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『【任説】生命無き手に愛を取れ 』
狭間 久志la0848

 轟々とエンジンが脈打っている。
 両手に伝わる振動は、機体が発する躍動の権化。全身を押し潰さんとする過重は、今を生きる生命の重み。鼓膜を突き破らんばかりの轟音は、世界に対する宣戦布告だ。

 轟々とエンジンが脈打っている。
 愛機のグリップを握りしめ、狭間 久志(la0848)は乾ききった唇を舐めた。

『――ザザザ――ブツッ――……どうだい、機体の調子は』
「ああ、いい感じだ」

 耳に取り付けたインカムから聞こえるざらついた声に、久志はニヤリと笑いながら言葉を返す。少々通信環境がよろしくないようだが、まぁ問題はなかろう。もとよりそれほど通信を多用するタチでもない。

「いい感じに暴れ馬だな、こいつは。腕がなる」
『――ザザ――それは良かった。精出して取り付けた甲斐があるってもんだ――ジジ……――俺ァお前さんが吹っ飛んじまいやしねーかと肝を冷やしてたんだぞ』
「あ? そんな下手な腕してないぞ俺は」

 顔を顰めれば、どうやらインカメで久志の表情を見ていたらしく、ざらついた笑い声がインカムから聞こえた。久志の眉間に渓谷が刻まれる。

「――ジ――クックッ、ンな顔するなよ――ザザザ――どうだい、今日の空は――プッ――』
「ああ……」

 高度を上げたせいか通信状態が悪化している。が、まぁ、問題はない。

 機体の壁部に映し出された、180度のパノラマビュー。
 どこまでも続く抜けるような空の青さと、わたのように浮かんだ白い雲。眼下に広がるのは森の緑に覆われたような都市群と、空の青にまじりあうような水平線。
 不要なパネルは切ってあるため、いくらかの数値が表示されている以外は青と緑が大半を占めるその画面に、久志は目を細めて魅入る。

「……最高だ」

 全身で感じるエンジン音。
 機体を操縦するたびに骨を震わせる振動。
 押しつぶされそうなほどのGすら気にならぬ。
 鼓膜をダメにするほどの轟音は、久志の発する歓喜の声に相違ない。

 ここは、久志の生きる場所だ。



 テスト飛行を終えてドックへと戻った久志を出迎えたのは、作業着をオイルでドロドロに汚した男。

「おーおー、相変わらずめちゃくちゃな飛び方するなぁお前さん」
「寄るな汚い」
「ひっで!」

 辛辣な態度の久志を気にした風も無く、カカと豪快に笑う。それでも一応「汚い」と罵られたのは気にしているようで、腰に下げた手ぬぐいを手に持って――それすらも汚れていることに気付いて肩をすくめた。

「ほら」
「おっ、すまんな」

 呆れ顔の久志が新しい手ぬぐい――それもオイル染みがついているが――を投げ与えれば、ニカっと笑って危なげなく受け取った。とりあえずとばかりに顔を拭き、ついでのように手を拭う。手ぬぐいはたちまち脂塗れだ。

「鼻が麻痺してるんだな……」
「おいやめろ憐れむな。それを言うならお前さんだって似たようなもんだろうが」

 同類相憐れむ。不毛なことだ。

「いやいや、それはどうでもいいんだっての。久志、お前さん、飛び上がったとき体制崩してただろ。大丈夫だったのか?」
「ん?」

 途端に心配げな顔をする男に、久志は片眉を持ち上げることで応える。

「どこ見て言ってやがる。問題ない、予想以上にエンジン出力があって少し引き摺られただけだ。さすが、いい腕してるよ」
「へへっ、まぁな」

 照れた男が鼻の下を擦ってまたオイルを擦りつけていたが、不毛なので久志は指摘しなかった。どうせまたオイル塗れで作業するのだ、誤差である。

「しっかし、こいつも様変わりしたもんだなぁ」

 鼻の下を汚したことに気付かぬまま、男は久志の愛機を見上げた。
 その隣で同じように機体を見上げ、久志は眩しげに目を細める。

「ああ……自慢の相棒だ」

 ドックの作業員たちが点検を開始したその機体は、陽の光を照り返して誇らしげに佇んでいる。

 傭兵業を生業とする久志にとって、ある意味己の生命よりも大切な機体だ。
 初めはなんてことない量産品のそれだったが、改造を繰り返した自慢の逸品である。乗りこなせるのは久志ただ一人きりだろう。そのくらい、ピーキーな性能をしている。万が一にも自分以外が乗りこなせないような改造をしてきた、とも言えるだろうか。

「……また戦争か?」
「いや……だがまぁ、似たようなもんだ」

 この機体が傷つくたび、このドックで修理してきた。この男とも随分古い付き合いになる。

「……死ぬなよ」
「ハッ! 誰に向かってモノ言ってやがる」

 笑って、久志は両腕を組んで踏ん反り返った。
 出来るだけ不敵に笑って、できる限り不遜に見えるよう胸を張る。

「俺は名うての傭兵だぞ? しかも、機体を整備したのは俺が知る限り最高の職人ときた。これで死ぬ方がおかしいだろう?」

 胸を張れ。たとえ虚勢でもいい。
 死を恐れよ。しかし取り憑かれてはならぬ。
 愛に生きろ。そうすれば虚しさを抱えることもない。

 脳裏に浮かぶのは、傷を負った自分を案じて涙を流した人の面影。
 死なせやしないと憤っていたのは、目の前でぽかんと大口を開けてアホヅラを晒している大馬鹿野郎だったか。
 遠い記憶は褪せることなく、久志の脳裏に今も焼き付いている。

「……ハッ、大口叩きやがる……」

 顔をくしゃくしゃにして笑う癖は、いつまでたっても変わらない。

「頼むぞ相棒、塩気で機体を錆びさせられちゃ堪ったもんじゃない」
「たく、相変わらずやさしくねぇヤツだ」

 騒がしいドックに、男二人のやかましい笑い声が響き渡った。



 轟々とエンジンが脈打っている。
 無骨な金属のフレームに、熱い血潮が、流れている。
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年05月31日

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