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『【任説】解体屋 』
會田 一寸木la0331

「ふむふむなるほどー、これはひどい」

 全然全く何も問題なさそうな口調でそう言って、會田 一寸木(la0331)はズレてもいないマスクを厳つい装甲に覆われた右手で弄った。

 周囲は無人。細かい砂埃があたり一面を白っぽく覆い尽くし、緑は視界の1割にも満たない面積しか見えない。正しく荒野と呼ぶにふさわしい場所でいて、イスキの眼前に佇むそれは異質の一言で言い表わせる。

 あえて説明するならば、金属でできた獣の亡骸。
 錆びついて動かなくなって久しいのだろうそれは、物言わぬ亡骸に身をやつしてなお無視できない存在感を放っている。
 イスキの身の丈よりずっと大きいそれを前にして、けれど臆することなく装甲の状態を確認する余裕さえあるらしい。ワキワキと手を開閉させるさまはいっそ新しいおもちゃを目の前にした子供のようですらある。
 重ねて言うが、イスキの眼前に横たわるのは、家屋ほどもある金属の獣の亡骸だ。断じておもちゃのミニカーなどではない。

 と。
 今にも目の前のブツで遊び始めそうなイスキに待ったをかけるかのように、風切り音と空気を震わせる爆音が近付いてきた。

 にわかに騒がしくなる荒野。
 佇んで周囲を観察していたイスキの視界に、文字通り飛び込んできた人影がふたつ。
 一つは、大型の機械骨格。
 もう一つは、機械骨格を器用に乗りこなした、イスキとは違うタイプの装甲を身につけた青年。

『イスキ!!』
「はー、やっと追いついた! もー、勝手に行っちゃダメじゃないっすか」

 機械骨格のスピーカーからイスキを呼ぶ声。何やら苛立ちが混じっている。地上数メートル地点でホバリングするさまは迫力満点だ。周囲を砂埃が汚染するが、この場にそれを気にかけるものはここにはいない。
 装甲の青年は捕まっていた部位から手を離して器用に着地しつつ、イスキにお小言を言ってきた。

『イスキぃ、お前、現場は機獣がいるかもしれないから軍部の人間連れてけって、何回言ったら覚えんの?』
「えー、ボク一人でもちゃんと解体できるから別にいいのに」
『その解体が軍の監視下にないとできねーんだっつーの!!』

 機械骨格から聞こえる怒声もなんのその。暖簾に腕押し、糠に釘。イスキは動じることなく飄々と、早く解体させろとばかりにスパナを取り出して弄んでいる。

『ったく、本来なら機獣の解体は民間じゃできねーんだぞ。お前だって軍に入りゃ、機獣だろうがなんだろうが好きにいじれんのに』
「やなこった。ボクは解体と機械整備が好きなのであって、敵と戦いたいわけでも命をかけて何かを守りたいわけでもないからね。工房で好きなことしてるのが性に合ってるんだよ。軍属になったら好きに動けないだろ」
「でも機獣は解体したいんすよね?」
「当然」
「贅沢っすなぁ」

 悪びれないイスキに、青年は呆れ顔で笑った。

『んで? その贅沢な解体屋的に見て、こいつ、どーよ』

 そう言って、機械骨格は錆びついた獣に近付いて、その巨体の上に着地する。不安定だろうに器用なものだ。
 大胆な行動をとった機械骨格に対して、イスキは軽く肩をすくめてみせる。

「どうとも。見たまんま、外角は錆が酷くてこのまんまじゃ使えないね」
「中身は?」

 首を傾げた青年に、イスキは彼にしては非常に珍しく、目を細めてニタリと笑った。

「それこそ、解体してみないことにはわかんないよ」

 そう言って、イスキは宙に放り投げたスパナを装甲に覆われた右手で掴み取った。パシッ、と小気味良い音が、無骨な装甲から聞こえた。





 機獣とは。金属の骨格と金属の管、有機物の内臓に金属と有機物の混じった外殻を持った生命体の総称である。
 その多くが爬虫類的な特性を有しており、生きている限り身体が成長するものがほとんどを占める。生殖方法や寿命を始め、生態には謎が多い。
 巨大なものが多く、外殻が非常に硬いため討伐は難しい。人を襲うことはほとんどないが、過去に巨大機獣の進路上にあった街が一夜にして消えてしまった事例が確認されており、その脅威は計り知れない。
 そんな機獣だが、悪い事ばかりをもたらすわけではないのだ。

「んー、これはアウト、これもアウト。おっ、これはイケそう」
「イスキくんこれはー?」
「どれー? おっ、いいじゃんいいじゃん、全然使える」
「やった!」

 大きな家屋ほどもある機獣の上で、キャラキャラとはしゃぐ青年が二人。
 各種工具を使いこなし、機獣を解体するヘンタイどもである。

『……お前ら、よく機獣の腹ん中でそんなはしゃげるよな』
「何言ってんだ、ここは宝の山だぞ」
「そうっすよ! 無傷で素材を手に入れられて、かつ内部を詳細に観察できるなんて夢みたいっす!」
『……』

 無骨極まる機械骨格から乗り手の表情を察する手立てはないはずなのだが、なぜか解体人に呆れの視線が突き刺さっている気がした。
 しかし、残念なことに、イスキにも青年にもその視線は届かない。優秀なエンジニアには往々にしてよくあることなのだが、彼らの興味は目の前にある造形物に集約されており、他人の視線になどかけらも興味がないのである。

「そもそも、ボクみたいな弱小民間が機獣の解体できるとか奇跡だしね」
『お前はその奇跡の上に胡座かいて居座ってるじゃねーか』
「当然。手に入れたチャンスをみすみす逃すなんて3流のすることだよ」

 機獣から取り外した用途不明の素材を誇らしげに掲げ、ご満悦のイスキ。楽しそうで何よりである。

「ホアーーーーー!!!! イスキくん、イスキくんちょっとこれ見て!!」

 と。機獣の内部から青年の歓声が聞こえてきた。金属骨格の隙間から装甲に包まれた足が荒ぶっているのが見える。どうやら頭から奥のほうにつっこんだらしい。

「なになにどした……おお」

 声につられて同じように潜り込んだイスキが見つけたのは、ほぼ無傷と言っていい蒸気機関――機獣の心臓だった。

「これはすごい」
「でしょ?! これだけの大きさで状態の良いものなら、かなりのものが作れるっす!! あ、イスキくん持ってく?」
「いや、いいよ。代わりに部品の方色つけてね」
「もちろん!!」

 嬉しそうな青年が、満面の笑みを浮かべてサムズアップした。

 そう。機獣は、動く鉱山資源の塊なのである。しかも、内臓に至っては人類が作り出す機械よりもよほど精密かつ効率的な働きをする。
 特に心臓は、対機獣戦闘機を作る上で欠かせない素材の一つだ。軍人として日夜機獣と戦う青年たちにとっては喉から手が出るほど欲しいものだろう。
 逆に、零細のイスキ的にはそこまで魅力がない。大きい機械に対して憧れに似た感情はあるが、自分で作るよりも作られたものを整備したり解体したりしたほうがコスパがいいのである。

『はー、機獣の死体漁って何が楽しいんだか』
「その死体漁りで技術は進歩してるんだけどね。それを一番享受してる側の人間に文句言われる筋合いはないよ」

 機械骨格は対機獣用戦闘スーツである。当然、その動力は機獣の心臓で賄われていると、搭乗者が知らないわけがないのだが。
 スビーカーからは、バツが悪そうな鼻息が聞こえた。

『……非戦闘員が死地ではしゃぐなよ』
「宝の山を前にしてはしゃぐなってのは無理な相談かな」

 喉の奥で笑って、イスキは金属骨格に絡まってジタバタしている青年の救出を開始した。

 遠くを歩いていた大型機獣の鳴き声が、低い振動となって周囲を震わせている。
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グロリアスドライヴ
2019年05月31日

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