▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『信仰のお裾分け 』
ユリアン・クレティエka1664


 家族に呼び止められたユリアン(ka1664)は顧客への届け物を頼まれた。
「ああ、あそこの」
 頷くユリアンに家族は「そう」と頷く。
 届け先は街道を歩いていった先にある集落。
 その集落の中でも少し外れたところに顧客は居を構えている。
「いつも通り、お昼を用意しているって」
 家族が言えば、知っているとはいえ、ユリアンの気持ちも上昇する。
 その顧客は齢七十歳を越える老婆だが、まだ足腰もしっかりしており、自分で食べる分だけの食料も作れる。
 薬草を届けに来た際、必ず昼食を振る舞ってくれる。
 肉と野菜をしっかり煮込んだ旨味のあるスープに顔くらいの大きさのふっくらとした焼きたてのパン。
 添えられジャムは甘酸っぱく、出される香草茶とよく合う。
 今日の献立は何だろうなと思案しつつ、家族に最後に行った時の話を聞き、顧客に渡す薬草をカバンに詰めていく。
「状況は分かった、行ってくる」
 カバンを背負ったユリアンは早々に出発をした。


 本日の天気は晴天。
 夏に向かっていることもあり、気温が高くなってきている。
 最近は熱に浮かされて倒れては薬師の下に運ばれるケースも多い。
 歩いている街道は人通りがまばらでもあり、横を向けば、放牧中の羊の姿が見られる。
 ハンターとして活動しているが、こういう時は心が和んでしまう。
 歪虚というものはどこにでも現れるのもユリアンは知っている。
 とりあえずは目の前の顧客へのお届け物を終わらせなければならない……が、どこかの時点で尾行されていた。
 速度を変えていったが、同じ速度でついてくる。
 それとなく肩越しに確認すると、山賊だろう身なりの男達が三人。
 もう少し歩けば森に入るので、スキルを使って逃げればいいか……などと逃げる算段を考えていた時。
「うわぁあああ!」
 後ろから聞こえる叫び声にユリアンは思わずつんのめってしまう。
 振り向くと、山賊達が鳥達に襲われて頭を突かれている。青い鳥が翻ってユリアンの方へと向ってくると、速度を落としてユリアンについて来いと言いたげに先行する。
 鳥が心配だが、賊は逃げ出しているので大丈夫と安心したい。
 森の中へ走っていくと、木陰で少し涼しくなる。
「助かったよありがとう。君達の仲間にも礼を言ってくれ」
 ユリアンが礼を告げるが、鳥は聞いていないのかのように少し奥へと飛んでいく。
「あ、おい」
 手を伸ばしてユリアンが追うと、鳥はある場所で翼を羽ばたかせて止まっている。近づいていくと、鳥の隣に人影があることに気づく。
 背の高さやシルエットからして少女くらいだろうか。
「えっと……迷子か?」
 ユリアンの問いかけに少女は答えず、先を歩いてしまう。
「待って! そっちは危険だから!」
 慌てたユリアンが制止の声をあげても少女は気にせず歩く。この向こうは危険な道と言われている。
 覚醒者であるユリアンだからこそ危なげなく進むことが出来るのだが、しかし、少女は難なく進んでいき、まるでユリアンを案内をしているようだ。
 賊に追われる……むしろ、鳥達がピンポイントに賊を襲うというアクシデントに驚き、森の薄暗さの中で動転していたユリアンは少しずつ冷静さを取り戻す。
 肉眼でしっかり見えるほど近い距離なのにもかかわらず、ぼんやりとしたシルエットのまま。
 時折、何かシルエットの中で淡く光っているような気がする。
 精霊の類だろうかと考えるユリアンに気づいたのか、シルエットは振り向く。
「どうかしたのか?」
 心配したようにユリアンが尋ねると、少女はユリアンから向かって左を指さす。
 目だったのは一輪の花くらい。
 ユリアンがいる道は一人分の道幅。その向こうは斜面となっており、左側に行くには斜面を下って渡らないと行けない。
「あの花がほしいのかい?」
 尋ねてみると、少女は違うと言いたいようにジェスチャーをしている。
「違うのか」
 そう言えば、頷いている。これは合っているようだ。
 少女を先頭に歩いていると、別の花を指さす。次は右側の壁のような斜面の上にある赤い花。
 下からではよく見えないが、八重の花びらに微かに白が混じっている。零れんばかりの大輪の花だ。
「上から見たら、綺麗だろうな」
 見上げたままユリアンが呟けば、少女はなんだか嬉しそうな様子を見せる。ユリアンが少女の方を向けば、彼女はにこにこしている……ような気がした。
 共感してほしかったのだろうかと思案する。
 森の中での危険区域は歩くには危険だが、美しい植物が見られた……というか、少女が誘導しているのだ。
 何を意味しているのかユリアンには皆目見当がつかない。太陽の方向と自分の目的地は合っているので、問題はない。
 精霊の類でも女の子だ。
 女心はそう簡単にわかるものではないのか……と思案しつつ、森の中を歩いていた。
 奥から光がこぼれていることに気づいたユリアンは森の終りに差し掛かっていることに気づく。
 薄暗い森から出ると、眩い太陽の光が視界を奪い、慌てて手で庇を作る。
 少女は立ち止まっていた。
「ここでお別れ?」
 そう言えば、少女は頷く。
 彼女はこの辺りに存在するのかと納得する。
「精霊が熱にあたる話は聞いたことないけど、塩の入った飴だよ。よければどうぞ」
 ユリアンは少女の前に片膝をついて目の高さに合わせると掌にのせた飴を差しだす。
 手持ちの甘味がこれしかなかったのだ。
「助けてくれてありがとう。素敵な花も見せてくれて嬉しかったよ」
 微笑んで礼を告げるユリアンの心遣いに少女は朧気ではなく、見えるように笑顔を見せた。
 唇を動かせて、さよならを告げて少女は青い鳥と一緒に森の中へ去っていく。
 ユリアンは後姿を見送り、周囲の風景を確認して歩き出す。


 先ほどユリアンが案内された道は近道のようであり、いつもより早く到着した。
 いつもなら、昼ごはんの時間に到着するのに。
 顧客の老婆は「早かったのねぇ」とニコニコと笑顔で出迎えてくれた。
「この頃、森の付近では山賊が出ていてね、心配だったのよ。昼食までゆっくりやすんでね」
 お茶を淹れてくれた老婆は受け取った品物を戸棚にある瓶に詰めていく。
「ありがとうございます」
「無事につけたのも森の精霊様のお陰ね。貴方達が無事に着きますようにと毎日お祈りした甲斐があったわ」
「森って、あの通り道の?」
 ユリアンの問いに老婆は頷く。
「あの森には精霊様がいるって話でね。私の一族はいつも森の傍でお祈りしているんだよ」
「何か、逸話とかありますか?」
 そう尋ねられた老婆は「あるよ」と返す。
 内容は森を守る一族の娘が森を荒らす者と揉み合いになった末に殺されてしまった。
 娘は青い鳥を飼っており、大事にしていたという。
 森の精霊となった後、鳥を従えて森を守っている……という話。
「今は逸話の元になった一族も途絶えて、本当かどうかも分からないけどね」
 ふふ、と笑う老婆を見てユリアンはそれが本当だと思った。
 あの少女は老婆の願いを聞いてユリアンを守り、山賊に襲われるのは怖かっただろうと思って、綺麗な花を見せては心を慰めていたのだろう。
「きっと、おばあさんがいつも祈りに来てくれて嬉しかったと思います」
「そうだといいねぇ、さぁ、食事にしようか」
 ユリアンの意見に老婆は嬉しそうに目を細めた。
おまかせノベル -
鷹羽柊架 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年05月31日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.