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『【任説】追いたい背中 』
九十九里浜 宴la0024

 九十九里浜 宴(la0024)は多くの人に慕われている。

「棟梁! おはようございます!」
「おお、おはようさん」
「棟梁!! 実はお耳に入れたいことが!」
「ああ、後で聞く」
「宴さん、申し訳ないんですが今日の予定が変更になりまして……」
「あん? わかった、飯食いながら聞くわ」

 陽の光が差し込む板張りの廊下を進むたび、入れ替わり立ち替わり宴に話しかけるものがある。大半はただ挨拶をしているだけなのだが、なんにせよ圧がすごい。しかもそのほとんどがガタイのいい者であるため、慣れていない者が見ればその迫力に気圧されてしまうだろう。

 だが、まぁ、宴にとっては、なんてことない日常である。
 寝起きなのか、どこか気の抜けた顔で廊下を進み、声をかけてくる者を適当にあしらいながら、軽い足取りで食事場へ向かう。
 宴が愛おしむ、いつもの日々が今日もまた始まるのだ。



 宴の家には家業がある。
 代々大切に引き継いできた家業が。

「ようしおまえさん方、今日も気張ってシゴトすんぞ!!」
「「「へい!!」」」

 ド派手なアロハシャツを風にたなびかせ、無骨な刀を肩に担ぎ、傲岸不遜な様相で一門を見渡す「九十九里浜一家」の棟梁。それが宴だ。
 元は任侠組織であったという一家は、時代の流れの中でそのあり方を変えている。
 最近のシノギはもっぱら、化け物退治だ。

「あー、今日はどこだっけ?」
「東の林で不審な影を見たという報告がありやした。偵察なさるなら、誰ぞ向かわせることもできやすが」
「あん? んなまどろっこしいことできっかよ。俺が直接行く」
「わかりやした。では何人かつけやしょう」
「頼んだ」

 配下の言葉に頷いて、宴は担いだ刀を軽く撫でた。

 異形の化け物。
 そいつらは、いつの頃からかこの世界に存在している不可思議の異形。その風体は人とも獣ともつかず、命のあり方もどこかおかしい。
 遠い昔から存在していたそいつらを、人は「アヤカシモノ」と呼んだという。

 宴の稼業は、そのアヤカシモノから人々を守り、日々を健やかに送れるよう、見守ることである。
 昔はただの任侠一家だったのだか、いつしかアラカシモノ退治に特化していったらしい。宴の持つこの刀も、代々受け継いできた逸品だ。今では近隣だけではなく、遠方からも化け物退治の依頼が来るほどになった。
 ただ、どれだけ一家が大きくなろうと、九十九里浜一家の最優先はこの町である。真っ当とは言いづらい一家を受け入れてくれたこの町を守ることが、彼らの尊ぶ「義」であるからだ。



 さて、今日も今日とてアヤカシ退治である。

「聞いてたのはここだよな……?」
「ええ、そのはずです」

 やってきたのは町のはずれにある林。
 林と言うより里山といったほうが正しい場所なのだが、近年誰の手も入っていないため荒れており、木々がこんもり鬱蒼と茂っていてなんとなく不気味なのだ。

 が。

「……ありゃあ、家か?」
「そのようですね」

 誰もいないはずの林の中に、茅葺き屋根の家が建っていた。もちろん、ここにそんなものは存在しない。
 昨日までは存在していなかったこの家、そうだとすれば一昼夜で家を建てたことになる。どう考えても、人のなせる技ではない。

「ビンゴだな。おい、行くぞ」
「「「へいっ!」」」

 見るからにアヤカシモノの仕業だったが、それに怯むようなやわさを持っている人間はここにはいない。
 ニタリと勝気に笑った宴を筆頭に、それぞれの得物を抱えた一家の者が、堂々とした足取りで茅葺き屋根の家へと向かっていく。その足取りは自信に満ち溢れており、見るものを不思議と安心させるようだった。

 正面から堂々とアヤカシモノに向かっているが、無策というわけではない。宴が一家の者にアイコンタクトで指示を出し、茅葺の家を囲むように人員を配置している。何かあれば即座にカバーできる絶妙の位置で待機するこのフォーメーションは、数々のシノギをこなしてきた彼らの矜持であり、実績に裏打ちされた最適解なのである。

 各々が配置についたことを確認した宴は、古びた板戸を一切の躊躇なくヤクザキックで蹴破って、肩に担いでいた刀を抜き放った。

「九十九里浜一家だ! 邪魔するぞ!!」

 果たして、そこにいたのはうつくしい女であった。
 突然家に押し入ってきた刃物を持つ男性を前にして、穏やかな笑みを崩さぬそれが、常人であるわけがないのだが。

「ようこそお客人。お疲れでしょう、どうぞごゆるりとお過ごしください」

 そう言って、女の姿をしたアヤカシモノは、己の目の前にある囲炉裏をたおやかな手で指し示した。何も知らなければ従ってしまいそうな、優しげな声である。
 が、まぁ、ここにいる者が引っかかるわけがない。

「ハン、どうやら知能は低いらしいな」

 花で笑ってそう言って、宴はアヤカシモノに刀の切っ先を向けた。

「話が通じるなら説得できるかと思ったが、どうやらそうもいかんらしい。こんな罠を張るくらいだ、てめえ、人を食うんだろう? そういう輩を野放しにしてやれるほど、俺あお人好しじゃあないんでな」

 チキリ、と鍔が鳴る。
 無造作に持っていたそれを構えて、宴は壮絶に笑った。

「さあ、ヤりあおうじゃねえか!!」

 そう言いながら突き出された切っ先を、アヤカシモノの女は笑みを絶やさぬまま、そのたおやかな手で受け止めた。

 女が人には出せぬ声で吠える。それを合図にしたように、一家が一斉に動き出す。どこからともなく湧き出た蜘蛛の化け物を淡々と屠り、宴が戦いやすいよう場を整えるのだ。

「はははは!! どうした、そんなもんかよ?!」

 振り乱した髪を切り飛ばされ、白い腕を切り飛ばされ、追い詰められたアヤカシモノはついに正体を表した。
 ギチギチと牙を鳴らして威嚇する巨大な女郎蜘蛛。
 悍ましいそれを前にしても、宴の勢いは止まらない。

 斬、と刃を一閃。
 蜘蛛の巨体が、割れた。

「……ふー……。こんなもんか」

 蜘蛛の体液にまみれた刀を血振りして、鞘へと収めた瞬間。
 茅葺き屋根の家は、初めから何もなかったかのように消え失せた。
 静けさを取り戻した林には、蜘蛛の死体が散乱するのみ。

「取り逃がした奴はいるか?」
「ここにいたものは全て討伐しています。念のため、林の内部を見回ったほうがいいでしょう」
「わかった、任せていいか?」

 そう言って一家の者に手を振ると、宴はまた刀を担いで歩き出す。

「俺ちょっと風呂入ってくる。あとは頼んだ」

 アヤカシモノの体液にまみれた棟梁の背中を、九十九里浜一家の者は、畏敬の念を込めて見送るのであった。

 これは、とある一家の日常を綴った物語である。
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グロリアスドライヴ
2019年05月31日

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