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『ねがいましては 』
桃簾la0911

●スーパーの令嬢
 都市圏から程よく離れた距離にある大型スーパーマーケット。交通の便が良く、週末ともなれば多くの客が集まる。とはいえ、売値はその辺のスーパーとも大して変わりない。ガソリン代を考えればその辺りの店で買い物した方がむしろ安上がりだろう。
 しかし、ある青年達には、わざわざ車を飛ばし、電車を乗り継いでこのスーパーにやってくる大きな理由があった。そう、何やらわからないが、このスーパーにはやたらと美人な店員が働いているのである。艶やかな鴇色の髪、黄金の瞳。引き締まったスタイルはまるで物語の中の美女が現実に降りてそのまま動き出したかのようである。日々の社畜生活に花を添えるため、わざわざ彼女の顔を見るためこのスーパーを訪れる者も少なくは無かった。
 そんな店員の名前は桃簾(la0911)。自由の日々を謳歌する深窓の令嬢であった。

●スーパーな令嬢
 そんなわけで、この週末もスーパーは大盛況であった。様々な魚の解体ショーだとか、バナナの叩き売りだとか、とにかく眼を引き付けるためのショーが繰り広げられている。そんな華やかな店の姿に人々は心躍らせ、商品は飛ぶように売れていく。
「桃簾さん! 冷凍食品の品出しお願い!」
「はい、直ちに!」
 誰かが叫ぶ。エプロンを身に着けた桃簾はぱたぱたとバックヤードへ駆け込み、台車に冷凍食品の詰まった箱を重ねて再び飛び出す。チルドコーナーにやってくると、彼女は箱を開いて手際よく冷凍食品を並べていく。忙しない仕草でも、手足のすらりとした桃簾がやればもうそれだけで一つの絵になる。独身男から家族を連れている筈の男まで、みんなが脚を止めてしまう。
(1分59秒……ついに2分の壁を切れましたか)
 しかし、そんな視線を桃簾は気にも留めない。手巻き式の腕時計を見つめて、桃簾は満足気に微笑んだ。元はと言えば社会勉強のため、友人を頼って始めたこの仕事だが、いつの間にか日常を彩る楽しみの一つとなっていた。
 バックヤードに台車を押し込め、桃簾は新たな作業に取り掛かるため店の中を歩く。どこもかしこも客ばかり、レジに至ってはセルフ式にも関わらず長蛇の列が出来てしまっていた。完全にキャパシティオーバーである。
(このままではせっかく来た客に不満を与えてしまいますね……)
 額に汗しながら、必死にバーコードを読み取っていく店員達。桃簾はそんな彼らの一人へすたすたと歩み寄っていく。
「随分と詰まっているようですが、わたくしもレジに回った方が良いですか?」
「うえっ?」
 店員は素っ頓狂な声を上げる。血相を変えて、店員は慌てて首を振った。
「い、いや。その必要は無いよ。桃簾さんは他の作業に……」
「ふむ……?」
 彼が冷や汗をかく意味が分からず、思わず彼女は首を傾げる。しかし、他の店員もすっかり血相を変えていた。他の店員が歩み寄り、暗い顔で桃簾に言う。
「だって、桃簾さん、この前レジ触った時壊しちゃったじゃない。だから……」
「ああ、なるほど……あの後、店長にはレジの打ち方を一通り確認したのですが……」
 そんな事を言っても一切信用してもらえないのが桃簾であった。自販機に会うては自販機を壊し、自動券売機に会うては自動券売機をも壊すという伝説をあちらこちらで作っているのだから仕方ない。最近はほんのわずかに自覚も出てきた桃簾、むっと口を尖らせる。
「ですがしかし、こんなにも人を待たせていて良い筈はありません」
 桃簾は腰元に手を差し入れ、鋭く何かを抜き放つ。
「レジを打てば壊れるというのなら、レジを使わなければいいのですよね?」
 黒い珠玉の列がきらりと光る。算盤の間から目を光らせ、桃簾はとっとと隅っこのレジに腰を据えた。そして彼女は人々を手招きする。
「さあ、皆さんどうぞ」
 人々は半信半疑、彼女の列へと並ぶ。目の前で美人の姿をじっくり見られるとなれば、多少時間がかかってもいいかと、そんな野郎達が先頭だ。
 しかし、桃簾はそんな彼らの期待をあっという間に裏切った。算盤の上にざっと指を走らせると、値札に目を通しながらバチバチと左手で珠を弾き始めた。右手では達筆ですらすらと伝票に商品名と数字を書き連ねていく。目の前の客は息を呑んだ。
「すげえ……レジと同じくらい早いぞ」
「算術に速記くらいはお手の物ですよ」
 白魚のような指を算盤の上で澱みなく走らせるその手つきは、ピアノを麗らかに弾く手つきにも似た魅力があった。そんな彼女の姿を一目見ようと、人々はだんだん彼女の列に集まってくる。
 しかし彼女は夢中になっていた。周りの視線など意にも介さず、彼女はひたすら計算機になりきって算盤を弾き続けたのである。

 かくして、桃簾の活躍によってスーパーは大盛況を悠々と乗り切ったのであった。

●バックヤード
「ふう……」
 閉店時間。算盤を視界の外に押しやり、桃簾は小さく伸びをした。何時間も算盤を弾き続けていたら、流石に疲れるというものだ。店員の一人が歩み寄り、そっとお茶の入ったペットボトルを差し出す。
「お疲れ様」
「ありがとうございます。これはもう、飛び切り上等なアイスを食べたい気分ですね……」
 桃簾は店員に微笑む。今日はとにかく働いた。今日食べるアイスはもう頬が落ちるほどの美味さだろう。店員も微笑み返した。
「いやあ、でもすごかったね。また店長がアナログレジパフォーマンスとか始めちゃうんじゃない? 桃簾さん目当てに来ちゃうようなお客さんもいるし、もしかしたら売り上げがとんでもないことになるかも」
「そんなものですか……?」
 桃簾は天井を仰ぐ。
「それでも、役に立てない場面は多いですしね。レジもレンジも、色々な備品を使いこなせるよう、訓練していきたいと思います」
 意気込む桃簾。けれど、店員はやっぱり渋い顔をしてしまうのだった。
「……いや、いいかな」
「ふむ……そうですか」
 桃簾の機械音痴は未だしばらくトラブルを起こしそうである。



 END




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 桃簾(la0911)

●ライター通信
お世話になっております。影絵企我です。

前回は戦いとアイスについて書かせて頂いたので、今回は少し切り口を変えて、桃簾さんがスーパーでどんな働きをしているかについて少し想像させて頂きました。満足いただけましたら幸いです。

ではまた、ご縁がありましたら。
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年05月31日

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