかねんからな」
『じゃあ、これからどうするの?』
 やわらかなあけびの問いに、しばし迷ってから返した。
「不本意どころではないが、今の自分にやれることは多くない。愛する祖国の皆のため、別の形で旗を振るだけだ」
 言葉を紡ぐにつれ、心が据わる。
『デグチャレフさんがそのつもりなら、私は全力で応援する。この国の明日のためだけじゃなくて、あなたの明日のために』
 佐千子の通信はところどころにノイズが混じる。機械の四肢へ流れ込むライヴスの高まりが、通信機にも影響を与えているのだ。
『みんなが待ってるぞ。君が始めるのを』
 リィェンの太い声音は静やかで、そして猛々しい。さながら嵐の前の静けさのように。
『なんて呼んだらいい? ソーニャちゃん? それとも――別の名前?』
 すべてを心得た月夜の声が、ソーニャに最後の選択を促した。

 明日、小官が為すべきことは知れている。
 問題はそれをどのように為すかだが……いや、軍人ならぬ小官に残された有り様など、ただのひとつしかありえん。
 結局のところは、そう。

『それではここで、ソーニャ・デグチャレフよりみなさまにご挨拶をさせていただきます』
 司会者からマイクを受け取った央が告げる。
 踏み出す先は、友によって整えられた。
 ソーニャが為すべきは、この一歩を踏み出すばかりだ。
「上官殿」
 サーラに支えられ、杖を置いたソーニャはステージの先まで歩を進め、立ち止まった。
 横から央が差し出したマイクに、背筋を伸ばして語りかける。
「親愛なる同胞諸氏よ」
 電気的に増幅されたソーニャの声音で広場は満たされ。
 人々は、救国の英雄たる少女の次なる言葉を待ち受けた。
『祖国は我らが手に取り戻された。この先、我らの歩を待つものは発展であり、隆盛である』
 盛り上がろうとする人々を『しかしながら』、ソーニャの声音が留め。
『道はけして平坦なものならぬ。今は我らの足元を、この国の未来を信じてくれた他国の手が拓いてくれているが……我らは祖国を取り戻した自らの手で己が道を拓き、自らの足を踏みしめて進まねば』
 そうだ。今の共和国を動かしているものはすべからく他者の救い。いずれ返さなければならない彼らへの借りは、日に日に増しつつある。
『小官は戦陣の先頭へ立ち、旗を振り続けてきた。しかしここにその旗を置き、新たな旗を取ろう。開拓者たる諸氏の背後より、力強く歩めと援じるために』
 ソーニャの支えとなる傍ら、サーラは腰のホルスターにさりげなく手をやる。
 イベントを特等席から見守っていた将兵の一部が、示し合わせて席を立った。彼らはソーニャの“伝説”を支持する派閥の幹部であり、大佐からの直々の命によりサーラがマークしていた面々である。
 やっぱ黙って見てるとかねーよな。
「アートネットより各員へ。プラン“に”、発動」

「……まずは包み隠しておこうか」
 リタの指示により、砲兵が空砲を撃ち鳴らした。
 白鳩と共に空へ放され、用意されていた風船がゆっくりとその後を追う。
「仙寿」
 あけびが手袋で鎧った指先で投じたものは、ドライアイス製の棒手裏剣。それは溶けきるより迅く風船を穿ち、内に詰められていた紙吹雪を一気に撒き散らした。
「ああ」
 短い応えを残して人々の隙間をすり抜けた仙寿は、動き出した軍人の殿へ音もなく貼りつき、延髄へ手刀を落とした。
 最後尾の異変に気づかず進んで行く軍人たちを見送りながら、仙寿は崩れ落ちた男をそっとうずくまらせる。
「そのまま適当に撃ち続けろ。私は少しばかり、祭へ混ざってくる」
 リタはすぐに通信機を繋ぎ、佐千子を呼ばわった。
「サチコ、最終防衛線で合流するぞ」

 簡単に言ってくれるわね。
 苦笑した佐千子は、ステージの裏から駆け込んでこようとする兵士らへ二丁拳銃の照準を合わせた。
「ジャムらないように気をつけないとね」
 弾倉に収められているのは暴徒鎮圧用の特製ゴム弾で、弾速が遅いだけでに詰まりやすい。
「幹部が着く前に片づけるぞ」
 流水のごとくに踏み出したリィェンが、引き金に指をかけた兵士の鳩尾に前蹴りを突き込んだ。腰を据えず、最速を為すジークンドースタイルである。
「やりすぎはだめよ!」
 ゴム弾を撃ち込みながらリィェンをたしなめる佐千子だったが、彼女の銃撃もまた正確に兵の急所を叩いている。

 一方。式神を通じ、一般人の間を押し通りにかかっている兵士らの動きを把握した月夜は、唇の先で呪句を刻む。
 形代へまとわりし地の龍よ、我が意に従いて“口”を塞げ。
「急急如律令!」
 呪術的な陣を描くよう配置されたスクリくんとパリちゃん人形の目が金色に輝き、その身に蓄えていた電気を地へ放った。
 果たして、兵士たちの靴底だけを選んで伸び上がる細い電撃。
 びくりと跳ね上がって硬直、動きを止めた兵士らと、やっと落ち着いたかとステージに目を向けなおす人々とを見やり、月夜は小さく肩をすくめてみせた。
 ほんとはケンカの続きに使おうと思ってたんだけどな……呪いかた、もう一回考えなくちゃだめだね。
 でも。
 スクリくんとパリちゃん、ひと組だけ持って帰ってあげよっかな。……別にお土産あげたいわけじゃないけど!

『祝砲の音が響いていますね。今日の空気はよく乾いているようですので、特に女性のみなさまは保湿にお気をつけください』
 他の面々をカバーすべく奮戦する央と、カメラを担いでちょろちょろ駆け回り、【のばしてのばしてであります】のカンペを出す美空。
「なにが起きている?」
 詰め寄るソーニャを振り返らず、笑顔を前へ向けたまま小さく応える。
「ソーニャさんを御輿に担ぎたい派閥が軍の中にいる。これからソーニャさんが言おうとしていることは、彼ら的には困るのさ」
 ここで美空がカンペで【祝砲が終わるのであります】と知らせてきた。残された時は、もう長くない。
 息をついた央は、ついにソーニャへ目を向けて。
「今なら軍人を全うする道に戻ることもできるけど、どうする?」
「皆に押してもらった背だ。今さら翻して転進する気はない」
 サーラと示し合わせ、美空がステージ上に煙幕を焚く。
 ソーニャはその煙の内に身を躍らせて。
「最高でも再興でもいい! 演出を頼むぞ、P!」

『プラン“に”、第二段階始動。みんな、頼んだよ』
 央の通信を受けた一同が、取り押さえた兵らを置き去り、ステージへ。
「仙寿!」
「行け!」
 仙寿が両手を組み合わせて作った足場へあけびが足をかけ、彼のハンマースイングと自らの跳躍とを合わせて高く、煙幕すら越えて跳んだ。
「準備いい!?」
『問題なし!』
 サーラの返事が届くと同時、あけびは宙で体をひねって握り込んでいた中和粉をまき散らす。
「霞を晴らしてみせましょう! って感じかな?」

 果たして煙幕は速やかに払われて。
 人々は見た。ステージの中央に立つ、マント姿のふたりを。
「小官は祖国奪還のときまでがむしゃらにやり抜くことを決めていた」
 しんと静まった人々へ肉声で語るソーニャに、サーラが同じく肉声で続く。
「自分は上官殿に付き従い、地獄の果てまでお供する覚悟でおりました」
 それにうなずき、ソーニャはマントへ手をかけた。
「しかし大願が為された今、小官は軍を後にすることを決めた。さらなる明日へ進み、そして、愛すべき同胞諸氏の明日を鋼ならぬ声音で支援するために!」
 マントを脱ぎ捨てたソーニャを包む装束は、ショッキングピンクの“慰問用制服600-N08”。
 そして、サーラもまたレモンイエローの“慰問用制服600-S04”を現わし、ステージに置かれていたマイクを取り上げて。
『それでは聴いていただくのであります! “鋼壮歌”!』
『待て同志! なぜマイクが1本しかないのだ!?』
『それはもう、頬寄せて同じ歌を同じ気持ちで同じ地獄でずぶぶぶぶ』
『同志っ! やばいとこだだ漏れであるぅぅぅ』

 央は即座にカラオケを大音量で響かせてソーニャの絶叫をかき消し、感慨深く目をすがめた。
 ああ。やっぱり“NYA-RA”はにゃーたんにもさーらんにも最高で再興の適職だ。その彩がかすれてしまわないよう、大切に育てていこう。
「軍人気質をうまくつついて馬車馬みたいに働かせないとね!」
「央、建前じゃなくて本音のほうが口に出てるぞ」
 仙寿のツッコミは、Pと化した央には当然のごとく届かないんだった。

「よーし、私も支援しなくっちゃ」
 月夜は侵入者撃退用の陣を張っていた形代の未使用分に命じ、ステージへ向かわせた。愛らしいマスコット人形がよちよちとことこ、歌うソーニャとサーラのまわりを囲む様は実にいい感じである。
 が。
「あ、陣形そのまんまだったー」
 囲い込んだソーニャとサーラの脚へ、なにやら不穏な気を放つスクリくんとパリちゃんたちが一斉に襲いかかった。
「ぎゃあああああ! こやつらナマズのくせに歯があああああ!」
「おおおおお同じ痛みを分かち合うこれすでに同志越えて相思!? 次のリリック(詞)相愛!!」
「小官そんなライム(韻)にうなずく気皆無ぅ!」
 形代を止めようとした月夜は笑み、サムズアップ。
 なんだか楽しそうだからいいよねっ♪

【アクシデントであります! 演出っぽい感じにしてくださいであります!】
 そこそこ長いカンペをきゅきゅっと仕上げた美空が、ほい。観客に見せないよう示す。
「映画版ニンジャみたいになってきたね!」
 あけびは愛刀ならぬ十字手裏剣を袂から抜き出し、手挟んだ。こちらはドライアイス製ならぬ鋼製の本物である。
「このシュリケンの十字は架――シノビの鎮魂果たすがため、推して参る!」
「そんな演出してる場合か」
 きりっと決めたあけびへぽんとやさしくツッコんで、仙寿が携えてきた守護刀「小烏丸」を抜き放った。
「仙寿ずるい! 最初に小烏丸抜いたの、共和国のみんなにわかりやすく剣劇見せたいからでしょ!」
「いいから行くぞ」
 と、そこへ。
「大事なアイドルを守るのはPの務めだからね。俺も手伝おう」
 無意味に残像なんか出しつつ央が跳び込んできた。
「あー、央さんもずるい! なんかすっごくニンジャっぽいんですけど!」
 そこに食いつくのか……仙寿が言うより早く、あけびも分身を開始して。
「追いつけるかなあけびさん、このH.O.P.E.の神速に!」
「追いつけますー! ニンジャですからー!」
 ……実は俺、貧乏クジ引いてないか?
 すばらしい剣技を閃かせる仙寿の嘆きを置き去り、シュバシュバする央とあけびであった。

 合流し、ふたり分の弾数をもって幹部たちを一掃した佐千子とリタ。
 佐千子はステージで始まった大騒ぎから目を逸らし、こちらをじっと見つめているリタから目を逸らし、「そういえば大事な用事を忘れてたわ!」。脱兎のごとくに駆け出そうとして――
「こんなこともあろうかと」
 がっしとリタに掴み止められ、ぐりっと振り向かせられた。
「知らない! 私、こんなこともあろうことも知らないから!」
「こんなこともあろうかとっ!!」
 気迫で佐千子を圧倒し、さっと後ろを指差した。やけにファンシーな、サーカスの人間大砲を思わせる大砲を。
 激しくかぶりを振る佐千子に、無理矢理リタがその心身を共鳴させていく。
「私たちの任務はにゃーたんの明日を支援することだぞ? あとは……わかるな?」
 いいいいいいやああああああ!!

 空駆ける謎のライヴスリンカー“爆撃乙女ラジカル★サチコ”の「ラジカル★グレネード、カーペット・ボンビング!」が、暴走する形代たちごとサムライやらニンジャやら、当のアイドルたちをも吹っ飛ばす中。
 ひと足早く暗闘から抜け出していたリィェンが、客席のただ中で閉ざしていた両眼を開いた。――時は来た!!
「お嬢さんども、準備はいいか!?」
 観客の内からざわり、怪しげな圧が沸き立って、おおおおおお!! 応えた。
 声の主たるマッシヴ・メンズは、リィェンの手でニャタン連峰に集結させられたNYA-RAヲタどもだ。ちなみに、先に登場した豚馬の正体であり、以前騎馬戦の馬になっていた連中の成れの果てだったりする。
「今このときをもって貴様らはお嬢さんを卒業する! 貴様らはなんだ!?」
 戦士! 戦士! 戦士!
「貴様らはにゃーたんを愛しているか!?」
 ガチ恋! ガチ恋! ガチ恋!
「貴様らはさーらんを愛しているか!?」
 リアコ! リアコ! リアコ!
「貴様らができる唯一の芸はなんだ!?」
 MIX! マサイ! ケチャ!
「ならばそれを捧げろ!! 命尽きるまで捧げ尽くせ!!」
 その後、会場がより一掃カオスになったのは言うまでもないわけだが、ともあれ。

『小官は軍人ならぬ軍系アイドルとして、皆に支援砲撃を――まとわりつくな同志ぃ!』
『合体じゃなくて共鳴でありまぁす!!』
 美空は焼け野原ならぬ焼けステージで絡み合うソーニャとサーラを下からカメラでなめあげつつ、ぐいっとサムズアップ。
【この記録映像は高く売れるのであります。百合営業は基本戦術なのであります】
『いや、同志はおとこ』
『やっぱり共鳴じゃなくて合体! 合体であります!』
『ふんすふんすするなああああああ!!』


 狂乱のイベント終了後、ソーニャたちはブルーホール近くの丘上に来ていた。
「綺麗なもんだな。……とても思い出せないな、あの日の決戦なんて」
 リィェンは感慨深く息をつく。眼下に広がる澄水にかつての深淵の名残はない。限りなく穏やかで、果てなく青かった。
「不思議なものだな。愚神の巣が共和国へ未来をもたらす“宝物湖”となろうとは」
 穴を縁取るように展開した採掘工事用の巨大機械群へ感心するのはリタ。
「デグチャレフさんとアートネットさん、そしてたくさんの人たちと、私たち。みんなで取り戻した未来ね」
 風に声音を流し、佐千子は前髪をかきあげた。この未来がよく見えるように。
「これから始まるんだね。今日の次の明日」
 月夜は両手に抱いたスクリくんとパリちゃんを見下ろし、笑む。ブルーホールは今後、採掘場兼観光資源として多くの人々をこの国へ導くのだろう。
「いろいろ話すことあるかなって思ってたんだけど、ここに立ってるとなにも言わなくていい気がするね」
「ああ。俺たちの戦いは昔のことだと忘れてくれればいい。今はそれこそ未来だけを見て進むときだからな」
 あけびの心を代弁し、仙寿は静かにうなずいた。
「繰り言になるけど、それは共和国だけの話じゃないよ」
 央がやわらかな思いと声音をソーニャ、そしてサーラへ送る。
「わかっている。ただし覚悟してもらわねばな。これからも皆を巻き込むぞ」
 ソーニャは一同の顔を順に見て、口の端を上げた。あまりに不器用な笑み。アイドル活動を続けていれば、小官もいつか自然に笑めるようになるものか?
「上官殿」
 サーラがソーニャへ手を伸べる。
 邪気のないそれをためらわずに握り返し、ソーニャは一同へ告げた。
「全軍、前進」
 ……ここでカメラを回していた美空がはたと手を挙げて。
「いいお話過ぎるので、このシーンは全カットであります!」
「どこぞのバラエティ番組か!」
 かくて賑々しくも力強く、ソーニャは踏み出していく。
 明日の景色は来たる夜の先に隠れて見えはしないが、迷うことはない。先を導き、背を支えてくれる友があるかぎり、どこまでも、どこへでも行けるのだから。
 
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2019年05月29日

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