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『お楽しみのひととき 』
會田 一寸木la0331

 ふと見上げた空は見事なオレンジ色に染まっていた。
 會田 一寸木(la0331)は、今日も居心地のいい工場で作業に没頭していたのだが。
 一区切りついて顔を上げると、斜めに差し込む光に気づいたのだった。
 伸びをしてから飲み物を取りに行き、外が見える場所に置いてあった工具箱に腰かける。
「すごいねー、明日もいい天気になりそうだねー」
 誰にともなく呟きながら、マスクの隙間から突っ込んだストローで飲み物をすする。
 一寸木はライセンサーとして活動している時間以外は、ほとんどこの工場で過ごしている。
 とにかく四六時中、ここで何らかの機械を弄り回している。
 稀に机に向かっているかと思えば、どこかから手に入れた古い家電の使用説明書などを読みふけっている。
 そんな有様なので、空の色に気づくことも珍しいぐらいだった。

「さてどうしようかなー」
 日が暮れるのが遅くなったので、夕焼けが見えるということはそれなりに遅い時間だ。
 別にここで寝起きするのはいつものことなのだが、明日は出動の予定が入っているので準備もある。
 新たな作業に手を付けるか、それとも他のことを済ませるか……夕映えの空を見ながら考えていた時だった。
 道路に響く物音に、思わずそちらを見ると、何かが転がっている。
「なんだろー」
 ゆっくりと立ち上がり、工場の玄関から、傍を通る道路を見る。
 そこには、木箱がひとつ落ちていた。
 辺りを見回すが他には何も異常がない。
 どうやら木箱は、ここを通りかかった貨物運搬車両の荷台から転げ落ちたようだ。
「荷物が落ちたら気づかないものなのかなー。サスがかなり甘くなってるんじゃないかなー」
 いずれにせよ、工場の真ん前に落ちているものだから、動かさなければ一寸木が出られない。
 木箱は全辺1mぐらいの立方体。
 よほどしっかりしたつくりのようで、走っている車から落ちた(※推定)にもかかわらず壊れていないどころか、大した傷も見当たらない。
「何が入ってるんだろー」
 一寸木は木箱に手をかけて持ち上げてみた。
 かなり重い。
 そこで一寸木はがぜん興味がわいてきた。

「うん、少なくとも、ワレものじゃなさそうだよねー」
 いそいそと工場の中に運びこみながら、一寸木はワクワクしてきた。
 この重さといい、中で動く気配のない安定感といい、ゴミが詰め込まれた箱という感じはしない。
 何か大事な物をきちんと梱包した――そんな感じなのだ。
「盗まれたら大変だしー、保管しておかないとねー」
 それからバールを持ち出し、釘がしっかり打ち込まれた木箱のへりに引っ掛ける。
 最初から開ける気満々だ。
 きちんと梱包されているなら、本体は一回り小さいはずだ。
 それでこの重さなのだから、中身は金属類だと思われる。
 ――というより、一寸木の願望だ。

 べりり。ばきっ!

 バールで引っぺがした木箱の一面を引っ張り、中を覗き込む。
 果たして、緩衝材らしきものがぎっしり詰まっていた。
「何を包んでるんだろー」
 一寸木は緩衝材の材質から、爆発するようなものではないと予想した。
 もっとも、仮に爆発物なら持ち上げた時点で既に危なかった訳だが。
 緩衝材を慎重に外す。
 中から出てきたのは、コロンとした丸い金属の機械だった。
「……炊飯器?」
 とはいえ、かなり古いものだった。
 古いというより、骨董品クラスの代物だ。
 ずんぐりとした白い本体に、火をつけるコンロらしきものが一体化している。そこから短い管が覗いていた。
「電気じゃなくてガス式かーすごいなー」
 よく見ると発注書のようなものもついていた。
 依頼主はこれをまだ使うつもりらしい。
「うんうん、基本の構造は単純だもんねーこの時代の物だとマイコンもついてないしー」

 さすがの一寸木も、ちょっと考え込む。
 誰かの落とし物を勝手に弄り回しては拙い、というぐらいの常識はあったのだ。
 が、興味が一瞬で常識を跳ね飛ばした。
「元通りに直しておけばいいよねーだいたい、元がどうだったかも、誰にもわからないと思うんだ―」
 いそいそと作業机に炊飯器を据えると、少し持ち上げたり、ひっくり返したりして、およその構造を把握する。
 ここでいよいよ「解体屋」の本領発揮だ。
 一寸木は引き出しを開け、ずらりと並んだドライバーから一目でぴったりの一本を見つけ出す。

 ***

 既に暗くなった道路を、小型のトラックがライトをつけながらゆっくりゆっくり走って来た。
 運転手は1軒の工場を見かけ、明かりが点いていることにほっとしながら近づいて、中に呼び掛けた。
 出てきたのは奇妙なマスクをつけた、顔色の悪い若い男だ。
 おそるおそる木箱を見なかったと尋ねると、すぐに目的の物を持ち出してくる。
「中は見させてもらったよー壊れていないか気になったからねー」
 運転手は何度も礼を言って、木箱を荷台に積むと、どこかへ走り去った。

 一寸木はすっかり暗くなった空の下、満足げに肩を鳴らす。
「今日は、珍しいものがみられたよねー。あんな簡単な構造で、調理ができるんだねー」
 古臭いビスをひとつずつ外して、錆びた外装を剥がして。
 元通りにするついでに、故障個所も直しておいた。足りなかった部品は一寸木のお手製だ。
 修理を依頼された誰かは、綺麗な状態の炊飯器に首をかしげることだろう。
 だがそれは一寸木の知ったことではない。
 夕焼けがくれた、予想外の楽しいひと時だけが、一寸木にとって重要だったのだ。
「あれに説明書がついていたら、完璧だったんだけどねーネットを探したらあるかなー」
 一寸木は足取り軽く、自分の城に戻って行った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

この度はご依頼いただき、ありがとうございました。
何を書こうかかなり迷ったのですが、現代では使わないような機会を見たら、機械好きならワクワクするのではないかと思い、このような内容になりました。
お楽しみいただけましたら幸いです。
おまかせノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年05月31日

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